魔法士団

 王城には訓練場が二つある。

 魔法士団のものと、騎士団のもの。

 流石は王家直轄の部隊だからか、それぞれに与えられた敷地は王城内にあるにもかかわらず広かった。

 充分な環境に充分な戦力。

 恐らく、魔法士や騎士を目指す人間が憧れる場所は間違いなくここだろう。

 それ故に、才能ある人間がこの場に集められるようになり、必然的に所属しているだけでステータスとなる。


「おぉ……ここが訓練場」


 王城の敷地内の比較的隅の場所。

 大きな門を潜って広がるのは、円形のドームに壮大なグラウンドであった。

 中にはすでに何人もの魔法士達が的に向かって魔法を撃っていたり、模擬戦なんかをしていた。


「あら、あなたは来るの初めてなのかしら?」

「えぇ、そりゃもう……だって、僕みたいな底辺使用人が無暗に足を運んでいい場所じゃないですから」

「でも、アリスと練習していたのでしょう?」

「その時はコソコソ王城の屋根の上で……」

「何してるのよ」


 上に向かって魔法を放てば被害は少ないしね。


「うげぇ……花の乙女が職場だぜ職場。こうやってお仕事の環境に来ると気落ちするぅ」


 アリスはぐったりと僕の背中にもたれかかる。

 ふくよかな果実の感触が背中に広がり、アリスとは正反対に僕の一部のやる気は上がった。


「さて、と……やる気のないこの子は置いておいて、さっさと訓練でもしましょうか」


 そう言って、リゼ様は上着を地面の上に放り投げた。

 そして、胸元のボタンも外し始め……うーん。


「あの、露出趣味はもっと人気のない場所でしないと……」

「……あなたは何を言ってるの?」

「流石にこんな人気のある場所で脱ぎ始めるのは年頃のレディーいかがなものかと」

「単に動きやすいようにしただけだからね!?」


 ということは、これ以上は脱がないと……?

 よかった、と思うのと同時に非常に残念な気持ちが湧き上がってくるのが不思議だ。


「……よし、こんなものでいいでしょう」


 胸元のボタンと谷間が見えるか見えないかのギリギリまで開け、袖捲りまでいったところでリゼ様の手が止まった。

 どうやら、リゼ様の中での「動きやすい恰好」というのが完成したのだろう。


「それで、早速あっちに合流するんですか?」

「うちは基本的に特別なイベントがなければ自由よ。別にあっちに交ざる必要はないわ」

「合同で訓練しようにも、大抵の人間が何かしらの任務でいないからねぇー」

「なるほど」


 確かに、統率を取った訓練をしようにも誰かしらが欠けたら充分とは言えない。

 たまに聞くアリスの話だと、任務も大人数で受けることは滅多になく、個人的に赴くことが多いのだとか。

 それであれば各々個人的に技量を高めた方がいいのだろう。

 だからこそ、各個で好きな時間に好きなだけ訓練をするような形を取っている。

 おかげで使用人にジョブチェンジした人間もいるのだろうが、大変理にかなっていると言っても過言ではなかった。


「というわけで、早速あなたの実力を見せてもらうわよ! 赤龍の時はすぐに終わっちゃったし、どこかの誰かさんがお礼を言う前に逃げちゃったものね!」

「サクくん、赤龍をすぐ終わらせたって……相変わらずヤバいねぇ~」

「おっと、好奇心の篭った視線が両方から浴びせられ―――」


 その時だった。


「ど、どうしてここに平民がいるんだ!?」


 僕らの下に、ズカズカとローブを羽織った男が歩いてくる。

 その男の顔には驚きと憤りが感じられ……それらすべてが僕に向けられていた。


「あら、どうかされましたかシュラン先輩」


 リゼ様がシュランと呼ばれる男から僕を守るように立ち塞がる。

 一方で、アリスは僕の腕に抱き着いて面倒くさそうな露骨な嫌悪感を滲ませていた。


「リ、リゼ様……何故あなたがこのような平民を連れて……」


 リゼ様が庇ってくれたことで、シュラン様は一瞬にしてたじたじになる。

 その姿を見て、僕はふと不思議に思った。


「上下関係あるんじゃないの?」

「いくら先輩でも王女様相手に敬わないわけにはいかないってー」


 露骨に王女相手に先輩風を吹かしていたアリス先輩が教えてくれた。


「別にいいじゃない、今日一日この子は私の付き人なのよ」


 それに、と。

 どこか悪戯めいた楽しそうな笑みを浮かべて僕の方を見る。


「私の英雄ヒーローがどこまで常識外れなのか、きっちり確認してみたいのよ」

「なッ!?」


 周囲が一気にざわつき始める。

 恐らく、シュラン様が大声を出したから気になって寄って来ていたのだろう。

 その数は十数人ぐらいだけど、今この四人が注目を浴びているのは間違いなかった。


「リゼ様、落ち着いてください……こいつは平民。魔法が使えるわけがありません。そもそも、仮に魔法を扱えたとしても我々の足元にも及ばないでしょう。リゼ様が興味を示されるほどのものじゃ―――」

「えー、絶対サクくんの方が強いと思うけどなぁー」


 アリスがシュラン様に向かって口にする。

 この空気でもあえて火に油を注ぐあたり……彼女の肝っ玉は流石としか言いようがない。


「アリス様まで……」

「あんまりさー、サクくん馬鹿にしない方がいいと思うよ? 痛い目見るのはそっちだし、そもそも……」


 アリスはながら、シュラン様をきつく睨みつける。


「私の目の前でサクくんを馬鹿にしてんじゃねぇよ、氷漬けにするぞクソ雑魚」


 滅多に聞かないアリスからの低い声。

 これだけで、アリスがどれほど怒っているのかが理解できる。

 リゼ様も頬を引き攣らせており、周りにいるギャラリーも少し身を退いていた。


「私が……雑魚、しかもこんな平民よりも下……?」


 シュラン様だけは違ったようで―――


「……おい、平民」


 わなわなと肩を震わせ、ついに僕の方へと懐から取り出した手袋を叩きつけた。


「拾え! そこまで言うのであれば、俺と決闘してみろ!」


 僕は知っている。

 相手はお貴族様であるということと、


(……僕、さっきからそこまでどころか何も言ってなかったんだけど)


 否定できない空気ができあがっているということを。

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