第二王女

 リゼ・ガイゼン。

 王国に三人といる王女の中の次女であり、正真正銘王城に住まう主。

 冷静沈着、気品を兼ね備えた佇まい、威厳ある雰囲気は常に社交界の華とされていた。

 あの時は思い出せなかったけど、何度かチラッと見た時に見惚れてしまったのを覚えている。

 爵位の高い人は美少女だって相場でも決まっているのだろうか? アリスもそうだけど、王城は顔面偏差値が高すぎて目のごほうびである。


 僕は、そんな第二王女様に夕刻呼び出しを食らっていた。

 いくら貴族が集う場所でもただの使用人が王族に呼ばれるなど異例。ここに来るまで、多くの人から注目を浴びた。

 そして———


「どうか、寛大なお心を一つ……ッ!」

「なんで入室早々土下座をしているわけ?」


 ―――僕は土下座していた。


「サクくんは本当にいい子なの! それはもう、早寝早起きしっかりしてるぐらい!」


 隣に膝を着くアリスが僕を庇うように抱き着いてくる。

 現在、夕刻。執事長に言われて僕達は第二王女様の部屋へと足を運んでいた。

 僕の目の前には、椅子に足を組んで苦笑いを浮かべる美少女が一人。

 腰まで伸びるミスリルのような銀の長髪に、端麗すぎる顔立ち。スラッとした体躯は同性が羨むほどであり、何度か遠目に感じていた気品と威厳が漂っている。


 今更思い出した不敬。

 休暇で王城の外とはいえ、そういえばあの時に出会ったのは間違いなく彼女だ。

 そんな第二王女様に、僕はタメ口を使っていた。

 平民が王族に対してタメ口など言語道断。不敬罪で首を刎ねられる恐れが……ッ!


「別に怒るために呼んだわけじゃないわよ……というより、なんでアリスまで一緒に来てるの?」

「え、上司が一緒にいれば少しは面を立ててくれるかなーって」


 確か、リゼ様は王国の魔法士団に最近加入したらしい。

 アリスが入ったのが三年前ぐらいだったから、一応先輩ということになるのか。

 どうやら、アリスの口調や発言からするに、魔法士団の上下関係は爵位の壁を越えるみたいだ。


「はぁ……とりあえず、顔を上げてちょうだい。頭を下げられながらお礼を言うなんてシチュエーション、なんか不気味で嫌だわ」

「サクくん、よかったね生き残ったよ!」

「ありがとう……これもアリスのおかげだ!」

「だから別に……って、もういいわ」


 アリスのおかげで、僕の首が刎ねられることはなかった。

 何故か目の前のリゼ様がため息をついているけど、とにかく生き残ったねやったね!


「一応確認しておくけど、赤龍を私の目の前で倒してくれたのはあなたなのよね?」


 リゼ様が少し真剣な瞳でこちらを見てくる。


「えぇ、まぁ恐らく? 実家帰る途中に見かけましたシチュエーションが認識通りであれば」

「……そう」


 はて、何やら考え込むように顎に手を添え始めたけど、どうしたというのだろうか?

 僕としては使用人生活を継続させてくれるのであればなんでもいいのだけれど。

 けど、そんなことを思っていると───


「ありがとう」


 とびっきりの、見蕩れるような笑みを見せた。

 だからこそ、思わず僕の胸が跳ね上がってしまう。


「ッ!?」

「本当に、あなたのおかげで私と部下は生き残れたわ」


 ほんのり染まった頬が、どこか気品から少し遠い乙女らしさを感じる。

 だからこそ余計に、僕の心臓の鼓動は早くなった。

 やっぱり、こうして面と向かってお礼を言われると照れてしまう。


「そ、そんな……僕は別に───」

「というわけで、あなたは私の部下になりなさい」


 とりあえず、どこの部分に対して「というわけ」が使われたのか教えてほしい。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 さっきの乙女らしい空気と僕の照れが霧散した瞬間、アリスがすかさず僕とリゼ様の間に入ってくる。

 その時の彼女は、何故か必死そうに見えた。


「部下ってあれでしょ? リゼ様のご入浴をお手伝いするポジションでしょ!?」

「違うに決まってるじゃない」

「え、すぐに移籍します!」

「サクくんは黙ってて!」


 なんだろう、急に部下になれって言われた時は驚いたけどそんな仕事なら喜んで首を縦に振る気持ちがある。


「単に、あの実力がほしいと言っただけよ。だって、使用人にしておくのがもったいないじゃない。あなたの態度から察するに、彼の実力は知っているんでしょ? なら、言いたいことぐらい分かるわよね?」

「わ、分かるけど……」

「(あとは彼の傍にいたいからというか……)」

「(チィッ……! サクくんの誑かしが国家の最上位まで……!)」


 はて、何を言っているんだろうかこの王女様は?

 僕ほど使用人生活を望み、使用人として誇りを持ち、侮蔑や嘲笑が入り混じる職場でも懸命に働く勤勉さを持ち合わせているのにもったいないなんて。

 リゼ様は優秀そうに思っていたんだけど、どうやら適材適所という言葉を理解していないらしい。


「はぁ、やれやれ……アリスからもガツンと言ってやってよ。僕が使用人であるべきだって―――」

「た、確かに私も常々「サクくん使用人もったいない」って思ってたけど……ッ!」

「アリスさん?」

「サクくんが使用人を辞める時は私のところって決まってるんだから!」


 初耳なんですけど。


「そう……中々手ごわいわね。まぁ、その子の反応からするに決定事項ってわけじゃないんだろうけど」

「先輩には気を遣うもんなんだよ、後輩ちゃん! 大人しく引き下がるのです!」

「……あなたねぇ、ここぞとばかりに先輩の威厳チラつかせるのやめてくれる? こういうのは、私じゃなくて本人でしょ」


 リゼ様は立ち上がり、アリスを通り越してゆっくり僕の下まで近づいてくる。

 そして、徐に僕の顔を覗きこんできた。


「私とて無理矢理従わせるのなんて嫌だし、あなたの気持ちを尊重するわ」

「あ、はいありがとうございます?」

「でも、だからといって諦める気はないわ」


 端麗な顔が近づいて、思わずドキドキする。

 アリスと同じく仄かに香る甘い匂いが僕の鼓動を更に加速させた。


「っていうわけだから、お試し感覚で一日だけ私の下で働かない? もちろん戦場なんかじゃなくて、使用人らしく付き添い的なポジションで構わないわ」

「え、えーっと……それは命令でしょうか?」

「いいえ、これはあくまでよ」

「………………」


 そのワードに、僕の背中が少しだけ跳ねてしまう。

 それを見たアリスは―――


「やっば、短期間でサクくんのことを熟知された……ッ!」


 何故か悔しそうな顔をリゼ様に向けるのであった。

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