主人公はどこ?

 まずい事になった。


 紅葉が何度も言ってくるんだ。やはり鬼の国へ向かうのはよしませんかと。わたしはヌシさまの側に居られればそれだけで幸せですから、なんて言ってね。


 国境を越える寸前に同胞を買ったのは、ちょっとあからさま過ぎたのかもしれない。いや、けど他に方法なんてなかったし……。買わなきゃ見捨てたと思われ、買えば媚びてると思われる。これじゃ最初から詰んでるようなものだ。


 ゲーアハルト君を退治するまでは全てが順調に進んでいると思っていた。金花銀花モブユニットも順調に育成出来たし、次こそは人の国に戻る気はないからと、本来主人公が手に入れるはずのボスドロップを掠め取った。


 少し、というか実はかなり勿体ないんだけど、これを鬼の国で売れば当面の金銭問題も解決するし、それによってワイバーン便で鬼の首都まで文字通り飛んでいける。さすがに国土の広い鬼の国を徒歩移動はきつい。


 無限湧き洞窟を潰したなんて知られたら、主人公ブチ切れ待ったなしだけど、どちらにせよ見つかれば殺される僕からすれば同じ事。


 結果だけを見れば、今回はボスドロップを手に入れ、肉壁も増え、鬼の国への恩も増え、町には戻らずキャンプ生活をした甲斐もあって、主人公にも見つからずに済んだ。


 そう、紅葉に疑念さえ抱かれなければ完璧だったんだよ……。


 さすがに僕の目的である10年ニート計画までは把握してないだろうから、妙にヌシさまが媚び媚びしてる。なにか良くない事を考えているのでは……ぐらいの感じだとは思うんだけど、それだけでも十分まずい。


 なんとか僕の有用性をアピールしないと、親に紹介すらしてもらえず=鬼の国で頼る相手がおらず強制帰国√なんて悲劇が起きかねない。


 鬼人族に有用性をアピールするのに一番良いのは力を見せる事。だけど僕ははっきり言って雑魚だ。僕自身が鍛えた金花銀花にすら既に力及ばない。


 グングンと成長していく皆とは対照的に、僕はいくら敵を倒しても強くなった感覚はない。朱鷺坂院世界ぼくは敵ユニット扱いだから、おそらくレベルにキャップがあるんだろう。


 所詮ざまぁの為の舞台装置に過ぎない僕が、勝手に戦闘して勝手に強くなってちゃイベント進行に支障が出るもんね…………。


 となるとあとは装備で補うしかないけど、それにも限界はあるし、そもそも金欠で必要な装備を手放した奴が言う台詞じゃないよね。


 つまり僕は紅葉と金花銀花の2ユニット+雑魚ぼくを使ってアピールするしかない。鬼人族が一番喜ぶのは当然竜人族を倒す事。


 けど竜人族相手に相性の悪い鬼ユニット×2+雑魚ぼくではさすがに勝負にならない。竜人は鬼に強く妖狐に弱い。この三種族は所謂三竦みになってるんだ。


 竜人と戦闘になるのなら、妖狐の仲間が欲しい所だけど、それは鬼を仲間にした時点で不可能。ならせめてリリアと響先輩に一緒に来てと頼むべきなのかもしれない。


 一度は同行したがるのを断って、逃げるように旅に出たのに今更一緒に来てと頼んだら怒るかな? 普通怒るよね……。


 この辺が僕が無能たる所以なんだろうね。うん、自覚はあるよ。自分の計画性の無さが嫌になるもん……。








 そんなわけで今は授業中の二人が帰るタイミングで声を掛けようと、主人公に見つからないよう細心の注意を払いながら、こっそり校舎まで接近し校門を見張る為、更に近付いたところで異変が起こった。


「これは……狐共の幻術ですか。これだけ濃い術が幾重にも展開されているのであれば、人族では既に泥酔状態ですね」


「うん?」


 突然紅葉が幻術がどうこう言いだした。ちなみに僕には何も見えていない。曰く学校が妖狐に襲われているらしい。そういやあったねそんなイベント。けどそれが今起こってるの?


 確かあのイベントは……聖女√に入った後、放置しすぎて個別√が消えた場合に発生する【狐の嫁獲り】だったっけ。かなり特殊な条件下のイベントだし、デメリットしかないイベントだから回収だけしてすぐロードした記憶がある。


 んんっ?


 ちょっと待てよ。――ってことはだよ?


 僕が逃避行を始めた後で主人公が聖女√に入って、その後すぐに放置したって事にならない?


 さすがにそれはおかしい。時間が短すぎるし、発生時期も早すぎる。それじゃまるでこのイベントをピンポイントで狙って行動してるようなものだ。


 そもそもこのイベントは個別も死ぬし、聖女ユニットも失うし、孤児院の秘密の床下を知らなければ、紅葉も仲間に出来なくなる。何一つメリットがない。進行自体には影響はないけれど、はっきり言ってバッドエンド以外のなにものでもない。


 だけどこうして実際にイベントは発生している。なら考えられる可能性は二つ。


 1、主人公がこのバッドエンドを狙って起こした転生RTA走者。

 2、主人公は人族を選択しておらず、その際に裏で起こっている主人公サイドからは見えないイベント。


 1はかなり特殊だけど転生RTA走者ならむしろ世界ぼくなんて眼中にないだろうから、これはこれで悪くない。というかイベント発生をもって完走って事で退場してくれてたら泣いて喜ぶよ。


 2のケースだと魔族主人公の時は人族に聖女は……そういや確かに見た記憶がない√もある。リリアはどの√を通っても敵として見たのに、聖女がいない√が存在するとなると、やっぱり裏イベはあるのか。


 いや、けど魔族とか選ぶ? あの毒舌褐色メイドは確かにその手の人豚さんたちには人気だし、わからないでもないんだけど、魔族は基本全種族から嫌われてるし、少しでも隙を見せるとすぐ滅ぼされるドM仕様だ。


 ゲームならともかくリアルでは絶対選択したくない。


 ……けど朱鷺坂院世界も似たようなものかも。そう考えると主人公が強制的に魔族スタートだったなら、互いに苦境を知る良い友人になれるかもしれない。


 これは僕にとってはかなり事態が好転したと言っていい。人族主人公でないのなら殺される可能性がグッと低くなる。とは言っても直接殺される危険が減るだけで、魔族主人公が好戦的だったら、他種族と同盟して対抗しないとそもそも人族全体が滅びる。


 ただどちらにしても、今日明日にも主人公に見つかって死ぬなんて可能性はかなり低くなったと見ていいかも。なら今すべき事は好戦的魔族主人公ケースを想定して、少しでも戦力を整える事だよね。


 人族主人公を倒すのはほぼ不可能だけど、魔族主人公なら周りが敵だらけだし、他種族が頑張って戦えばチャンスはある。少しでも旗色が悪そうなら、肉壁に守られながら主人公が諦めるまで逃げ続けよう。


「じゃあ狐退治しようか。グラウンドにはゴーレムが居るから、紅葉はそれを使ってスキル獲得ね。やり方は~―――――。金花と銀花は3階にあるAの教室が最終目的地だよ。道中は他の教室の中には入らずに扉だけ開いて戦闘は廊下でする事。Aの教室に着くまで全部で5~60匹、それから最後に教室内にちょっと強いのが2匹居るけど、狐しかいないしレベル的にも格下だから楽勝だよ。廊下で戦えば最大でも2匹相手だしね。万が一きつかったら一度戻ってきて」


 僕? 僕は校舎の外から応援するよ。だって中に入ると幻術で酔うし。気付け薬があれば問題ないけど、このイベントが起こるなんて思ってなかったから用意してない。


 ――――けどそれがいけなかった。


 後は待つだけとまったり外で待機してると、とんでもない相手がゆっくりとこちらに向かってくる。


「貴様が朱鷺坂院世界か」


 ……何故か妖狐族の長である八尾狐狸はちびこりが近付いてきた。えっ、このイベントにこいつが出てきた記憶なんてないのになんで?


 後詰で外には居る設定だったけど、ゲームでは当然プレイヤーが操作するキャラクターは中で戦闘してるから僕が知らなかっただけって事なの?

 いや、そういう裏設定みたいなの要らないから。ほんと勘弁してよ……。


 当面主人公に殺される事はないって油断したせいで、肉壁全員突撃させちゃってるんだけど。


 誰か助けて……。

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