あーん
「使用人の本分は、主が快適に過ごせ、少しでも負担がかからないようサポートをするのが仕事なの」
なんて語るのは、腕を組んで知識人っぽく振る舞うアリス。
昨日使用人になったばかりのアリスが熟練のように振舞っているけど、間違いとは言えないので黙っておく。
「時には命だって張ることもあるの。第一に主人、自分のことは二の次だからね」
「なるほど」
「頭の中で意識するのは、常に主のこと。自分は下であるという自覚を常に持たないといけないわけ」
「ほら、サク……あーん♪」
「あーん……流石だね、アリス。なんて意識が高いんだ」
僕はアリスの話に耳を傾ける。
「……自分のするべき行動すべてが主人のサポートに繋がっているの」
「サク、こっちも食べる?」
「あーん……分かったよ、アリス。自分の行動に意味があるって自覚すればいいんだよね」
「分かってくれたようだね、サクくん」
アリスはそっと目を伏せる。
僕がアリスの話をしっかりと理解したというのが態度で分かったのだろう。
どうして唐突にこんなお話が始まったのかは疑問に思っちゃうけど……あーん。
「だったら……だったら、さ───」
そして、
「なんでリゼちゃんに食べさせてもらってんだよあほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
アリスの渾身の叫びが室内に響き渡った。
「なんでどうしてなの全然分かってねぇじゃんなに分かった風な態度を主人に食べさせられながら醸し出しちゃったわけ!?」
「ハッ!? いつの間に!?」
いけない、本当にいつの間に王女様が僕のお口にフォークを!?
あまりにも自然な流れだったからまったくを持って気がつかなかった……ッ!
「リゼちゃんも! あんた王女でしょ何やってるの!?」
ビシッと、僕の隣に座るリゼ様に指を向けるアリス。
しかし、職場の先輩の苛立ちを受けても、リゼ様はあっけからんとした表情で首を傾げた。
「あら、いけなかった?」
「いけないよそこは私のポジションなんだから!」
「いや、どちらかというと僕がアリスに食べさせる方で───」
「サクくんは黙ってて!」
あ、はい。
「アリス、忘れたの?」
リゼ様が足を組んでフォークをテーブルに置く。
「今、サクは私のお願いで本日限りのお試し体験中だわ」
「そ、それがなんだっていうの?」
「あくまでお試し……もし、サクが続けたいって思ったら私は席を用意する準備はできてるの」
そう言ってもらえるのはありがたい。
でも、使用人生活を続けるのであれば王女様の傍はやたら目立つしよろしくはないんだよなぁ。
「だから、今のうちに私の傍付きを気に入ってもらおうかと思って」
「それ、ただの餌付けじゃん!」
「サクが望むなら、毎日食べさせてあげるわよ?」
「……………………………………………………………………………………………………うーむ」
「なんで一考の余地をありありと出しちゃうの!?」
正直、美少女からの「あーん」と美味しい料理がエブリディなら、命の危険なんて張ってなんぼだと思いかけた。
「サ、サクくん……私のお家に来たら、三食昼寝付き添い寝付きをご提供するよ!?」
「ほほう!?」
「あら、だったら私はお風呂のお世話もつけようかしら」
「な、なんと……!?(ブシャァァァァァァァァァァァァァァァッ!)」
「おいコラそこはアウトラインだろ王女ッッッ!!!」
リゼ様のお風呂のお世話……何故だ、ワードを聞いただけだというのに鼻血が止まらないッ!
これが実際に行われたとしたら、僕は一体どうしてしまうというんだ!?
「サクくん、正気に戻るんだよ! 戦場参加必須のポジションに立っちゃったら、可愛い妹さんが心配するよ!?」
「ハッ!」
そうだ、僕はここで屈してはいけない。
死ねばもちろんのこと、危ない仕事に就けば僕の大好きな妹が心配の眼差しを向けることになるだろう。
王女様は現役魔法士。この前の赤龍の時みたいに危ないところにも赴くに違いない。
そうなれば、傍付きである僕は戦力として高確率でついて行くことになるはず。
「危ない……妹の笑顔を思い浮かべなかったら、首を縦に振るところだった」
「むぅー、中々手強いわね……」
「なんでアリスちゃんの添い寝で揺れなかったのか腹立たしくはあるけど、正気に戻ってくれてよかったよ」
かなり名残惜しいし、魅力的な提案ではあるけど、今回ばかりはお断りさせてもらおう。
「でも、あんまりこんなこと言いたくないのだけれど」
横に座るリゼ様が一口頬張り、僕の方に視線を向ける。
「私の傍に定着するしないは置いておいて、私の傍にいた方がいいのは間違いないとは思うわよ」
「無駄なあがきだよ、リゼちゃん」
「そういうわけじゃなくて、サクの今置かれている状況よ」
はて、僕の置かれている状況?
ただの平民で、確かに噂が立っている一時の有名人ではあるけど、それがどうしてリゼ様に関係あるのだろうか?
「あなた達も理解はしているだろうけど、平民が魔法を使えるって時点でかなり注目されているの。さっきの一件で魔法士達に群がられた構図を思い返してみれば分かるわよね?」
「はい、それは重々」
「はっきり言って、王国の歴史を動かすものだわ。どうやって魔法が使えるようになったのかは分からないけど、もしサク以外の人間が使えるようになったら貴族の優位性の一つが消える」
まぁ、確かに貴族が凄いっていう漠然なイメージに「魔法が使える」というのはある。
もしも僕以外に前例ができ、王国中に広がれば革命もいいところだろう。
でも───
「あれ、正直センスというか才能でしかないですよ? 僕のやり方、絶対に今まで誰かしらはやってきたでしょうし」
「あら、そうなの?」
「えぇ、体内に魔法をぶち込むっていう単純なものです」
「……物騒ではあるけど、誰かしらはやってそうね」
それでもできなかったというのは、単純に僕が正直おかしいんだと思う。
この部分に至っては、魔法を使えるようになってから重々承知している。
「まぁ、仮にそうだったとしても、他の人は知らないわけじゃない? よく思っていない人も現れるでしょうし、魔法士すらも平気で倒してみせるっていうステータスがあればほしがる貴族なんてごまんといるわ」
「えーっと、つまり……?」
僕が首を傾げると、リゼ様は小さく胸を張る。
「ほら、私って立場上かなり上の人間じゃない?」
そりゃ、最上級の王族なわけだからね。
「だから、しばらくの間の隠れ蓑にするにはちょうどいと思うの。今朝さらに注目度が上がっちゃったわけだし……そこのところ、どう思う?」
リゼ様は勝ち誇ったかのように、年頃の女の子らしい笑顔を浮かべた。
なお、アリスは悔しそうに唇を噛み締めていたんだけど……それは余談である。
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