私の英雄
三年前、王城に賊の侵入を許したことがある。
それはちょうど私が魔法士として王城にやって来た時で、当時はかなり高飛車だった気がする。
最年少で王族直轄の魔法士団に選ばれた。
自分でも他人よりも優れていることは自覚していたし、あまり努力せずについてきた結果が余計に拍車をかけていた。
周りからチヤホヤされているのも原因だったかも。容姿もあって色んな男が寄ってきたし、周囲からずっと「神童だ」って言われてきたから。
まぁ、そういうのがあれば。子供なんて勝手に高飛車になっちゃうわけで―――
「こんなもんかにゃぁ~?」
王城のとある廊下。
私は自分で作った氷のオブジェの上に座りながら、一人頬杖をつく。
中には、見たこともない黒装束の男達が埋まっており、出てくる気配も生きている気配も感じない。
「東西の戦争で騎士団と魔法士が一斉に足を運んで手薄になっているとはいえ、そんな楽に誰かの命が狙えるわけないでしょうに」
国の治安を守ることも魔法士の役目だけど、本来は国の要である王族を守ることにある。
だから……っていうのも少しおかしいか。
訓練をサボって適当にブラブラしているところに賊と遭遇した。ただそれだけ。
「歯ごたえがにゃいにゃい。ほら見てよ、まだ十三歳のぴちぴちレディーさんだよ? こんなんに負けるって大人として恥ずかし……って、聞いちゃないね」
私は氷のオブジェの上から降り、少し背伸びをする。
これからどうしようか、なんてことを考えながら。
「んー、たまには労働するために走り回ってみようかな? でも、また歯ごたえなくてつまらない結果になりそ―――」
その時だった。
「なら、俺が面白くしてやろうか?」
ゾクッ、と。唐突に背筋へ悪寒が走る。
振り返ることなく咄嗟に身を転がすと、私のいた場所に巨大な大槌が振り下ろされた。
「んにゃ!?」
「ほう? 今のを避けるか……まぁ、こんな惨事を引き起こすぐらいだ、当然なのかもしれないな」
同じ黒装束を着た大柄の男。
いつの間に現れたのかは分からないけど、溢れる威圧感と巨大な槌が先程では味わえなかった危機感を与える。
何故か……本当に何故か。
「こ、こんなところにいてもいいの……? ここにはあなた達のお望みの品なんて用意されてないよ?」
逃げたいなって、思っちゃったの。
きっとそれは―――
「安心しろ、別に単身で乗り込んだわけでもなければ、俺の役目は露払いだ」
―――本能で、勝てないと理解したからだと思う。
「露、払わせてもらうとするか」
大柄の男が一斉に地を駆ける。
魔法士との戦闘は、如何に懐に潜り込むか。
魔法の展開速度は剣を振るうよりも遅いのが大半。近接戦闘に長けているわけではなく、潜り込んでさえしまえば魔法士にとっては不利な状況。
武器のリーチを考えても、男がそう動くのは分かっていた。
(だ、大丈夫……ッ!)
私の魔法は視界に入れた相手を一瞬で凍らせることができる。
媒介なんて用意する必要もない。大気中を漂っている微細な水分を増量して冷やすだけで氷のオブジェが完成する。
だから、私は近づかれる前に男の全身を転がっている賊と同じように氷の中へ閉じ込めた。
だけど、それは一瞬にして砕かれる。
「ッ!?」
「軽いな、お嬢さん」
止まらない。止まる気配がない。
初めて砕かれた自分の魔法に、私は驚かずにはいられなかった。
戦闘において、一瞬の思考の停止は間違いなく致命的。
容赦のない一振りが、私の脇腹へと突き刺さった。
「ばッ!?」
私の体は止まることなく、ピンポン玉廊下の先を転がっていく。
ようやく止まったかと思えば更に背中へ大きな痛みが加わり、体の機能が著しく低下する。
「がほッ……ばッ、ぐぇが……ッ!」
「氷なんて、少し鍛えれば誰でも壊せるものだ」
ゆっくりと、大槌を持った男が近寄ってくる。
「それでも壊せないのは、訪れる体温の低下によるもの。体温が下がると筋肉はまともに機能はしない……故に、機能しなくなる前に壊してしまえば、そもそも造作もないことだ」
どこまで近づいてきただろう? 咳込むことに夢中で、全然分からない。
それでも悲鳴を上げなかったことだけは、誰か褒めてほしい。
いつもみたいに「凄いね」って。優しく頭を撫でてくれながら。
ねぇ、早く……誰か褒めてよ。
「俺はたとえ相手が子供だろうと容赦はしないぞ」
振り上げられる、大槌。
いつの間にか間近まで迫ってきた男が、冷たい瞳を向ける。
間違いなく、これから起こるのは『死』だ。そんなの、動作を見ずとも雰囲気で分かってしまう。
味わうことのなかった、初めて味わう恐怖。
(ねぇ、早く……)
もう何も言わないから。
皆を見下したりしないから、いい子にするから、これからもっと頑張るから。
死にたくない。
死にたくなんて、ない。
だから―――
「お願い、します……」
誰か、私を。
「助けて、ください……ッ!」
そして、それはやって来た。
「
廊下の奥から流れてくる、大量の洪水が。
「「ッッ!!??」
私も、男も何が起こったか分からなかった。
いきなり廊下の天井までを埋め尽くす大量の水。その勢いは凄まじく、長い廊下から一瞬で自分達の体を巻き込んだ。
流されないよう踏ん張る……なんてことはできなかった。
そりゃそうだ、いきなり現れて体に力が入らない状態でどうこうできるわけがない。
でも、私は流されなかった。
何せ―――
「大丈夫?」
一人の男の子が、私のことを抱き留めてくれたんだから。
「……へ?」
水が流れ終わり、私は呆けたような声を出してしまう。
いきなり現れた燕尾服を着た男の子。体を包み込んでくれる優しい体温。柔らかく微笑む、安心させるような笑顔。
それらがいきなり現れて、戸惑わずにはいられなかった。
「いやー、すっごいことになったね。ようやくエリートコースを歩けるって思った矢先によく分からないエキストラが舞台荒らしちゃってさー。君も災難だったね、変な人に襲われて」
その男の子は、ゆっくりと私を床の上に座らした。
そして、私へ背中を見せる。
「フッ……まだ魔法士が残っていたとはな。これでも何人か倒してきたのだが」
踏ん張り、流されなかった男が濡れた服のまま起き上がる。
まだ、脅威は終わっていない。
(で、でも……なんでだろ)
この男の子が現れてから、さっきまであった恐怖を感じなくなった。
同い歳ぐらいの頼もしい背中。にもかかわらず、妙な安心感がある。
その男の子は、唐突に指先から一本の線を生み出して―――横薙ぎに振るった。
次の瞬間、建物が真っ二つに抉り取られる。
受け止めようとしなかったことが幸いしたのだろう。屈んで回避の選択を取っていた男は、建物と同じで真っ二つにはならなかった。
―――倒壊する気配は、ない。
「……避けてよかった。倒壊する気配がないということは、触れた箇所にズレが生じないほど切れ味がいいのだろう。まともに受ければ、俺は死んでいただろうな」
「って言っても、たった少しの猶予が与えられただけでしょ?」
少年は、小さく息を吐く。
「どうにも、僕は昔からお願いされたら断れない性格でね。その相手が善人だろうが悪人だろうが、お願いを叶えるまではその子の味方であり続けなきゃいけない」
「…………」
「だから、さ」
そして、私の方をゆっくりと振り向いて―――
「君のことは僕が守るよ。そう、君がお願いしたからね」
……あぁ、なんだろう。
急に涙が溢れ出てしまった。
こんな自分に、こんな温かい言葉を投げてくれるなんて。
この頃の私は、自分よりも強い人に出会うことがなかった。
だから、守られるのなんて初めて。
初めてだから……この背中が、ヤケに安心してしまうんだ。
「では、気を取り直して」
男が地を駆ける。
私の時も速く、腕に大槌を携えたまま。
だけど、それよりも早く―――
「もう切れ味はいらない。これからプレゼントするのは、圧倒的物量だ」
男の真上から、建物をも崩すほどの大量の水が降り注いだ。
この日から、私はお姫様になった。
もちろん、ずっとお姫様に甘んじる気はない。
ずっと隣に立って、ずっと傍にいて、大事な時には守ってあげられるようにしたい。
だって、彼は困っている人がいたらすぐにお願いを叶えようとするんだもん。
相手が平民だなんて、関係ないよ。
お姫様と王子様に、立場なんてどうだっていいんだ。
だから、私は彼の隣に立って胸を張って「お姫様だ!」って言いたいの。
いつか……私の
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