傍付き体験

「ねぇ、どうしてか朝の王城に氷漬けにされた使用人のオブジェが見つかったらしいのだけれど、どういうことなのかしらね?」

「はっはっはー! 今日も王城は絶好調ですねー!」


 さて、翌日。

 早速一日体験学習が始まることになった。

 簡単に説明を受けたのだが、どうやら僕はとりあえずリゼ様について回ればいいらしい。

 付き人らしい雑用やら何やらあると思っていたのだけれど、基本的にリゼ様は『自分のことは自分でやる』スタンスらしい。

 普段も傍付きの使用人は一人しかいないらしく、あとは護衛の人間だけなんだとか。

 僕としてはやることがなくて結構なのだが、逆にやることがないと何故傍付きにさせられたのか不安にもなる。

 それに———


「リ、リゼ様……紅茶、お持ちしました……ッ!」

「あら、ありがとうアリス」


 唇を噛み締めながら接待しているアリスの絵面がかなり気になる。


「あー、美味しいわー。特に先輩をこき使って飲む紅茶は格別ねー」

「ぐぬぬぬぬっ……!」


 リゼ様の部屋に入った時からこんな感じだったから推測でしかないけど、恐らくアリスは後輩にこき使われるのが屈辱的で、リゼ様は先輩をこき使えるのが大変ご満足らしい。

 元々年齢だったり伯爵家と王族では立場がこの絵面通りではあるんだけど、魔法士団の中での立場が逆転してしまっているからこそ生まれたややこしい絵面なのだろう。


「次は肩でも揉んでもらおうかしら?」

「お、覚えてろよこの貧乳……ッ!」


 そんなに嫌なら、なんで自ら立候補したのかとは気になる。


「失礼ね、これでもDはあるわよ」

「ふんっ! 私はサクくん好みのFだし勝ってるしッ!」


 おかしい、何故僕の好みが把握されているのだろう。

 まったく、恥ずかしいったらありゃ……待てよ、アリスはFなのか。普段の服装からは実った感じはしなかったけど、もしかして脱げばナイスバディな着痩せタイプ───


「サクくん、鼻血出てる」

「ありがとう」


 おかしいな、どうしてか分からないけど鼻から血が。

 とりあえず、カーペットが汚れる前にアリスからもらった布巾で鼻血を拭こう。


「まぁ、胸しか取り柄のない先輩のマウントは置いておいて」

「氷漬けにするよ?」

「仕事に入る前に早速話を戻すけど、朝から氷のオブジェが王城の中で発見されてかなり騒ぎになったのよね」


 そういえば、恐らく多分きっと違うと信じたいけど、僕も使用人を氷のオブジェにした気がする。

 戻そうかと思ったりしたんだけど、起こしたアリスから「いいんじゃない? どうせ朝起きたら怒られるだろうし、いい気味だと思う」と言われ、僕も思わず同意。

 解除することもなく二人仲良く羊を数えることになった。


「その二人はずっと黙りっぱなしだし……誰かに襲われたのかって考えるのが妥当なのだけれど、私としてはにやられたようにしか思えないのよね」


 リゼ様がティーカップをテーブルに置き、こっちを見てくる。

 やれやれ……美少女に見つめられるなんて、生まれてこの方彼女がいない免疫ゼロボーイには刺激が強すぎるよ。


「まさか、その相手が僕とでも? 王女様、相手は同業でもお貴族様ですよ……流石に貴族には手が出せな―――」

「サクくん、昨日はすっごいスカッとした顔してたよね」

「いい気味だって思ってすっごく気持ちよかった……あ、流石の僕も貴族には手が出せませんよ」

「今の付け足しでは説得力は取り戻せないわよ?」


 めっっっっっっっっっっっっちゃ気持ちよかった。


「……それで、リゼちゃん今日はどうするの? サクくんスペシャルデーなんでしょ?」


 アリスがティーポットを棚に置いてリゼ様に尋ねる。


「今日は午前中は魔法士団の訓練に参加して、午後は休むつもりよ。サクとお喋りするために公務を終えたんだから、めいいっぱい満喫させてもらうわ♪」


 何やら気品溢れる雰囲気から放たれる年相応の可愛らしい笑顔がこっちに向いてきた。

 そんな胸を高鳴らせるようなギャップを見せても鼻の下を伸ばすぐらいしかできないというのに、何がそんなに嬉しいのやら?

 一方で、アリスは可愛らしい顔に似つかわしくないげんなりとした表情を浮かべていた。


「えー、っていうことは私も訓練に参加しなきゃダメな流れになるー」

「顔出しなさいよ、先輩。意中の男の子のために働き者になったのは構わないけど、あなたが勤勉になるのは本来こっちでしょ」

「私はご令嬢枠で優雅な花嫁ライフを歩く女の子なのに……どうして魔法の才能なんかあるんだッ!」


 聞く人次第では妬み嫉みが向けられそうな悩みである。

 まぁ、アリスは才能の塊で流れ的に魔法士団に入った子だから、怠けたい性格的には少しきついのかもしれない。


「それに、魔法の訓練ならサクくんと一緒の方が効率いいし、勉強になるもん」

「へぇー」

「おっと、何やら僕に飛び火しそうな予感が」


 特に玩具を見つけたような悪戯めいた笑みを浮かべるところが余計にヒシヒシと感じさせる。


「なら、ちょうどいいわ」


 そう言って、リゼ様は徐に腰を上げる。


「今から魔法士団の訓練場に向かうんだもの、改めてサクの実力を見させてもらおうかしら」

「ダ、ダメだよっ! サクくんが表舞台で活躍したら色んな人に目をつけられちゃうんだからー!」


 それとは対照的に、アリスはリゼ様の腰を掴んで必死に引き留めようとした。

 もしかして、僕が魔法を使ったら騒ぎになって使用人生活が続けられない。だから僕の代わりにリゼ様を止めようと?

 アリスのせいで火種したものの、こうやって僕のことを思ってくれるのはやっぱり嬉し———


「でも、サクが皆の度肝を抜く姿ってかっこいいと思わない?」

「ヘイ、サクくん何してるの早く行くよ」


 クソ食らえ。


「まぁ、そんな落ち込まなくてもいいじゃない。あなたのことは色々調べさせてもらったわ―――特別給金を出してあげるから、妹さんの教材費用のためにもお兄ちゃんが一肌脱いであげなさい」

「……うっす」


 元はといえば僕の身から出た錆。

 これも仕事の内に入ると考えて、大人しくお姫様方に従うとしよう。

 それに、あくまで魔法士団の訓練場に行ってちょっぴり皆と魔法の練習をするだけだ。

 あんまり目立たなければ、そもそも騒ぎになることなんてないだろうしね―――









「おい、平民っ! 俺と決闘しろ……俺がお前より上だってことを証明してやるッッッ!!!」


 ……騒ぎに、なんてなるはずがないと信じたい。


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