神殺しとカモネギ
まるでこの世の地獄だった。
空から降り注ぐ幾千幾万の茶褐色の毛の雨は針のように鋭く、カスリでもしようものなら、そこから幻術に蝕まれ自我を失い、自分が何をしているのかすらわからなくなる。
その場で泣き出す者、冬眠してしまう者、同士討ちを始める者……。
一般兵だけではない。幻術対策に高価な気付け薬を飲んでいる部隊長ですらもだ。
馬鹿げている。
それが現実だ。
だからこそ多産で早熟な我らは、固い鱗を持つ他に飛び抜けた才がなくとも、他国と張り合う事が出来ていた。同胞の背から敵を突き、薙ぐ。それが届かなくとも更に後ろからまた突く。固さと数こそが我らの強み。
それが一切通用しない。
ただの1匹の妖狐に一方的に蹂躙され尽くし、近付く事すら出来ない。ここまでくると天敵だからなんて次元の話ではない。
あんなものは断じて戦などではではない。
――――あれはただの天災だ。
「……撤退を……撤退のご指示を! 竜二様!」
「ふざけるなッ! 相手はたかが一匹だぞ! 3万を超す兵は何の為にここにいる!
「それが届く相手ではないと申しております! 背からはみ出る幾本もの尾。
「黙れ! 御伽噺を信じ、臆病風に吹かれるような者は要らん。貴様は総司令官の任を解く! だれぞッ! こいつを牢に入れておけ!」
結局私が牢に入れられる事はなかった。
拘束され後方に運ばれている時に毛針が本陣を襲ったからだ。
判断に悩む兵を一喝し、そのまま急ぎ報告の為、王城へと駆けた。
「九尾か……では妖狐が人族に下ったという話はなんだったのだ」
「恐らくは逆だったのではないかと……。精霊の愛し子とまで呼ばれているエルフ王を倒したのも、九尾が化けた英雄だったのであれば納得がいきます。皆が皆、狐に化かされていたのです」
「何のためにそのような隠蔽をする必要がある。本当に九尾が復活したのであれば、人族を隠れ蓑にする必要などあるまい」
「復活したからこそと言えます。九尾の存在を知れば他国は妖狐を警戒し、一斉に手を結び対抗しようとするでしょう。しかし人族が降伏を促してきたのであれば、逆に従属させてやろうと動きたくもなります。事実既に誘い出されたエルフが個別撃破され沈んでおります」
「なるほど……。ならば今後の対策はどうする?」
「はっ。交戦を継続するのであれば、鬼人には千年の不可侵を、ドワーフには幾年かのミスリル鉱山の採掘権を元に同盟交渉する他ないかと思われます。あの化け狐と正面からぶつかっても我らに勝機はありません」
「乗ってくるか?」
「鬼人としては、我らが滅び妖狐が残るのは願ったり叶ったりではあるものの、九尾の存在を知れば考えが変わる可能性はあるかと。条件の上積みは必要かもしれません。ドワーフは確実に乗ってくるでしょう。レア鉱石は彼らが求めて止まない物。それに我らの次は鬼人かドワーフ。妖狐の立場からすれば、鬼人は後回しにしたいと考えるでしょう。明日は我が身と考えれば、乗らない理由がありません」
「宰相はどう考える」
「九尾の目的にもよるかと。従属を求めているというだけでは判断が付きませぬ。使者を向かわせ細かな条件を聞き出しつつ、同盟工作も同時に進めるが吉かと。場合によっては人族やエルフ族同様に妖狐に下る選択も視野に入れねばなりますまい」
王は周りを一瞥すると大きく息を吐き出し、項垂れるように長い舌を使ってグラスの水を口に運んだ。
下るにしろ同盟を進めるにしろ、全てに置いて圧倒的に不利な立場なのは間違いない。既に九尾に襲われている現状では、ドワーフも鬼人も確実に足元を見てくる。
王の手前あまりにへりくだった条件を口にはしなかったが、ずっと眉間に皺を寄せ考え込んでいる外相を見て、この交渉が難しいものとなるのは薄々勘付いておられるのだろう。
それでも外相にはこの難しい交渉を纏めてもらわなければならない。
これは戦以上に種族の命運を懸けた交渉となるのだから。
―――――――――――――――
☆ドワーフ議会
「ほらね。あたしは最初から思ってたのよ。人族が精霊術を使えるわけがないって」
「でたでた、シーラお得意の後出しじゃんけん」
「はっ?」
また始まった。長年議長を務めたシーガー殿の引退に伴い、若手で一新された議会は、保守的で何も進まない老人共の井戸端会議と比べれば随分マシだが、その分我が強くて纏まりが弱く放っておけばすぐこれだ。
「コリー。シーラ。今は内輪揉めしている時間はない」
「わかってるわよ。馬鹿コリーがうざ絡みしてくるからでしょ!」
竜人族から同盟の打診が来た事により、俺らドワーフが見落としていた大きな陰謀が発覚した。俺らを含むほぼ全種族に降伏を勧告していた事もあり、人族にばかり注意が向いていたが、実態は九尾の復活に端を発した妖狐族の戦略だったようだ。
確かに人族の英雄が精霊術を用いて、アグーディーを一騎打ちで仕留めた事には衝撃を受けた。妖狐に続き、即日エルフが下った事により、ますます人族に対する警戒を深める事となった。
結果として妖狐族へ対する警戒は薄れ、人族の情報、特に英雄と大聖女に関するものを集めるのに躍起になっていた。これは鬼や竜も同様だっただろう。
答えが解った今だからこそ思うのだろうが、そもそも精霊術を人族が使える事がおかしい。そして妖狐は幻術で他者を惑わすのはお手の物だ。
そこをしっかり調査するべきだったのだ。対峙しているアグーディーや大精霊だけでなく、会場の全ての観客すら騙しきる程の幻術を、調査したとて見抜けていたかどうかはともかくとしてだが。
「しかし九尾か……高祖父母の世代の話が現代で起こるとはな」
「で、どうするわけ? 竜人族と手を組むの? 見捨てるの?」
問題はそこだ。放置すれば竜人族は確実に滅ぶ。九尾なしでも勝ち目の無い竜人族が絶滅していないのは、鬼人族の存在があるからだ。九尾が竜人族を攻めたという事は、鬼人族に勝てる見込みがあるからこそだろう。
いずれは俺らもそれと戦う必要が出てくるが、時期は重要だ。竜人、鬼人と連戦した直後が理想だが、恐らく竜人の次は俺らドワーフを狙うだろう。それなら総取りは諦めて今動くべきか?
「エド。お前も意見を出せ」
「ん~妖狐族と戦うのはリスクが高いよね。だけどミスリルは欲しいな」
「じゃあ妖狐族と戦わなきゃいいじゃない。そもそもあたしらに降伏勧告してきたのは人族なんだし、九尾は今竜人族のとこなんでしょ?」
なるほど。同盟は曖昧にしつつ人族を攻めるか。その上で九尾がこちらに向かってきても、人族からの降伏勧告があった故の行動で、妖狐族に敵対する意思はなかったとの言い訳も立つ。
「……竜人族には了承とも拒否とも取れる返答をしておいて、人族を攻めるって事か。悪くない案だな」
「そうそう。もしも九尾が想像以上にやばそうなら、人族から奪った財を差し出して和睦すればいいし、神殺しで勝てそうならそのまま倒す。その辺は臨機応変にね」
長い年月を費やして、ようやく完成した
「理想は鬼人が九尾とぶつかって共倒れかな。俺らは人族を支配下に置きつつ竜人族にデカい貸しができて、最高の利を得られるな」
「やれやれ。どいつもこいつもあくどい事を考えるもんだね」
「ゴーレムの中に精霊を閉じ込めて魔法抵抗を上げるなんて事を、思い付き実行したお前さんにだけは言われたくないわ」
まさに悪魔の発想だった。近接に強く遠距離に弱いゴーレムの弱点を、精霊を中に閉じ込める事により無理矢理消し去るなど、凡そ常人の発想ではない。
「ヘニーだってノリノリだったくせによく言うよ。アレで土の大精霊がエルフんとこ行っちゃったってのにさ」
「選択肢は多いに越した事はないだろ。精霊、科学、魔法、何か一つに全振りするなんて合理的じゃない」
要はリスクとリターンだ。大精霊から見限られるリスクと、神すらも殺し得る能力。それを天秤にかけた結果、後者を取っただけの話。結果的に、棚ぼたで四大精霊が集結する事になったアグーディーが九尾に沈められたのだから、正しい選択をしたと言えるだろう。
「で、結局人族を攻めるって事でいいんだな?」
「OK」
「いいよ」
「賛成」
こうして方針は決定された。
妖狐に良い様に使われた挙句、
「向こうが仕掛けてきた戦争だ。九尾が現れるまでは、降伏は認めず徹底的に奪い尽くすぞ」
「ほら、やっぱヘニーが一番あくどいじゃん」
―――――――――――――――
☆世界
クーちゃんの尾が無事十尾になった後、実家でやらなければいけない事があると言うので、僕と紅葉だけ屋敷に送ってもらった。一日だけ暇が欲しいって言ってたけど、僕は1週間ぐらいゆっくりしてきてもいいからね。と快く送り出してあげたんだ。
と言うのも、用事みたいな言い方してたけど多分、妖狐の国に一回戻った事でホームシックになっちゃったんだと思うんだよね。
覚悟を決めて人族の国に来たんだろうに、尾の為とはいえ初日に妖狐の国に行くのはちょっと配慮に欠けてたよ。人族の国に着くまでに道すがら故郷を眺めながら、ああ、この国とも暫くはお別れなのかな。って感じで感傷に浸ってただろうに空気読めなさすぎた。
それでも戻ったのは悪い事ばかりでもなかった。安心できる環境のおかげか、最後の方はすっかり素の関西弁が出てたし、多少なりとも懐いてくれた感じもあった。別れ際にはすっごい尻尾擦り付けてきてたし。
もっふもふで気持ち良かった。あれだけでも尾を増やした甲斐があったってものだよ。
実家で少しばかりゆっくり過ごして、リフレッシュして戻ってきてくれたら、しっぽ枕をお願いしてみようかな。戻ってくるよね?
僕自身の事はなかなか上手くいかない現状だけど、皆の育成に関しては今回尾を10に増やしたクーちゃんや、既に完成した紅葉を始めとして、他の皆も主要スキルは揃ったし、凄く順調にきてる。後はカンストまでの経験値と装備が手に入れば完璧だなぁ。
誰かひとりでもカンストすれば、後は新孤児院で99までは引っ張り上げられるしね。なんて考えていたら、来ちゃったんだよねボーナスタイムが。
なんと本来ゲームではまだまだ先のイベントのはずの、【ドワーフの急襲】が発生した。
このイベントは文字通りドワーフ族が急襲を掛けてくるイベントで、彼ら秘蔵のアダマンタイトゴーレムを引き連れて人族に突如襲い掛かってくるものだ。
このアダマンタイトゴーレムが馬鹿強くて、その上打撃も魔法もほぼダメージが通らず幻術すら効かない。
紅葉の持つ近接反射であればダメージは通るけど、HPの桁が違うゴーレム相手ではさすがに厳しい。
それに周囲には他のゴーレムやドワーフが居る上、ドワーフが修繕スキル持ちなのもあって、正直やってられない。
当時はどうしてたかと言うと、モブユニットを多数犠牲にしながら気合でクリアするツワモノも居たけど、攻略方が確立するまでは皆ネットで情報を漁ってた。アダと入力しただけでアダマンタイトゴーレム 攻略方法とオートコンプリートでトップに出てくるほどだったよ。
初見ではそれだけ難易度が高い敵だったんだけど、倒し方さえわかってしまえば経験値激ウマ&ドロップ激ウマのボスだから、プレイヤーが心待ちにするイベントとなったんだよね。
だからドワーフが
僕らが駆け付けた時にはもう、城門の目と鼻の先までゴーレム隊が迫ってきており、門兵たちは戦々恐々としていた。
そして僕のテンションは爆上がりした。
固定で最高レアを2つ落とす経験値激ウマの敵が、現れた時の気分ときたらもうね……。某銀色のスライムに近しいものがある。しかもゴーレムは逃げたりしない。
ドロップのひとつは武器固定、もうひとつは状態異常完全耐性の指輪。武器は誰の物が出るか完全に運だけど、指輪は主人公が持てば無双に磨きがかかる。最終的には殆どの人が即死防止かこの指輪の二択で、敵によって使い分ける感じかな。
ちなみに僕が装備すれば宝の持ち腐れだね。
それでも状態異常を治せるヒーラーが持てば、PTとしての強さは爆上がりするだろうし、あって困るアイテムじゃない。今回で言えば響先輩が装備する事になる。
本来の発生時期からすればかなり早いわけだから、もしかしたら
ドワーフさんには是非ともこのゴーレムを量産して頂きたいものだね。
響先輩が【
ゴーレムは僅かに震えただけで大したダメージが入ったようには見えない。
反撃とばかりに周囲から魔法で土を集め、岩のように巨大化した質量の塊を投げつけてくる。
そう、何を隠そうこのカモネギさん。ゴーレムのくせに魔法を使えるのである。
さすがにバグを疑われ、公式BBSに投稿が殺到したけど、九ちゃんがちゃんと答えてくれている。
『仕様や仕様。なんでもかんでもバグバグいうてんと頭使わんかい。だぁほ』との返答だった。
そんな魔法で集めた土の塊を投げつけられた瞬間、金花銀花が響先輩の前に出て、身体を張って盾となり直撃は防いだものの、魔法と物理を合わせた攻撃はHPの高い鬼ですら一発食らうだけでもかなり痛い。
すぐに【リカバリー】で回復させ、懲りずに次の雷を放つ。
また当たり前のように同じ手法で反撃してくるゴーレムを見て、少し安堵した。
ゲームでのアルゴリズムはここでもきっちり適用されるらしい。万が一ゲームと違う行動をゴーレムが取ったのなら、紅葉の反射と響先輩の回復という高リスク作戦を取らざるを得なかったからこれで
同じ行動を3度繰り返せば、周囲の土を集めた影響で足元が不安定になる。
その状態で紅葉に足を集中的に攻撃させれば……。
ズシーーーンと大きな音を立ててゴーレムが倒れた。
しかしまだダメージは殆ど入っていない。
これまで周囲の雑魚ゴーレムを、遠距離でチマチマ狩っていたリリアが、ここぞとばかりに【コアブレイクショット】を叩き込む。コアブレイクショットはクリティカル確率50%、命中率50%の一か八かの大技で、クリティカル発生時は防御力無視なのでアダマンタイトゴーレムにもダメージが通る。そして転倒時とバックアタック時は命中率が100%になる上ダメージも増える。
――――幸先良く50%を引けたみたいだ。
大ダメージと共にゴーレムの腹部が一部破壊され、内部が見えている。
こうなってしまえば後は皆でタコ殴りだ。ゴーレムもすぐに起き上がるが、周囲にヘルプに来たドワーフも纏めての紅葉の【角の鞭】、響先輩の【
カモネギゴーレムが完全に沈んだのを確認すると、ドワーフたちは慌てて逃亡に入った。
「追わなくていいからね」
僕は追撃しないようインカム越しに皆に指示を出す。
ドワーフさんには是非ともまたカモネギゴーレムを作って攻めて来てもらいたいしね。戦力を削るなんてとんでもない。
ドロップを確認すると、指輪と……ミトロジーキャノンだ。50%も一発で決めるしリリアは運がいいな。この時期に最終装備が手に入るなんて羨ましい限りだ。攻撃力爆上がりだよ。
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