神に愛された女

 翌日登校すると、すぐに響先輩からの呼び出しがあった。僕はてっきり昨日の件で、何かしらの抗議を受けるものだと覚悟していた。


 おそらく、くっころちゃんが僕を庇いきれなかったんだろうってね。まあ冷静に考えてみれば5対1だしそれも仕方ないかと、諦め気味に指定された教室に入ってみると……。


「朱鷺坂院さん。わたくしを弟子にしてくださいませんこと?」


 突然響先輩がこう言うんだ。


 意味がわからない。


 何故こうなったって感想は置いておいて、まず師事する相手の選択がおかしい。どう考えてたって響カタリーナ>朱鷺坂院世界なのに、どうしてこの雑魚キャラに弟子入りをしようと思うのか、そこが謎だよね。


 実際は中身が僕に入れ替わってるわけだから、響先輩を成長させるって点だけで考えれば、今の僕以上の相手はいない。なにせ既に成長の最終形態は全て知ってるわけなんだし。そして当然最適解も。


 ただし魂が違う事なんて当然響先輩は知らないはずだし、むしろ知ってたら怖い。となると次に考えられるのは、表向き弟子入りと言っているだけで、実は僕の側に居たいだけなんて可能性も考えられるよね。


「う~~ん困ったなぁ」


「もちろんただとは言いませんわ。もしも認めてくださるのなら、わたくしなんでも致しますわよ」


 ん? 今何でもするって言ったよね?


「なんでも?」


「なんでもですわ」


「本当になんでも?」


「ええ、なんでもしますわ。偉大な祖父に誓っても構いませんわ」


 えっ、それじゃあCクラスに落ちて、主人公のヒロインしてってお願いしてもいいの?


 あっ、ついでに僕の亡命資金の為に宝石とかも貰えたりしないだろうか。ほら、響先輩って名家で僕以上にお金持ちだし。


 だけどこれをそのままお願いすると、他の男にハニトラを仕掛けて、ついでに僕にお金を流してねって解釈されないだろうか。まあおおむね間違ってはいないんだけど。


 実際にどうやって体裁を保ちつつ実行に移すかは、来年まで時間があるから一旦棚上げでもいいかな。それにどうせ紅葉やリリアも鍛える予定ではあったんだし。当然僕を守ってもらうためにね。


「じゃあ……うん。弟子入りはいいけど、後で文句言わない事。あとなんでもっていうの絶対忘れないでね」


「ええ! もちろんですわ!」





 そんなわけで週末の土曜日。僕らは怪しい洞窟に来ていた。


「ねえ、世界。なんでデートに聖女様が付いてくるの? しかもお出掛け先はこんな怪しい洞窟って……」


「ほら、この前リリアや僕の装備買うのにお金使って金欠だからさ。それにここはある程度人数いないと効率が悪いんだよね」


「朱鷺坂院さん。ここはいったい……」


 この洞窟は後のイベントで訪れる、魔族無限湧きの洞窟。一番奥のボス部屋ではマッドサイエンティストのゲーアハルト君が、日夜魔族召喚に勤しんでいる。


 それを説明すると響先輩とリリアは驚き「すぐに騎士団に連絡して殲滅しないと」って言い出したけど、それを倒すだなんてとんでもない。


 いずれイベントで倒すのは確定してるけど、序盤から使える貴重なレベリングポイントなのに、ここを殲滅なんて全ユーザーに何やってんだかって呆れられるレベルの愚行だよ。


 現時点では中に入らない限り危険はないし、いずれは殲滅するからとなだすかして何とか説得し、ようやくデートレベリングが始まった。


「今日は響先輩が前衛、リリアが後衛ね。敵は無限に湧くから、疲れたら休憩しに外に出るから言ってね」


 僕? 僕は目的のドロップが落ちないか監視しつつ、お金や宝石がドロップしたらこっそりくすねる係だよ。


 効率ってのは経験値効率じゃなくて、お金を拾う効率の事だし。すぐに敵がリスポーンするからソロだと回収する暇がないんだよね。




「ハァ……ハァ。ほんとうに……無限に、湧いてくるんですのね……」


「これいつまで倒せばいいのよ!」


「うーん。0.3%で落ちるから理論上は333匹倒せばOKかな。運が悪いと1000匹ぐらい?」


 正直に伝えると二人はハイライトの消えた目で、ああ、はい。と黙々と狩りを続けてくれた。この日は結局200匹ぐらい狩ったけど目的は達成できなかった。




 翌日の紅葉とのデートも、もちろんここ。


「今日は紅葉のソロで、響先輩は念のための回復役で待機ね」


「わたくし攻撃魔法も一通りは使えますわよ」


「知ってるけど、必要ないよ」


 初期から強い紅葉だと、ここの魔族は雑魚すぎて相手にならない。今日はレベリングというよりは纏め狩りでのドロップ狙い。


 僕がお願いした√通りに洞窟内を走り回って、魔族を10匹ばかり引き連れてきた紅葉が範囲攻撃で瞬殺する姿に響先輩がびびってた。


 やはり効率は段違いで500匹ほど狩った辺りで目的のドロップも無事確保できた。それにしても宝石のドロップ渋いな……。これだけ倒しても小さいのが4つしか出ない。失ってわかる無限貯金箱の偉大さってやつだね。


「ふう、これでようやく響先輩の修行が始められる」


「……これまでのは修行ですらなかったという事ですの?」


 そりゃただのレベリングとドロップ狙いの狩りだし。まあ後は響先輩に修行を頑張ってもらうだけだから、僕の役目は終わったも同然だ。




―――――――――――――――


☆カタリーナ




 強くなるためならなんでもする。そう決意したわたくしは、朱鷺坂院世界に弟子入りを願い出ましたわ。


 手の届かない高みに居る相手に近付く方法。それはその高みに居る相手に教えを乞う事。これ以上のものはありませんもの。


 これまでも祖父、そして母に師事を受けてきたわたくしは経験則でそれを知っていた。


 今回それを願うには、わたくし自身のプライドが邪魔をする相手だという問題はありますわ。けれどどんな手を使っても追い付くと誓った以上、そんなものはドブに捨ててしまえばいい。


 ここでの屈辱は未来の栄光の為の糧ですもの。何も恥じる必要などありませんわ。


 幸い弟子入り自体はおそらく難しくはない。なにせ朱鷺坂院はわたくしにベタ惚れしておりますし。


 わたくし自身という餌をぶら下げてやれば必ずや食いつきますわ。当然、そういった事を求められるでしょう。もしかすると、妻となるよう求められるかもしれませんわね。


 ええ、構いませんとも。いずれは望む望まないに関わらず婿を取らねばならぬ身。わたくし相手に駆け引きを試みたり、格下の相手を挑発したりと、性格にはかなり難がありそうですが、それはいずれ矯正を試みるとして、少なくとも見た目は悪くありませんし、わたくしにベタ惚れしているので浮気もしないでしょう。なにより武力においては、わたくしの隣に並び立つのに不足がないのは明白。



 どこぞの凡夫を宛がわれるよりは100倍マシですわ。




 弟子入りを志願すると朱鷺坂院は驚きつつも、わたくしという餌には抗えなかったようで、何度も対価を確認した上で了承しましたわ。


 余程うれしかったのでしょう。口調もこれまでよりも若干幼くなった印象で、素が出ていましたわ。まあ当然ですわね。


 わたくしになんでも言う事を聞かせる事ができるなんて、彼からすればまさしく夢のようなものでしょうし。


 そして弟子となれたのは良かったのですが、朱鷺坂院の修行は意味がわからないものばかりでしたわ。先のマッドサイエンティストの件もそうですし、今やらされている事もそう。


 指示されたのは、わたくしが聖女と認定される理由となったスキル。【リカバリー】を自分自身に限界まで使う事。


 必要がない時に使う意味がわかりませんが、逆らうわけにもいきませんので言われた通り発動させます。とはいえ、3度も使えば魔力切れからの酷い頭痛で頭がクラクラしてきますわ。


 その状態のわたくしに、朱鷺坂院は腕輪を付けるよう指示しましたわ。

 反転の腕輪とか言ってましたわね。


 そしてこの腕輪を付けた瞬間、明らかに生命の危機を感じるレベルで、身体から力が抜け、立っている事すら困難な程に疲労困憊ひろうこんぱいになりました。


 そんな状態のわたくしに、何事も起きてないかのような軽い口調で、じゃあもう一度リカバリーね。と指示する朱鷺坂院。言われて気付きましたが、身体は酷い状態なのに、頭痛は収まっていましたわ。


 床に倒れ込んだままリカバリーを掛け、なんとか体力を戻すと、魔力が切れるまでかけ続けるよう指示が飛ぶ。言われるがまま続ければ、当然魔力切れで酷い頭痛がまた襲ってくる。


「で、そしたら腕輪を一度外してまた付けて。次にまたリカバリーをかける。これを繰り返すだけだよ。簡単でしょ?」


 確かに作業自体は簡単ですわ。馬鹿みたいに辛い頭痛と、生命の危機を感じるほどの疲労感を無視すればですけれど!


「わかり……ましたわ。あと何回繰り返せばいいんですの?」


「響先輩が今までに何度リカバリーを使ってきたかにもよるんだけど、1万回以内だよ。2~3日あれば終わるかな。まあサクサクやれば1日で終わるけど。僕は8時間で終わらせたし」


 1万回…………この頭痛と疲労を……随分と軽く言ってくださいますわね。ええ、えぇ。やりますわ、やってやりますわ! この程度で折れるようなわたくしではありませんわ。






 自宅に戻り、陽も完全に落ち、深夜。何を持って終わりとするのか聞いていなかった為、回数すら数えず意地になって続けていましたけど、終わりはこれ以上ない形でその答えを教えてくれた。


 初代聖女である大聖女マリアンヌ様以降、歴代の聖女の誰も獲得する事が叶わなず、失われたはずの伝説のスキル。【フルリカバリー】をわたくしはたった今、獲得した……。


「うそ…………ちょっと、えっ……ですけど……」


 スキルを獲得した驚きや喜びと共に、大きな疑問が湧く。思い返してみれば、朱鷺坂院は確かに言っていた。


 8と。


 聖女しか獲得できないはずのリカバリー。そして誰も獲得方法を知らなかったはずの失われたスキル、フルリカバリー。男である朱鷺坂院世界がそれを知っている理由。



 ――朱鷺坂院世界は、もはや人としてのレベルを超越している。――遊んでいたと言われた方が納得できる。でしたかしら。カレン、貴女の予想当たっていましてよ。


 過去に事例はいくつかある。とはいえ、全て憶測の域を出ない御伽噺おとぎばなしに近い言い伝えですわ。


 けれど全ての状況証拠が、過去のそれらは事実であり、今まさにここで同じ事が起こっているのだと示している。

 

 間違いありませんわ。朱鷺坂院世界。いえ、世界様は神族が人に転生なさった存在……。


「―――――アッ………………」


 それに気付いた瞬間。わたくしを構成している全てが塗り替えられていく。


 聖女と認定された時の多くの人々からの称賛。

 初めて戦場でお爺様から褒められた瞬間の誉れ。

 陛下に未来を託された時に感じた高揚感。


 それら全てがどうでも良い些事と感じるぐらいの……正気を失いそうなほどの圧倒的優越感。それだけでしまうほどの……。




 だってわたくしは選ばれている。




 求められている。




 愛されている。




 神の化身たる世界様に。


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