交渉術

 すっとぼければ通行人って事で通らないだろうか。まあ無理だよね、名指しだったし……。しかも相手は妖狐族の長である八尾狐狸はちびこり。紅葉たちさっさと倒して戻ってきてくれないかな。今突っ込ませたばかりだけど……。


「僕に何の用かな」


 なんで全員突っ込ませちゃったんだろう。つくづく自分の無能さと、そんなタイミングで八尾狐狸に遭遇してしまう運のなさが嫌になる。ここまでくるともう笑うしかない。


 しかし今世も短かったな。来世はあるんだろうか……。




 ―――――いや待てよ。




 どう考えても死亡フラグなこの遭遇だけど、なんという偶然だろうか、僕は今ちょうどゲーアハルトのボスドロップを持っている。これ自体はただの換金アイテムで特に助けになるような物じゃない。


 装備やアイテムは基本的に売値の4分の1で買い取りされる――エリクサーみたいな特別貴重な物は何故か安くなるけど――んだけど、稀に例外がある。


 ゲーアハルトのドロップする妖狐の尾もそのひとつで、これは他の国で売っても300万にしかならないのに、妖狐の国で売ると1200万相当にもなる。実に4倍だ。


 しかもこのアイテム、妖狐の尾なんて名が付いてるくせに、妖狐ユニットに装備させても特に何も起こらない、完全な換金専用アイテムなんだよね。色々と検証班が調べたらしいけど、妖狐の尾を増やすアイテムは他にあるし、結局のところ紛らわしい名前の換金アイテムって結論が出てる。


 そして目の前にいるのは妖狐の長。4倍も払ってでも買いたいって事は、僕らにとっては換金専用アイテムだけど、彼らにとっては貴重な品に違いない。もしかしたらこれを差し出せば見逃してもらえるのでは?


「慌てるな。ワシとお前が戦えば互いにただでは済むまい。それにあまり迂闊な事はせぬ方が身の為だ。ワシが一声掛ければ人族の領地から、おびただしい数の魔族が湧き出る手筈となっておる」


 僕はもちろん戦いたくないけど、何故だか八尾狐狸も戦いたくなさそうだ。戦うなら魔族をけしかけるぞなんて、そんな嘘はさすがの僕にも見抜けるよ。魔族と仲が良い種族なんていないし。


 ああ、わかった。紅葉や金花や銀花といった鬼人族が近くに居るから、戦闘中に戻ってきたら怖くてビビってるのか。鬼は妖狐の天敵だもんね。けど戦いたくないのなら、それは僕も大歓迎だから指摘する必要もないよね。


 しかし、ふーむ。相手も戦いたくないのなら別にこれを差し出す必要もないよね。いや、むしろ高値で買い取ってもらうチャンスなのでは?


 わざわざ換金の為だけに妖狐の国に向かう手間暇を考えて、勿体ないけど鬼の国で売るつもりだったけど、出張買取してくれるなら是非お願いしたい。長が貧乏で買えないなんて事もないだろうし。


「いいか、ゆっくりだ。ゆっくりそのポケットから手を出して見せろ。代わりに面白い映像を見せてやろう」


 これは……僕が妖狐の尾を持ってるのバレてそうだね。面白映像はちょっと気になるけど、僕が欲しいのは鬼の国で使えるお金か宝石だけなんだ。……あれ、そういや主人公がRTA走者か魔族って事は、もう鬼の国へ行く必要はないのか。まあどちらにせよ高く売れるに越した事はないんだけどさ。


「面白映像はどうでもいいから、これを高く買い取ってくれないかな?」


「――――ッなァッ!!」


 予想した通り八尾狐狸の反応は劇的だった。少し外すぞと距離を取ったかと思えば何やら電話をしているようだ。買い取り金額の査定かな?


 シゲさんから聞いた事があるぞ。ほんとは電話なんてしてもしなくても価格上限は決まってるのに、いかにも上司と交渉してここまで頑張りました。なんて演技で断りにくくする手法でしょそれ。


 けど妖狐族の長がそれやってどうするのさ。爺さんより上なんていないでしょ……。さっきの脅しも嘘がバレバレだったし、姿の見えない鬼人族にビビりまくってるし、この爺さん。戦闘力はあるくせに、僕と同類で無能っぽいな。


 本来1200万相当だけど、わざわざ小芝居を挟んでまで買い取りたいみたいだし、吹っ掛けても大丈夫かもね。ほら、僕だってペアユニットを倍額で買わされたし、そこら辺はゲーム時代と違って個人の裁量でなんとでもなりそうな気がする。


 最終的に1500万相当なら大勝利として、強気に交渉をしてみよう。相手に言われるままの金額にならないよう気を付けないと。


「電話は終わったようだね。それで、いくらで買ってくれるのかな?」


「図に乗るなよ。ヒトゾク。全て掌の上のつもりだろうが、ワシらには貴様なんぞが想像も付かぬ程の強靭なゴーレムがある」


 電話が終わると急に八尾狐狸の機嫌が悪くなった。多分これも交渉術なんだろうな。怒ってる相手に値段釣り上げしにくいもんね。


 にしてもゴーレム使って脅しまでかけてくるなんて節操がないな。もしや長のくせにあんまりお金持ちじゃない?


「ああ、リフレクトゴーレムね。近接しかない鬼には辛い相手だもんね。ちゃんと対策は紅葉に伝えたよ。むしろ連れてきてくれて嬉しかったよ」


 残念ながらその脅しは効かないんだよね。近接は全て同ダメージを反射する特性があるリフレクトゴーレムだから、何も知らずに突撃すれば攻撃力が高ければ高い程危険な相手ではある。


 ただし分かっていればコツコツ1ダメージを反射させて、近接反射スキル獲得の為の修行装置でしかない。まあ相手の攻撃を避けれる速さと、多少食らっても死なない頑丈さがないと無理だけど、紅葉にはもってこいの相手だ。おかげで紅葉のスキルスロットがこれで完成する。


「……ば、かな……何故…」


 スキル獲得後は紅葉には逃げ回ってもらう予定になっている。近接が駄目なら遠距離で倒せばいいだけだし、金花銀花が教室を制圧した後、リリアと響先輩が回復すれば紅葉と双子で盾役をして、後はただの的当てだ。


 さあ諦めて僕からぼったくり価格で妖狐の尾を買うがいい。僕は戦闘しないでいい相手には簡単に引かないよ。強気な相手には弱いけど、弱気な相手には強い。それが僕だ。


「で、どうするのさ?」


「……娘を……出す。ワシの大事な……一人娘だ。これなら文句あるまい」


 ええぇ…………。いくらお金がないからって自分の娘と物々交換するつもりなの?

 妖狐の倫理観どうなってんの……。


 いや、けど空狐くうこは喉から手が出るほど欲しい。おそらくこのタイミングを逃せば僕が仲間にするチャンスはもうない。移動手段が増えるのも嬉しいし、しかもゲームでは本来あり得ない、鬼と狐の同時運用ができるとなれば、これは乗るしかないよね。


「OK。交渉成立だね」


 予想外のイベントだったけど、紅葉は近接反射を覚えただろうし、空狐がタダ同然で手に入って、主人公は既に退場したか魔族に転生したかわからないけど、どちらにせよ当面は殺されなさそうだし、なんだかんだ結果オーライだ。




―――――――――――――――


☆八尾狐狸



「間違いはないのだな?」


「はっ。確実な情報にございます」


 人族の聖女が大聖女認定されおった。それだけであれば別段どうという事はない。問題はその大聖女が師と仰ぐ人間が存在し、且つその男が鬼の娘――それもここ数年戦場から姿を消していた鬼姫を側に置いておるという事。


「アレがそう簡単に死ぬとは思うておらなんだが、やはり生きておったか」


 あの小娘にはワシも幾度となく苦汁を飲まされた。人間などという脆弱な生き物は後回しで良いと考えておったが、アレを下に付けるほどの者が出てきたとなれば捨て置ける話ではない。


 なによりこういった情報をいち早く手にする為に、潜入させておるのだからな。ここで動かぬなら潜ませておる意味がない。


 鬼の阿呆は脳が退化しておるのか幻術が通じにくく、何も考えず力任せに突撃してきおるだけ。だからこそワシらの天敵であり、何よりも優先して打倒するべき種だ。いつでも滅ぼせる竜人族トカゲを滅ぼしておらぬ理由もそこにある。


「それどころか更に強化され角まで増えているとの事です」


 報告書によれば、大聖女の師である朱鷺坂院世界はその鬼姫と共に、鬼の国へ向け旅立ったとある。これをこのまま放置しておれば、鬼に手を貸しトカゲを滅ぼす可能性もある。


 そのような事になれば天敵の消えた鬼が次にどこを狙ってくるかなど、火を見るよりも明らか。ならばこの期に乗じて先に大聖女を抑えてしまうべき。


 かなめたる大聖女さえワシの虜にしてしまえば、人族の戦力はガタ落ちし、その師の情報も同時に手に入る。大聖女にその師、それに鬼姫と揃った状態で戦う事を考えれば、この期を逃す手はなかろう。


 と、普通なら考えるところだ。だが庶民でもあるまいに、わざわざ馬車で移動するなど怪しい事この上ないわ。それは誰に向けたアピールだ?


 何を企んでいようと、所在地を抑え続けられるのであれば問題はない。だが鬼の国が近付くほどに当然だが鬼も増える。鬼に見つかれば変化の幻術も解ける危険性が高まる故、これ以上の追跡は危険ときたか。


 少しばかり出来過ぎだな。人族の国境の町に着いて五日目、こちらに戻っておる気配はない……普通に考えればうに鬼の国に入っておる頃合いだが……。よもや考えすぎて動けなくする為か? あるいはやはり炙り出しが目的か。


「ここは乗ってやるのも一興か」


「よろしいのですか?」


 どうにも人族は己の立場を理解しておらぬ節がある。あやつらが未だ滅んでおらぬのは最弱の種族故という事をわからせてやる必要があろう。例えこれが罠であろうとも、逆に罠を意識させワシらを動けなくする為であろうとも、圧倒的な力で捻じ伏せてやれば結果は変わらぬ。


「リフレクトゴーレムはどうなっておる」


「稼働可能でございます」


 鬼との決戦を見越しドワーフから購入しておいたリフレクトゴーレム。鬼姫にはこれをぶつけるとして、後の問題は全てが未知数である朱鷺坂院か。


「朱鷺坂院が出てきた場合はワシが抑えようぞ。念のため、ゲーアハルトにも即座に動けるよう準備させろ。それから万が一鬼が軍で動き出したならば、即座に撤退しトカゲに情報を流せ」


「畏まりました」


「1週間だ。1週間で全ての準備を整えろ」


 不確定要素がある以上、舐めてかかれば足元を掬われぬとも限らん。今回のような小賢しい策を弄する相手なら尚更だ。だが人ごときが化かし合いで、ワシら妖狐に勝てると思うなよ。







 Aクラスに2匹、Bクラスに9匹、Cクラスに38匹。例え炙り出しが目的であろうと、よもやこれだけの数が化けておるとは思いもすまい。


 くっくっくっ。人族がこの学校を創った時より今日こんにちまでずっと、生徒の5人に1人は妖狐が化けておったと知ったなら、人族はそれこそ狐につままれたようになるであろうな。


 この49匹の妖狐で一斉に幻術を掛け内部を掌握した後、外部からも更に仕掛ける。人族が異常に気付いた時には全てが終わっておる。


「人族3と鬼姫が現れました。朱鷺坂院世界も確認しました」


「まあそうよな。来なければ来ないで楽であったが、元よりこちらも準備は万端。返り討ちにしてやろうぞ」


 案の定罠であったわ。だがこの程度の策略で妖狐を出し抜けると思っておるなら片腹痛いわ。化かし合いはこちらが本職。藪蛇という意味を教えてやろうぞ。


「鬼姫と人族2人が校舎に入ります。朱鷺坂院は校門前で待機」


「よし、朱鷺坂院は予定通りワシが当たる。中は任せたぞ」


「ははっ!」


 さて、大聖女の師とやらのお手並み拝見といくか。







「貴様が朱鷺坂院世界か」


 ゆっくりと観察しながら近付き、声を掛けると朱鷺坂院はニヤリと笑った。ワシを見ても動揺どころかこの余裕か。大聖女の師である以上、ある程度の力量は当然であるが、これは想像しておったよりも上かもしれぬな。


「僕に何の用かな」


 こちらに笑みを浮かべたまま、そっとポケットを弄る朱鷺坂院。


 ――――何故だ。


 こやつが手を入れた瞬間から背中に冷たい汗が流れておる。とてつもなく嫌な予感がする。いったい何をするつもりだ。


 首元に刃物を添えられているような、まるで命を握られているような嫌な感覚だ。だが大聖女の師であれば、容易い相手であるはずもない。この程度は想定内よ。その為の保険だ。


「慌てるな。ワシとお前が戦えば互いにただでは済むまい。それにあまり迂闊な事はせぬ方が身の為だ。ワシが一声掛ければ人族の領地から、おびただしい数の魔族が湧き出る手筈となっておる」


 ハッタリだと思うであろう。だがそろそろビデオ通話が掛かってくる手筈。今現在のの様子を見せてやれば、この顔色がどう変わるか楽しみだ。とんでもない数の魔族が今か今かと入り口に群がっておる頃合いだろうて。


「いいか、ゆっくりだ。ゆっくりそのポケットから手を出して見せろ。代わりに面白い映像を見せてやろう」


「面白映像はどうでもいいから、これを高く買い取ってくれないかな?」


「――――ッなァッ!!」


 馬鹿な……そんな馬鹿な……。見間違えようもない。こやつが取り出したのは紛れもなく。ゲーアハルトに掛けた幻術が解けぬように奴に付けた触媒に間違いない。それをこやつが持っておるという事は……。


 タイミング悪くビデオ通話が掛かってきおった。動揺を悟られぬよう、少し外すぞと距離を取り通話してみれば……。


「長。大変でございます。ゲーアハルトに連絡がつきません」


「わかっておる。もうよい」


「ですが昨日までは確かに……これからすぐに私自ら洞窟に直接――」


 間抜けがっ! 直接向かったところで疾うに死んでおるわ!

 一方的に通話を切り、朱鷺坂院に悟られぬよう必死に苛立ちを抑える。


 それにしても人族もなかなかにやってくれおる。まさかここまで読み切って先手を打っておるとはな。


「電話は終わったようだね。それで、いくらで買ってくれるのかな?」


「図に乗るなよ。ヒトゾク。全て掌の上のつもりだろうが、ワシらには貴様なんぞが想像も付かぬ程の強靭なゴーレムがある」


「ああ、リフレクトゴーレムね。近接しかない鬼には辛い相手だもんね。ちゃんと対策は紅葉に伝えたよ。むしろ連れてきてくれて嬉しかったよ」


「……ば、かな……何故…」


 ドワーフ共は商売で嘘は吐かぬ。その奴らが、完成したばかりで他の種族には情報すら流していないと言っておったリフレクトゴーレムの存在を、何故人族が知っておる……。それに対策だと……。


 まずい。ゴーレムの名前まで知っているとなれば、よもやハッタリとも思えぬ。それどころか……なぜ今の今まで気付かなんだ! 中の幻術がどんどん薄まっておるではないか。


 それはつまりこやつが突入させた人族と鬼姫に我ら妖狐が蹂躙されておるに他ならぬ。




 いくらなんでもここまで規格外の化け物だと想定して動けるわけがあるまい。どうすればよい。被害を少しでも少なくする為、そして種を守る為、この男とこれ以上敵対するわけにはいかぬ。和解する為には…………。


「で、どうするのさ?」


「……娘を……出す。ワシの大事な……一人娘だ。これなら文句あるまい」


 狐質を差し出すなぞ全面降伏に等しい。だが、こやつは普通ではない。敵対すれば種ごと滅びる未来が待っておろう。


「OK。交渉成立だね」


 その言葉とほぼ同時に、校舎の術が全て掻き消えた。あとほんの僅かでも決断が遅れれば、おそらくワシらは滅んでいた。なんでもない物のように渡された自身の尾を、握りしめる手が異常に汗ばんでおる。よもやこのような事になろうとは……。

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