ハーレム?
『ねぇ、聞いた……あの話?』
『聞いた聞いた、あの平民が魔法士団の人を倒しちゃったとか』
『じゃ、じゃあ……リゼ様の仰っていた話って、まさか本当……?』
リゼ様の昼食を取りに厨房へ向かっている最中、ふとそんな声が聞こえる。
チラリと視線を向ければ、若いご令嬢(メイドさん)がヒソヒソとこっちを見て何やら話していた。
声は控えているようで控えておらず、普通に会話が耳に届く。
(噂になるの早いなぁ)
魔法士団の人との戦闘が終わってようやくお昼。
訓練するつもりだったのに変なイベントが入ってしまい、結局何もできずにお昼を迎えてしまっていた。
本当はもう少し時間に余裕があったんだけど、僕が魔法士団の人達に囲まれてしまったことでリゼ様達が離れることにしたのだ。
まぁ、あの時は勧誘やら「どうして魔法が使えるのか?」とか、かなり質問攻めにされていたから助かったのは助かったんだけども、訓練をサボっても大丈夫だったのだろうか?
(アリスが危惧していたのは、こういうことなんだろうね)
危惧していた割には自ら目立たせに行かせたけども。
加えて「サクくんに話しかけるなー!」と、一人で怒っていたけども。
(えーっと、確かリゼ様の昼食はすでに用意されているから、そのまま料理人さんに言えばいいんだっけ?)
リゼ様は基本的に自分の部屋で食事を取るらしい。
だから基本的に決められた時間に食事が用意され、使用人はそれを取りに行くだけでいいのだとか。
それで、何故か今日に限っては僕とアリスの分まで用意されているらしい。
いつも使用人専用の食堂で食べているから、こうやってお偉いさんと食べるのは初めてだ。
ちなみに、食事を取りに行くという行為も初めてだ。お偉いさんの傍付きなんて、僕みたいな立場の人間はできるわけないしね。
そう考えると、なんか一気に環境が変わっていって少し怖い。
「あ、あのっ!」
そんなことを思いながら食堂までの廊下を歩いていると、ふと後ろから声をかけられる。
振り返ると、そこには可愛らしいメイド服に身を包んだご令嬢さん達の姿があった。
その子達は、さっき僕のことをチラチラ見て話していた子だったような気がする。
「いかがなさいましたか?」
「いや、そのー……サクってさ、今結構な噂が立ってるじゃん?」
「えぇ、まぁ……」
自ら広めにいったものじゃないけど。
「あれって本当なの?」
「ねぇ、少しだけでいいから魔法見せてくれない!?」
「平民が魔法使えるんだよね?」
好奇心に満ちた瞳。
今まで冷たい視線ばかり向けられてきたというのに、こうやって堂々と違う視線を浴びせられるのは少し新鮮だ。
ということもあって、僕は軽く手のひらに水の塊を生み出す。
すると、メイドさん達が―――
「「「きゃー! 本当に使ってるっ!!!」」」
何やら興奮したように、僕の出した魔法に反応してくれた。
なんだろう……少し鼻が高くなる。
「凄いね、サク! 私、平民が魔法を使っている姿、初めて見た!」
「王国の歴史が変わるんじゃない!?」
「しかも、魔法士団の人を倒してみせるぐらい強いんでしょ!?」
見せただけで、メイド達の興奮は更に上昇。
異性との距離感を考えず、手を伸ばさずとも触れてしまいそうになるぐらいの距離まで勝手に迫ってきた。
(こ、これは……ッ!)
仄かに香る甘い匂い、一斉に持ち上げられる高揚感。
なるほど……これが夢にまで見たモテ期。最近巷で流行っている薄い本に描かれていたハーレムというやつではないだろうか?
生まれてこの方彼女がいない人生……間違いなく、今が最高潮!
……いけない、何やら涙が零れそうになってくる。
こ、こんなことなら、もっと早く魔法をお披露目すればよかったッッッ!!!
「あーっ! サクくん何してるのー!?」
するとそこへ、何やら聞き慣れた声が。
その声の主が分かったからか、僕に夢を見させてくれたメイドさん達は距離を取って頭を下げ始める。
僕はまだ振り向いて声の主を目視していないけど、きっとこの声の主は彼女達と同じようなメイド服を身に纏っているサイドテールの美少女に違いない。
「来なさい、サクくんっ! こんなところで油を売るなんてナンセンスです!」
「ぐぇっ!」
そして、僕は目視する間もなく首根っこを掴まれて引き摺られた。
先程まで広がっていたハーレムで男の夢のような構図が、一瞬にして情けない構図へと変わる。
「うぅ……僕の金輪際体験することがないであろうハーレムが……」
「何馬鹿なこと言ってるの、サクくんにはまだ早いですし金輪際必要ありません!」
すっごい金輪際も必要なんだけど。
「(まったく、すぐ目を離す隙にこれなんだから……身から出た錆なんだけど、サクくんも少しは横にいる女の子に目を向けるべきなんだよ)」
僕の首根っこを引き摺るアリスが、何やら可愛らしく頬を膨らませてブツブツ呟いている。
何を言っているのか気になるところではあるけど、あまり触れないでおこう。
アリスを怒らせてしまえば、僕はこのまま情けない恰好のまま氷のオブジェにされちゃう。
(でも……)
あんなに女の子に囲まれている時間。とても素晴らしかった。
こう、男のロマンが詰まっているあの構図。一度でも味わえたことに、僕は感謝せずにはいられない。
僕は先程までの光景を思い出しながら、内心で少し愉悦に浸ったのであった。
「こら! そろそろ自分の足で歩きなさいっ!」
「いえす、まむ!」
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