やり直しを要求する!

 上手くいかない。本当に何もかもが上手くいかない。


 そもそも僕が演武に出たのはアグーディーに負ける為だったんだ。


 勿論ボコボコにされるのは間違いないって思ってたよ。痛いのは嫌だけど、負ければ当然英雄認定は取り消しだろうし、陛下も降伏勧告を慌てて取り下げるよねって思ってたんだ。


 命の危険がない演武で余計な重荷を捨てれる上に、勧告が取り消されれば入国制限も解除されるだろうから、他国に逃げる事も可能になる。


 そういった諸々を考えて了承したんだけど、コロシアムで予想外な事が起きた。


 下手に長引かされても嫌だから、一発で華麗にぶっ飛ばして終わらせてねと、全力で無抵抗アピールしてたんだけど、演武が始まるとすぐに精霊たちが小声で話しかけてきたんだ。


 ゲームの設定上、精霊の声が聞こえるのは使役しているエルフかドワーフだけのはずなんだけど、よくよく考えてみれば、ゲームでも精霊の声は普通にプレイヤーに聞こえてた。


 そもそも聞こえなければ、精霊を担当してる声優さんの一人六役の熱演が無駄になるし、聞こえない方がおかしいよね。


 いや、そんな事はこの際どうでもいいんだけど、その精霊がなんと朱鷺坂院の中に別の魂ぼくが入っている事に気付いていたんだよ。


 

 そんな事もあって妙にテンションの高い精霊と、演武そっちのけで話し込んでしまった。


 精霊は僕が六大精霊の存在を知ってる事に驚いて、仲間の情報を知りたがったんだ。もちろんペラペラ喋ったよ。攻略の話になると途端に饒舌になるのがゲームオタクって奴だからね。


 特に普通じゃ手に入らない闇と光の精霊を欲しがっていた点も悪かった。「ふふふ、そうだよね。本当なら1週目じゃ無理なんだけど、魔族の初期村レイスの村の納屋が洞窟になってて、入り口にある入力パネルにパスワードを入れると、奥で封印されてる仲間の精霊に会えるよ」なんて感じでドヤっちゃったんだよね。


 パスワードを教えると精霊はお喋りを止めたようで、辺りは静寂に包まれた。



 あれっ…、静寂?


 完全に忘れかけてたけど僕今演武中だったよね。

 なんでこんなに静かなの? と目を開けてみれば、ボロボロになったアグーディーがそこに倒れていた。


 もしかして何か失敗して自爆した?

 そんな風に考えていると響先輩が貴賓席から駆け降りてきた。



「全ての観客が未だ息を飲んでおります世界様。まさに相応ふさわしい内容でしたわ」


 恍惚とした表情でそんな事を言いだした響先輩が、僕の腕をスルリと絡めとり、手首を持つとそのまま高々と突き上げた。



 ――――その瞬間。会場が爆発したかのように揺れ、怒号に近い歓声に包まれた。



 演武に相応しい内容とはなんだろう。しかも何故か僕が勝ったことになってる。僕が何もしていないのに勝ったという事は、こっそり僕以外の誰かがアグーディーを倒したって事なんだけど、それが出来るのは現状ひとりしかいない。


 コロシアムの観客席をぐるりと見渡してみると、…………やはりいた。


 これだけ広いコロシアム内でも、ひと目で発見出来るぐらい、一際目立つピンクアッシュの髪の女――リリアが最上階からこちらを見ていた。


 リリアが僕の育成プランで獲得した【ステルスショット】というスキルがある。

 このスキルは発動が全スキル中最速且つ回避不可能。つまり誰にも認識出来ない攻撃って事なんだ。気付いた時にはダメージが入っている。


 そしてリリアが持つ武器はスナイパーメタルライフル。重火器の中でも最高射程距離を誇る、スナイパーライフル系統の武器だ。


 僕は無抵抗アピールと恐怖心克服の為に目を瞑っていたし、そのまま精霊と話し込んでしまっていたけど、アグーディーが【双龍禍渦】を唱えたのは聞こえていた。


 双龍禍渦はアグーディーの持つ最強スキルだけど、隙が大きく発動までの時間も長く、通常一対一で使うようなスキルじゃない。大局を見据えて、ここぞという時に後方から放つ極大スキルだ。


 逆にステルスショットの1発1発のダメージは、そこまで大きなものではないんだけど、演武という事もあって、自分が隙が大きい大技を披露しようとしてる時に、観客席からステルスショットを連打されたら、そりゃアグーディーだって沈むよね。


 対峙してる相手からの攻撃であれば、キャンセルして立て直しただろうけど、目の前の僕は無抵抗アピールで何もしてない――精霊とお喋りしてたけど――のに、突然ダメージがきてきっと混乱したんだと思う。


 なんかごめん。


 言い訳臭くなってしまうけど、誓って僕が指示したわけじゃない。そもそもリリアは例え演武だとしても、ひとりで戦うのは危険だから止めた方がいいってずっと反対してたんだ。


 あまりに心配が祟って、ついついやってしまったってところだろう。


 そりゃ会場も静寂に包まれるよね。対峙してる僕は何もしてないのに、何故かダメージを受けてアグーディーが沈んだんだからさ……。


 もしかしたら戦闘系漫画でよくある、「あれは速すぎて目視出来ない戦闘が繰り広げられているんだ」なんて解釈したのかもしれない。だからこそ今は狂ったように熱狂してるんだろうし。


 ぶっちゃけこれがバレたら味方からすらブーイングされるレベルの反則行為だけど、今更なかった事にもできないし、この秘密は僕も墓まで持っていくしかなさそうだ。


「ばかな…………」


 響先輩がフルリカバリーを掛け、回復したアグーディーが戸惑った表情で僕を見る。


 正直かなり気まずい。


 観衆の皆には言うわけにはいかないけど、せめてアグーディーには正直に告白するべきかもしれない。さすがにこれで勝ったどー、とドヤれるほど僕は厚顔無恥ではない。それにこのままじゃ当初の目的も達成できない。


 よし、今のはノーカンって事で。


「ごめんね。ちょっとずるしちゃったみたいで……。次はちゃんと僕自身が戦うからもう一回やろう」


「――――ッ!」


 僕のやり直しの提案に、アグーディーは全力で顔を強張らせた。


「精霊共、お、おれ様を守れ!!! ……精霊共! なぜ応えん!」


「哀れですわね。未だ理解していないとは……大精霊は全て世界様のしもべとなったのです。もう貴方に応え力を振るう事はありませんわ」



 いや、響先輩急に何を言い出してんの。しもべになんてなってないから。……もしかして、僕が教えたせいでレイス村に仲間を集めに行っちゃったんじゃ……。


 いやいや、例え精霊がいなくなったとしてもだよ? それでも僕よりはアグーディーの方が断然強いし、再戦すればちゃんと負けれるはず。大丈夫、まだ破綻してない。



「ほら、精霊に頼りっきりもよくないし、たまには自分の力で戦うのも悪くないよ。もう一回やろう!」


「――ッヒィ」


 僕の再戦の要求を無視して、アグーディーは震える足で僕たちに背を向け、途中何度も何度も転びながらコロシアムから出て行ってしまった。


 ああ、折角安全に重荷を捨てるチャンスだったのに……。


 どうしてこう僕は上手くやれないんだろう。


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