双子
その後も何事もなく無事、鬼の国との国境の町まで辿り着いた。ゲームじゃこういった道中って、何かしらの敵に襲われたりするのが定番なんだけど、あくまでそれらは主人公用のイベントなんだよね。
移動の度に襲われてちゃ僕らのようなパンピーは生活が成り立たない。当然と言えば当然だ。まあ紅葉が居るから
さてさて、検証は後日に持ち越しとして、僕が戻ってこないと気付くまでのユリアさんたちの生活費も置いてきた事もあって、現在手元にあるお金は約60万。
いやね、ユリアさんは借金返済後にも十分なお金が残ってるのはわかってるんだけど、未だ屋敷から出ていこうとしないし、それだけお金に執着心の強い人に、お金関係での恨みを買いたくなかったんだよ……。
そんなわけで僕は予算60万で鬼族の好む土産を探さないといけない。道中それとなく紅葉に聞いたけど、鬼人族はお酒が好物らしい、ただし人が造るお酒は弱すぎるんだって。まあ鬼は種族特性で酔いには強いしね。
ならさ、行くしかないよね。闇市へ。
闇市とはその名の通り闇の市場。種族統一大戦では、場所を指すのではなく、なんの捻りもないけど夜中1時~3時に市場へ行けば特色こそ違えど、人かエルフかドワーフの町であればどこの町でも開催されている。
闇市では非合法なドラッグ――強力なバフアイテムだけどバッドステータスも付く――のようなものや、表では売れない呪いのアイテムや奴隷なんかも売られている。
魔族を選択した場合、魔族以外のユニットが欲しければ、一番簡単に手に入れる方法がこの闇市奴隷になる。その国のお金か貴金属は必要だけど、魔族相手でも平気で商売するなんてちょっと倫理観狂ってるよね。
そんな闇市で鬼でも満足できる強いお酒を探そうと考えてやってきた。
闇市に入って歩いていると、一番最初に目に入ってきたのは奴隷市。表で売れない奴隷とは魔族だったり、同盟中の種族だったりと理由は様々。
まあ今回は関係ないやとスルーするつもりだったのが、運が悪いことに進行方向の真正面に鬼の子の奴隷が売られていた。
その檻には鬼の子供が2鬼入っており、双子の姉妹のようで見た目、特にアホ毛のようにも見える可愛らしい角がそっくりだ。年齢は僕より少し下ぐらいに見える。まあ実際は僕より確実に年上だろうけどね。
「どうされたのですか? 早く行きましょう」
同胞が檻に入っているというのに、紅葉は何も気にした様子もなく、足を止めた僕に先に進もうと促す。けど僕は知ってる。この双子を見た時、普段あまり表情を動かさない紅葉が、酷く辛そうな顔をしていたんだ。
まあ紅葉の立場だと、買って欲しいなんて頼み難いよね。
けどこれから紅葉の家に世話になろうって時に、同胞の鬼の子が闇市で奴隷になってるのをスルーするのはどうなんだろう。忠誠は間違いなく下がるよね。
通常であれば鬼のユニットは忠誠が下がっても、それほど気にする必要はない。だけど今回は少しばかり特殊だ。最初の内はよくても半年一年と世話になってるうちに、「こんなに長く鬼の国に世話になってるくせに、同胞奴隷を無視した」なんて思われるかもしれない。
それが巡り巡って、10年滞在するはずが、1~2年で追い出される事にならないと誰が言い切れるだろうか。裏切りはしなくとも、積極的に擁護してもらうには忠誠心はかなり大事だろう。
万全を期すなら買うしかない。鬼人族に更なる恩を売る事にもなるし、紅葉程の強ユニットではなくとも鬼のユニットは単純に
けれど首から吊るされた大きな木の板には【1500万】と書かれている。ぼったくり価格だった紅葉の30倍だ。しかもそれが×2。若い奴隷鬼は当たり前だけど高い。
鬼は基本的に性能の高いユニットだし、1500万は決して高くない。高くはないんだが、これはいくらなんでも酷すぎる。
だってこの鬼の子たちはどう見ても双子だ。双子ユニットというのはペアでワンユニット扱いなのに、別々に値段を付けるのはどうなのか。
闇市とはいえ、これはさすがにやり過ぎだろう。まあ文句を言ったところで嫌なら買うなと言われれば、それでお終いなんだけどさ……。
ペアユニットを片方だけ買うなんて意味がないにも程がある。となると必要なのは3000万。そもそも僕の所持金では到底買えない価格だ。
わかってる。もう僕には選択肢なんてないんだって。帰る場所がない僕が世話になれそうな唯一の場所。それを失うわけにはいかない。
覚悟を決めた僕は奴隷商に切り出した。
「……宝石の買取をお願いします」
宝石を全て売ってもまだ300万ほど足りなかった。他に売れる物となると、聖女対策で購入した防具ぐらい。武器防具の売値は買値の4分の1だ。
結局一度も使わずに全てを手放す事になったけど、僕は投資家としての才能も皆無らしい。たった1ヶ月で800万を無意味に溶かしてしまった。現金で置いておけば少なくともいくつかの宝石は手元に残ったはずなのに……。
「ヌシさま。止めておきましょう。ここは鬼の国との国境の町です」
全財産を叩いて鬼の双子を買おうとする僕を紅葉が止めてきた。まあさすがに宝石や装備品を売らないと買えない財政状況なら、やめときなよって普通なら思うよね。僕が一番そう思ってる。
けどさ、こういうのは理屈じゃないんだよ。その時は良くても、長い時間が経った後に残るのは、僕があの時鬼の奴隷を買わなかったって事実だけ。特に長く世話になっている内に僕に対して不満が溜まってくれば、それはより顕著になるだろう。
僕はリスク管理の出来る男なんだ。
…………なんか今の僕結構有能っぽいな。
「紅葉。君にはまだ見えていないだけなんだ。いずれわかる……」
調子に乗って謎の僕だけはわかってます感を出してみた。
紅葉はまだ僕が鬼の国でニートになるつもりなのを知らないから、まさかその期間を長くするための保身のみで鬼の双子を買ったとは思うまい。
きっと紅葉の中では、お金に余裕があるわけでもないのに、同胞を救ってくれるなんて、わたしのヌシさまは男気が凄い! とかなってるに違いない。
紅葉が真実に気付く頃には僕は立派なニート。なのに色々と恩があるから追い出しにくいって寸法だ。
これできっと20年は安泰になった。想定外の出来事ではあったけど、そう思えば決してこの結果は失敗じゃない。これで僕は紅葉だけじゃなく、鬼の国に対しても貸しを作ったんだ。そうそう追い出される事はないだろう。
けど残りの所持金は27万ちょっとか……。これはまずい。なにより宝石を全部失ったのがまずい。
人の国のお金はこの先どうせ使い道がないから問題ないけど、鬼の国でお金の代わりになる物が何もないとなると、紅葉の家に着くまでに詰んでしまうかもしれない。
…………戻るしかなさそうだね。
―――――――――――――――
☆紅葉
鬼の国へ行く必要があると仰っていたはずのヌシさまは今、国境は越えず以前に来ていた洞窟へ戻ってきています。ここ最近は近場にキャンプを張りながら、この洞窟内で双子に戦闘訓練を施しています。
もう鬼の国との国境は目と鼻の先という所まで来てからの、まさかのとんぼ返り。しかも高いお金を出して買った奴隷は鬼の双子。それも明らかにハーフです。
『他種族と契れば角が短く弱い子が産まれる』それは大昔から言われている事。そして実際にこの双子の角は酷く短い。生えている場所が頭頂部に近い事もあって、髪に埋もれそうな長さしかないため、遠目では髪が跳ねているだけの人族と見間違えるほどに存在感の薄い角です。
だからこそ、ヌシさまとの子を孕めばこうなるぞと、見せつけられているように感じ、この子らが視界に入るだけで苦々しい思いをさせられる。
「銀花、金花。次倒したら休憩ね」
「「はい」」
それに買った場所も悪い。この子らは80歳――ハーフの為、見た目だけではわかりにくい上に、正確な歳は本人たちも把握していません――程だという。
わたしは70歳から戦場に出ましたが、飛び抜けた力があり、将来の女王としての周囲へのアピールを兼ねてのかなり特殊なケースであり、通常120歳程度までは戦場に出る事はありません。
見た目の年齢だけなら戦場に居てもおかしくはありませんが、この訓練当初の戦闘能力を見るに、その可能性も消えました。
そもそもの話、双子というのは母体の中で生命力を奪い合い、角が短くなる傾向が強い。それはつまり力が弱くなると同義であって、更にハーフとなれば正直言って使い物にならないレベル。元より捕虜奴隷の可能性はほぼありませんでした。
そして捕虜奴隷でないのであれば、親か親族に売られた事になります。当たり前ですがいかに弱い子なれど、売るなど言語道断。国境の町でそんな事をすれば、すぐに噂は広まります。
それを敢えてしたという事は、売ったと知られても責められない対象。つまり彼女らは忌子(仇敵である竜人に孕まされた子)である可能性が極めて高い。
忌子であれば意趣返しも兼ねて竜人族との戦場に出すのが通例。しかしこの子らは双子の為、その力もなく使い物にならない。だからこそ売られたのでしょう。
ですがその使い物にならぬはずの忌子が、わたしの目の前で信じられないスピードで成長していく。鍛え始めた当初は1体の魔族討伐に30分近く掛かっていたのが、今ではものの数秒で屠っている。
常にペアで戦わせるというヌシさまの方針は、半鬼前故の処置かと思いましたが、こうして成長した後もそれを解消しようとはなさいません。ペアゆにっと? を単騎で使おうだなんてそれこそ意味がわからないよ。と、よくわからない事を仰ってました。
「これだけ育てば十分かな。じゃあそろそろ
「えっ……倒してよろしいのですか?」
絶対に倒したら駄目と仰っていた、奥で召喚をしている者を倒しに行くと仰るヌシさま。何故このタイミングでなのか不思議に思い聞いてみましたが、どうせもう来ないしいいかなって、と要領を得ない返答です。
二つの脚が左右から同時にフードの男の横腹を撃ち抜いた。直前の拳のフェイントから蹴りまでのモーションが、寸分の狂いもなく同じタイミングで左右から迫い来るのだから堪らない。
腹を抑え膝を付きながらも、詠唱を試みる男の横を金花が通り抜け、背後から男のフードごと髪を掴んで引き倒し、仰向けに倒れると同時に銀花が顔面を踏みつけるよう着地する。よくもまあ短期間でここまで成長したものです。
あまりにも意思疎通が完璧すぎて、ここまでくると連携というよりも、4本の手足を持つ者と対峙している気分でしょう。敵に回せばかなり厄介に思えます。
周囲の雑魚はわたしが一掃したとはいえ、これほどの強者になるとは想像もしていませんでした。おかげで双子やハーフに対する先入観が完全に崩れ落ちた。
ヌシさまは始めから全てわかった上での事だったのでしょうね。以前仰っられた通り、確かにわたしにはこの子たちがここまで成長する姿は見えていませんでした。
ゲーアハルトなる者の討伐はこうしてあっさりと完了し、それと同時に洞窟に魔族が湧く事もなくなりました。
「それじゃあ改めて出発だ」
早急且つ内密に動く必要ががあると仰っていたヌシさま。わたしとの婚儀の為かとも思っていたし、指輪を送られた事でそれは確信に近くなりました。だからこそますますわかりません。
鍛えた忌子を連れてわたしの両親に会いに行くなど、喧嘩を売っているようなものです。人族との婚儀に良い感情は抱かないであろう両親ですが、角の折れたわたしを捨て石同然にした事、そのわたしを救ってくれたヌシさまであれば、公に反対の立場は取り難いでしょう。
ですがそこに鍛え上げた忌子を連れてきたとなれば話は変わります。角が折れ奴隷にまで落ちたわたしを癒し、同じく奴隷だった忌子を買い、鍛え上げて鬼人族の王たるわたしの親の元へ行く。わたしの事だけであれば恩にも感じるでしょう。ですがそこに忌子まで加わると意味が変わります。
それはつまり、わたしやこの子たちが強くあればあるほどに、それを見限り捨てたも同然の鬼人族全体への嘲笑とも取れるのですから。
それではまるでお前たちに鬼人族を率いる資格はないと煽っているような……。
――――まさか。
ヌシさまはわたしを女王に据えようと考えておられるのでは……。
角が折れなければ本来その予定ではありました。ですが、今から後継者へと戻ったとして、女王たるわたしが人族と契るとなると……駄目です。どう考えても世間が許しません。
それはヌシさまもわかっているはず。わたし個人の婚儀であれば認められても種族のリーダーとなると話は別。…………ではこの指輪は餞別、そしてこれから近くに居られなくなるわたしへのサポート役として、この双子を育てていると……。
これなら全ての辻褄が合います。
ヌシさまはわたしの為を思い動いておられるのでしょう。ですがその未来を受け入れるわけにはいきません。わたしの居場所はヌシさまの隣。それはわたしの誓いです。何があろうとも変わる事などありません。
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