演武
よって、偉大なる我が国王陛下の慈悲に縋り、無駄に血を流さず下る事を決意し、全ての権限を陛下へ献上し隠居する事こそが、エルフ王アグーディーに残された責務である。尚この勧告に速やかに従わぬ場合、我が国が誇る最大武力を持って慈悲無き蹂躙を開始する。
「…………以上でございます」
「はははっ。おい
「はっ。どうやら大聖女に続き英雄が現れたとやらで増長しているのかと。こちらが映像になります」
突然下等種たる短耳族が増長し、他各種族に留まらず、エルフ族にまで降伏勧告するに至った理由は二つあるらしい。映像を見れば、純白のロングドレスを着た金髪の女と、呑気そうな顔をした男が映っている。
「これがその短耳ご自慢の大聖女と英雄か?」
「そのようです」
「精霊共、この2人の短耳族はいくつだ?」
『!!! …………そうだねぇ~。白い方は強いね~【65】もあるよ~♩』
『……う、ん。うん~ちょうど僕たち2精までなら~相手出来そうな~ぐらいだね♪』
『青い子は~それよりかな~り弱いかな♩』
『【30】だね~青い子は僕……だけでもいけるよ~♬』
「ふむ。大聖女はかなりのものだが英雄は大した事ないな」
「妖狐族は英雄を恐れて下ったとの噂なのですが、精霊様のお見立てでは大聖女が上と仰られてるのですか?」
俺様の神眼は誤魔化せない。これまでも一度たりとも相手の戦力を見誤った事などない。短耳族相手であれば全軍で対決しようとも勝ちは揺るがないが、疲弊すればドワーフがここぞとばかりに襲ってくるだろう。
ならばここは全面戦争よりも、余興を兼ねて遊んでやるのが一番良いだろう。精霊共を使わずとも30ごとき相手にならない。なにせ俺様は精霊なしでも【45】だ。そして全精霊を使用した際の俺様が【85】と知れば短耳族はさぞ絶望する事だろう。知らぬが仏とはこの事だ。
「長く生きていようとも所詮はケモノという事だ。それよりも良い事を思いついたぞ」
表向きは同盟だが実質従属の証として、妖狐の姫が質となるべく短耳族の都へと向かっているのは既に掴んでいる。精一杯の虚勢として両種族反映の為、将来の人族との婚姻まで見越した花嫁修業としての体を取っている事もあって、到着に合わせ歓迎の宴を準備しているらしい。
歴史あるエルフ族を纏める者として、戦わずして降伏は出来ぬ故、その宴で余興として英雄と一対一で闘いたい。その結果散ろうとも一切の文句は言わないし、負ければ全てを差し出すとの文言を返答でしたためさせる。
参謀は万が一を恐れ反対したが、100%勝てると精霊共も言っていると伝えると、しぶしぶながら了承した。
大聖女相手でも本気の俺様であれば何の問題もないが、より与し易く倒した際のインパクトも大きな英雄を、短耳族の大舞台で完膚なきまでに叩きのめす。
考えただけで愉悦で顔が緩みそうだ。地に伏した英雄の顔を踏み付けながら、その場で逆に短耳族に降伏勧告を突き付けてやれば、意趣返しとしてはなかなかに良い。
ついでに大聖女と妖狐の姫、可能であれば鬼姫も含め持ち帰れば、一気に三国を制圧したも同然だ。
どこまでも増長した短耳は、俺様をコロシアム中央で10分以上待たせたまま、いかに英雄朱鷺坂院世界が優れているかを熱心に喧伝している。だがそうやって持ち上げれば持ち上げる程に、俺様に敗れた時の絶望が増すというものだ。
貴賓席に座るケモノ姫はなかなかに楽しめそうな容姿をしている。ケモノらしく裸で鎖に繋いで飼ってやろう。短耳王の隣で穏やかな表情をしている大聖女も、直に俺様に媚び諂うものへと変化するだろう。
それにしても遅い。
そうだ、待ち時間に何もしないのも芸がない。少しばかり見せてやるか。お前たちが誰に喧嘩を売ってしまったかということを。
「短耳族に俺様の力を少しばかり見せてやれ」
その言葉に反応した精霊共が短耳にも見えるよう、自身の存在感を強め、4つの大きな光の螺旋を描きながら俺様の頭上で歌い踊る。
『僕は水の大精霊~全ての敵を飲み込むよ~♩』
『僕は火の大精霊~あらゆる敵を焼き尽くす~♬』
『僕は風の大精霊~みんな纏めて吹き飛ばすぅ~♪』
『僕は土の大精霊、歌や話しはあまり得意じゃないんだ』
普段は短耳族はもちろん、エルフであっても選ばれた者以外には、殆ど聞き取れない精霊共の声が、螺旋の光を纏いコロシアム全体に響き渡る。
英雄の映像を見て湧いていた観客は一気に静まり返り、ケモノの姫は身体を強張らせ、短耳王は青ざめている。大聖女だけはその表情を崩さないか。面白い、その仮面のような微笑みがどうなるのか見物だ。
「それではこれより偉大なる英雄朱鷺坂院様と、エルフの王アグーディー殿による演武を開演いたします」
アナウンスと共に現れた英雄の姿に、静まり返っていた短耳の大観衆が再び熱狂する。まるでオーラのない英雄は、自身が死地に向け歩いているのを自覚しているように見えるほどに覇気がない。
まるで諦観しているかのようだ。少しばかり
さすがに戦う前に戦意喪失されては、面白味がない。少しばかり持ち上げてやるとするか。
「これはこれは。想像はしていたが、さすがに英雄殿はとんでもない力を持っているようだ。演武とはいえ、俺様もうっかり殺されぬよう気合を入れて望まねばな」
「そんなお世辞は要らないよ。それよりも僕はささっと終わらせたいんだよね……」
短耳英雄はそう言ったきり、目を瞑り手を広げた。どうぞ好きにしてくださいと全てを諦めたようにしか見えない。英雄のこの行動は予想外だったのだろう、観衆の困惑したようなざわめきがコロシアム全体を包み込んでいく。
短耳英雄は雑魚ではあるものの、俺様との力量差だけはしっかり理解しているようだな。どうせ抗えぬ差があるのであれば、抵抗するだけ無駄と知っての行動だろう。
その潔い態度に免じて嬲るのは止めてやるか。
代わりに俺様の最大精霊術にて屠ってやるとするか。屈辱に塗れた生よりも栄誉の死はこいつも望むものだろう。俺様の慈悲に感謝して逝くがいい。
【双龍禍渦】
俺様の詠唱を受け、火と土の精霊が棒のように身体を上に伸ばし、その二本の棒の周りを螺旋状に水と風の精霊がコーティングしていく。時間と共に太く長くなったそれは、双龍の首のような形相となり、生物が抗えるような物ではない事は誰の眼にも明らかだ。
「俺様の前に立った愚かさを呪うが良い」
「……………………………………………………………………………」
死を悟り未だ目も開かぬまま、念仏でも唱えているのか、ずっと小声で呟きながら立ち尽くす短耳英雄へ向け、龍が顎を開くかのように左右に展開した二本の精霊体が迫る。これまでにこれを食らった者は骨すら残った事はない。
さてと。後の処理は精霊共に任せ、俺様は大聖女の表情が崩れ落ちる瞬間を楽しませてもらうとするか。
大聖女を見れば、先ほどまでの穏やかな笑みが消えていた。
当然だ。短耳族が俺様の最大精霊術を見るのはこれが初めて。
この荒れ狂う精霊双龍を見て驚かないわけがない。
俺様の視線を感じたのか大聖女と目が合った。
さて、この絶望的な状況で大聖女はどのような顔を見せてくれるか。
泣き喚くか、それとも必死に媚びを売るか。或いはこの場で逃げ出す可能性もあるか?
じっくり観察してやろうと目を細め見ていれば、大聖女は手で口元を覆い……肩を震わせくつくつと笑っているだと。そして俺様に向け届かぬ声を出す。なんだ? 何を言っている?
口元から手を離した大聖女はこちらに伝えるようにゆっくりと喋りだす。動きから言葉を読んでみると……。
「ま・え・を・む・い・た―――――」
なにをと視線を少しばかり戻してみれば…………。
「――ッッばかな!」
短耳の英雄に向け放ったはずの双龍――いや、それよりも巨大な1匹の龍が、俺様の直前まで迫っていた。
逃げ……まにあわッ――――――――――
―――――――――――――――
☆空狐
なんや、うちが何かするまでもなく、あっさり化けの皮が剥がれるんとちゃうかこれ。
精霊が光を纏い螺旋を描きながらコロシアム中心でうねりを上げる。うちの歓待の為に開かれる演武やって聞いてたんやけど、あのエルフ王、どう見てもヤル気満々やないか。
『僕は水の大精霊~全ての敵を飲み込むよ~♩』
『僕は火の大精霊~あらゆる敵を焼き尽くす~♬』
『僕は風の大精霊~みんな纏めて吹き飛ばすぅ~♪』
『僕は土の大精霊、歌や話しはあまり得意じゃないんだ』
しかも四大精霊が勢揃いや。噂には聞いとったけど、精霊の愛し子って話はほんまもんやな。一番国土の遠いエルフ国やから差し迫った脅威にはならへんけど、同盟するならむしろこっちとやろ。
「神に近しい存在と言われている大精霊が全て揃うなど……、カタリーナよ、本当に英雄殿は大丈夫なのだろうな?」
人族の王さんが焦っとるわ。今のパフォーマンスは力の無いもんにも酷くわかりやすかったもんな。うちがこれと対峙したらどうやろか……。
まあサシじゃ無理やわな。こんなんとガチンコとかアホのやる事や。おとんと挟み撃ちしてもキツそうや。サシならそれこそ天狐様クラスやないと厳しいんやないか?
「ふふ、陛下は心配性ですわね。恐れながら言わせて頂きますわ。生物には格というものがございます。神に近しい存在とは、逆に言えば神ではないという事。つまり所詮は神もどき。そんなものが何匹群れようと世界様の敵ではありません」
「であるか……。そなたがそう言うのであれば安心だ」
少しも安心したようには見えんけど、人族の王さんはとりあえず納得したようや。言うとる事は間違っとらんけど、肝心のその格が半端ないんやけど、つまり英雄はんはこれより遥かに上ってことかいな。
それならおとんが心折れたんも仕方あらへんわな……。
「それではこれより偉大なる英雄朱鷺坂院様と、エルフの王アグーディー殿による演武を開演いたします」
英雄はんが現れるとシンと静まり返っとった観衆が一気に熱を取り戻した。
いや、ちょっとまたんかい。さっきの前振りはなんやってん。
おとんの過大評価ちゃうかとは疑っとったけど、あまりに予想通り過ぎて逆にビビるわ。どんだけコテコテの前振りしとんねん。
現れたんはどっからどう見ても、英雄なんて称号が似合う男やあらへん。まるで能面のような顔で歩くその姿は、これから肉にされ出荷されるんをわかっとる牛のようにしか見えん。おとんはコレにビビってうちを狐質に出したんかいな……。
全財産賭けてもええわ。これがエルフの王に勝てる確率は0や。さっきはこのあほ聖女が偉そうに能書き垂れとったけど、どっからどう見ても英雄が格下やないか。これが上に見えるとか、目ん玉腐っとるわ。あほちゃうか。
中央で少し言葉を交わしたように見えたあと、英雄は目を瞑り手を広げよった。
「カタタ、……カタリーナ。英雄殿は何を」
「先手を譲るから好きに攻撃してこいと言っておられるのですわ。ハンデですわね。世界様が攻撃なさるとそれこそ一瞬で終わってしまい、盛り上がりに欠けるでしょうから。これは一応演武ですので世界様なりに配慮してくださっているのです」
うちのおとんも大概やったけど、あほ聖女もかなり頭のイカれた女みたいやな。神やと信じとると報告にあったけど、この状況下で英雄の勝ちを疑ってへんのはほんまもんの狂信者やわ。
うちから見れば諦めとるようにしか見えんけど、あほ聖女曰く先手を譲った英雄に対して、エルフの王はとんでもない術を練り上げよった。水と火、土と風、本来打ち消し合うはずの属性がひとつになって、まるで龍のように宙に浮かんどる。しかもそれが2匹や。
見ただけでわかる。これはやばい。あまりにもやばすぎる。こんなもん食らったらうちやおとんでさえ消し炭になるかもしれん。それでも尚、逃げもせず目も開かぬまま立ち尽くしとる英雄の前に、恐ろしい龍がまだ成長を続けながら距離を詰めていく。
「ふふふっ。こちらを気にしている場合などではないというのに。無知ほど怖いものはありませんわね」
人族にとって絶望的なこの状況で、何故か笑い始めたあほ聖女。壊れてもうたんやろかと思うたんやけど…………。
英雄に向かっとった恐ろしい2匹の龍が、左右から挟み潰さんとするその刹那、一瞬で掻き消されたように消滅しよった。
「……はっ?」
―――――意味がわからん。
ほんまに意味がわからん。英雄……はんは何もしとらん、はずや。少なくともうちには見えんかった。それどころかまだ目を開いてすらおらん。なのに精霊の龍は消え―――――たと思っていた龍が再び姿を現した。
それもさっきまでの龍やあらへん。火と水と風と土、その全てが合わさった1匹の巨龍。太さも長さもさっきの3倍はありそうなその巨龍は、英雄はんの下から一直線にエルフの王目掛けて放たれた。
言葉が……出えへん……。
英雄はんの勝ちを信じていたであろう観衆すらも、固まってしまう程の衝撃。
コロシアム中央には未だ目を瞑ったままの英雄はんと、満身創痍で土に塗れ、ピクリとも動けんと惨めに転がっとるエルフの王。何がどないなってこうなったんか、理解しとるもんなんかおるんやろか。
――いや、ひとりだけおった。うちのすぐ隣に。
「ご理解頂けましたか陛下。これが世界様です。精霊術までお使いになられるとはわたくしも存じ上げておりませんでしたが、おそらく
「あ、ああ。疑うような事を言ってしまい、すまぬ事をした。英雄殿には勝利の祝福を……くれぐれも、お伝えしてくれたまえ」
まさか、ほんまにわかってへんのはおとんや大聖女やのうて、うちの方やったっちゅうオチなんかいな……。ならうちが英雄はんの強さを理解出来んのはあまりに高みの存在すぎて、霞んでもうとるっちゅう事か。
信じられへん。けど目の前でこんなもんを見せられたら信じる他あらへん。もし、もしも、あの時おとんを説得して、英雄はんの前に立ちはだかっていたとしたら。
身体がブルりと震えよった。さっきまでのうちは、まるで物を知らん幼児が大人に喧嘩を売ろうとしてたようなもんや……。
本人以外には誰しもに結果が見えとるのに、うちは忠告を無視して、もう少しで取り返しのつかん事をするところやった。おとんの言うた通りや。ほんまにうちは経験不足でわかってないだけやった……。
―――――――――――――――
☆精霊
僕たち精霊は神に最も近い生き物。
この世界で最も多くの知識を持ち、あらゆる種族の上位の存在。
動物は人か妖狐に進化し、人は
その中でも妖精は精霊に進化する可能性を秘めていて、精霊が六種揃った時に神になる。人と妖精以外の種も一応突然変異で神へと進化するけど可能性は極めて低い。
だから光と闇の精霊が産まれた時にすぐに見つけれるように、いつもエルフかドワーフと一緒に居た僕たちだけど、ある日とんでもない生物を発見した。
それは人の形をしていながら人ではなく、レベルは大した事がないのに妙な強さを感じるし、馬鹿そうなのに知識の宝庫にも見える。僕たち精霊から見てもよくわからない生き物だった。まるで人の殻に別の何かが入っているかのような不思議な生き物。
どうやったらこんな生き物が産まれるんだろう。少なくとも進化の過程で生まれた生物でない事は間違いない。一目見た瞬間から僕たちは皆この子の事が気になって仕方がなくなった。
話してみたい。
触ってみたい。
聞いてみたい。
だからアグーディーがこの子と演武するって聞いた時には歓喜した。
そして適当に戦ってる振りをしながらお話しする。
『ねぇねぇ君は何者なの~なんでその人の殻の中に入ってるの♪』
「あっ、わかるんだ……凄いねシルフィー」
『――ッ!? 声だけで僕たちの名前までわかるの~!? ♬』
「えっ、そりゃわかるよ。六大精霊は全部揃えてユニット化しても強いし、個別で使っても既存ユニットをブーストさせる最高のアクセサリーなんだし」
『後で詳しく話を聞かせてね~♩』
もうエルフやドワーフと一緒に遊んでる場合じゃない。この子から詳しく話を聞かないと!
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