空狐の里帰り

 数日ぶりに帰ってきた妖狐城は火事場のような騒ぎやった。


 まあゆうてうちも逆の立場やったら大騒ぎするやろうししゃーないわ。


 騒ぎの切っ掛けは人族の元へ質として向かったはずのうちが、たった数日で帰ってきたからや。


 最初はあるじ様に気に入られるのに失敗して、戻ってきたとでも思うたんやろうな。門番が何とも言えん顔で「空狐様が戻られて嬉しいです」とかぬかしとった。


 その微妙な表情にムカついたうちが、その場でクルリとひと回りしてやれば、腰を抜かすほど驚いたわけやけど。


 何せ、その背には荘厳なまでの輝きを放つ、10本の尾が揺れとるんや。





「しししし、神狐様が誕生なされたああああああああああ'あ'あ'あ'あ'あ'あ'」





 そう叫びながら城の中に駆け込んでいきよった。


 妖狐にとって、尾とは命であり力であり象徴や。血縁にすら縛られず、代々最も多い尾を持つもんが長となるのが定め。


 天狐様――いや、天狐のあねさんの親族を差し置いて、おとんが長に就いとるのもそれが理由や。そこには家族の情すらも入り込む余地はあらへん。


 そんで輝かしい妖狐族の歴史に置いて、最も優れた妖狐こそが天狐の姉さんやった。皆が姉さんを尊敬しとったし慕っとった。もちろん今までのうちかてそうやった。




 たったの一日……いや、しょうみ半日や。


 今でもまだ信じられへん。あるじ様に出会い、導かれたそのたったの半日で、妖狐族がこれまで何十何百万年と積み重ねてきた歴史をひっくり返してもうたんや。




 もうとっくにおとんに報告は走っとるやろうに、うちの尾に気付いたもんは、その場で突っ伏して頭を下げるか、大慌てでおとんに報告に走るかの二択になっとる。


 いや、お前ら何匹報告に走っとんねーんってツッコミたいところやけど、そりゃそうなるわな。一尾増えるだけでも大騒ぎになる尾がいきなり五尾も増えて、更に天狐の姉さんすらも抜き去ってもうたんやから。


「十尾様ばんざーい」

「なんて神聖な輝きなの…」

「俺たちは今歴史を見ている」

「神狐様、神狐様、神狐様ぁ!」


 いつの間にか城中から駆け付けた妖狐が左右に分かれ、頭を下げながらうちを称える道ができとった。ほんの数時間前までは想像すらできんかった光景や。


 これは忖度とかやない。皆心の底からうちを尊敬し、憧れ、褒め称えとるんや。

 うちがサービスでちょっと尾を大きく振る度に、波のようにざわめきが伝わっていっとる。


 悪うない気分や。


 なんか変な扉が開いてしまいそうやけど、あるじ様に我儘を言って一日暇を貰ったんは、尾を見せびらかす為だけやない。まずはさっさとやるべき事をやらんと。


 ほんまはもっとじっくり聞いていたい皆の歓声を背に、なるべく足早に廊下を抜けて、大広間へと向かう。


「おおお、空狐、聞いたぞ! そしてよくぞ戻った!」


「おと……いや。二度は言わんで。上位者に対しては家族であろうとも弁えなあかん」


「―――ッッ! も、申し訳ありません神狐十尾様」


 今までは七尾のおとんはうちから見て、とてつもなく大きな存在やった。力もそうやし、種を率いる立場も含めて。周りに誰も居ない時は気安う話しとったけど、公式の場じゃおとんの威厳にいつも圧倒されとった。


 だから表向きは多少反発しようとも、結局はおとんに言われるまま、あるじ様の元へ向こうたんや。なんやかんや言いながらも、本気でおとんを怒らせたらまずいのはしっかり理解しとった。


 そのおとんが今はどうしようもなく小物に見えてまう。さすがに家族にそんな事はせんけど、今のおとんはうちの気分次第で簡単に消し飛ぶ存在でしかない。


 慌てて上座から身を引き、平服するおとん。さすがに皆の目がある前でこれ以上無礼があれば、何かしらの罰が必要になるとこやったから、弁えてくれてほっとしたわ。





「うちが今日戻ってきたんは、伝統に基づいて妖狐族の長になる為や。せやけどうちはあるじ様の側に侍って子を産まなあかん。やから長の権限は八尾狐狸に委任する。まあとりあえずは今まで通りやから、形式上の事だけやな」


「お言葉ですが神狐様。今となっては人族ごときにこうべを垂れる必要もありますまい。今の貴女様は十尾様。誰かの下に就くような存在ではございません。九尾様をも凌ぐ圧倒的な力を持って、全種族を統べられるべきかと」


 ある意味もっともな意見でもあるんやけど、おとんは本質がわかっとらん。その圧倒的な力をどうして突如手にしたのかなんで考えへんのや。


 それにや、実際にこうしておとんも小物に見えるぐらいの力を得たにも関わらず、未だあるじ様の強さがまるでわからんのや。一緒に来た鬼姫の強さはようわかるようになった。挨拶の時おとんより上かもなんて感じたけど、実際はおとんじゃ足元にも及ばんぐらいかけ離れとる。


 そんな鬼姫を従えて、エルフ王を瞬殺して、今のうちでも強さを計れないあるじ様は、どんだけ上の存在なんやって笑えてきよるぐらい遠い。神になったからと同列で語るなんて畏れ多いっちゅうもんや。


「なら聞くけど、うちにこの尾を手にするすべを気軽に与えてくれるような御方に、その与えられた力で勝てると本気で思うてんのか?」


 以前はうちも、おとんが過大評価してるなんてアホな事を考えてた時期もあったけど、実際はまったく逆や。おとんのあるじ様への評価はあまりに過小が過ぎる。


「気軽に与えられ…………」


「そうや、この尾はあるじ様より与えられたようなもんや。普通に考えていきなり五尾も増えるわけない事ぐらいわかるやろ」


 おとんはハッとした顔になり、何やら考え込み始めた。五尾持ちの妖狐をいきなり十尾に変えるような存在。万が一にもそんな上位の存在である、あるじ様を敵に回すような事は出来ないと、ようやく気付いたようやな。


「で、では、その……ワシにも尾を与えてくださるよう、口利きを…………」


 と思うたら全然違う事を考えとったわ。あまりに図々しい申し出に不覚にもちょっとわろてもうた。発端は己の負けの清算でうちを狐質に出した事やっちゅうのに、ようそんな事が言えたもんやわ。


 結果的にあるじ様に出会えた事はうちにとって、何にも勝る幸運やったけどそれとこれとは話が別や。


「するわけあるか。アホな事言うてんと、さっさと尾を捧げんかい」


 睨みを効かせてそう言うたら、おとんはあるじ様から受け取ったばかりで、まだしっかり定着してない尾を渋々切り離して差し出してきた。これでうちの代理としておとんが長役を続ける体裁が整ったわけや。


 まあこんなもんはただの作業やさかい正直どうでもええんやけど、問題は戻った後や。


 半日しか経ってないとはいえ、もうあの時のうちとは違うんや。四番目なんかに甘んじるわけにはいかん。

 それには挨拶の際あるじ様の側に侍っとった女共と大聖女に、群れの序列をわからせる必要がある。


 普通に考えればあるじ様以外で、神狐となった今のうちに勝てるもんなんか、おらんとは思うんやが油断はできん。


 うちがそうであるように、あの女共もあるじ様から導かれたからこその強さやろうしな。

 中でも特に鬼姫や。そこらの鬼人程度ならもう何も怖ないんやけど、アレは正直ぶるったわ。挨拶ん時はなんも感じんかったのに、十尾になったうちを見てあっちも警戒したんやろうな。


 目が合った瞬間威圧してきよった。それだけでエルフ王の双龍を見た時と同じぐらい毛が逆立ちよったしな……。

 それでも今のうちなら勝てるとは思うんやが、元々種族としての相性は最悪なだけに確信を持てん。

 


 相性か……せや。

 なら竜人族トカゲ共竜人族をうちの下僕にしておけば……。


「あるじ様んとこ帰る前に、ちょっとトカゲを屈服させてくるわ」



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