朱鷺坂院の実力

「俺の分隊隠蔽術がこうも簡単に見破られるとはな……カタリーナ嬢を下す鬼を侍らせるだけの力はあるって事か」


 突如何もない場所からいっぱい人が出てきた。ちょっと怖いんだけど。何この人たち。


「それにしても学生の分際で、プロ6人相手にとは随分と舐めた口を利いてくれたもんだな、えぇおい?」


「もう5人しかいないようですけど?」


「―――――っッッ!!!?」


 さっきまで僕の隣に居たはずの紅葉が、いつの間にか彼らの背後に回っていて、既に1人倒していた。僕の肉壁が頼もしすぎる。


 けどまだ敵かどうかもわからないのに、ちょっと手が早すぎない?

 カタリーナ嬢がどうこう言ってたし、これもしも敵じゃなかった場合、僕のせいになるのかな? ならないよね?


「チィッ、話も聞かずいきなりか。後悔するなよ。囲んで少しお仕置きしてやれ!」


 リーダーっぽい男の指示で4人が素早く散開し、紅葉を十字に囲む。駄目だ。今更制止しても間に合いそうにない。これは終わったね……。






「これで残り1人ですね」


「…………冗談だろおい」



 紅葉が近接最強たるのは単に高HPだったり、力が強いからだけじゃない。

 角に生命力を集め(SPスキルポイント使用)、まるで鞭のように伸ばして使う範囲攻撃スキルが異常に強く、特に多対1において、まさにのようなDPS瞬間ダメージを稼ぎ出す事から得た称号なんだよね。


 対紅葉は壁を用意した上で遠くからチクチクが基本なのに、近接で囲むなんてのは最悪の選択。そりゃそうなるよとしか言えない。


「ま、まて、そもそも俺たちは戦いに来たわけじゃない! 敵意はない」


「姿を隠し追跡していただけで十分に敵意ありと判断致します」


 男の制止を無視し一瞬で距離を詰め肩を掴むと、そのまま力任せに引き込みながら鳩尾に思いっきり膝を叩き込む。


 堪らずクの字に折れ曲がった身体の頭を押さえつけながら地面に叩きつける。


 うわぁ……。血だまりの中に折れた歯が何本も散らばってるよ……。いくらなんでも容赦が無さ過ぎる。紅葉が主人公PTに居て、敵として僕の前に現れてたらと思うとぞっとするんだけど……。




 ところでこれほんと大丈夫? 制止する間もなく一瞬で壊滅させちゃったけど、響先輩の関係者っぽい事言ってたんだけど……。僕は何もしてないからセーフ……にはならないよね多分。


「ヌシさまのおかげで初動が遅れず済みました。人数が把握できていないと簡単には動けませんので」


 ……もしかして僕に責任擦り付けようとしてる?


「この人たち、死んでないよね……」


生きてます」


 どうしよう。回復薬はいくつかあるんだけど、回復したらしたで怒って襲い掛かってこないかな。けど放っておいて死なれても困る。特に響先輩の関係者だったらまずいことになりそうだし……。


 悩み抜いた挙句、僕はこの中で一番弱そうな、紅葉が最初に倒した女の子を回復させることにした。


「大丈夫ですかー?」


「くっ……こんな……街中でいきなり攻撃するなんて何を考えてるのよ」


 僕は思わずちょっと噴き出してしまった。

「くっ……こ」までは完全に例のアレっぽい台詞だったし、こちらを睨み付ける目が、気が強そうで、女騎士っぽさを出しているのもあって脳内再生余裕過ぎた。


「ヌシさまも呆れておられます。その街中で姿を隠し追跡しておき、それに気付かれたら恫喝しようとした分際でこちらを非難するとは。人族のとやらは随分と程度が低いようですね」


「……」


 やめて。僕は別に呆れてないし、これ以上煽らないで。ほら、なんか誤解があったかもしれないし、恨みが残らない形で円満に解決しようよ。後が怖いから。


 とは思うのにこの子を見てると、どうしてもくっころ女騎士が頭に浮かんでまともに話せない。なんで僕この子を選んじゃったんだろ。


 僕は顔がニヤけてしまうのを必死に抑え込み、とにかく円満解決を図ろうと彼女に優しく語り掛ける。


「お互い何か誤解があったかもしれないし、詳しい話を聞かせてもらえるかなお姉さん」


 なるべく直視しないように横を向きながら喋ってたけど、チラリと見るとくっころお姉さんは何やら瞳孔が開いた目で僕を凝視していた。


 そこで僕は気付いたね。これはまずい。瞳孔が開くくらい興奮してるって事は、僕のモテフェロモンにやられそうな感じなんじゃないのこれ。


 これ以上ストーカーを増やさない為にも、僕は急いで後ろに飛びのいて距離を取った。


「ふう、あぶないあぶない」


「そんな…………」


 ああ、くっころちゃんが何か絶望した表情で僕を見てる……。僕に向かって必死に手を伸ばしてるって事は、もう既に惚れちゃってて僕が離れたのが悲しいんだろうね。


「やれやれ、ちょっと遅かったかな……」


 まあ惚れてしまったものは仕方がない。ここはポジティブに考えよう。くっころちゃんは僕に惚れてしまった。つまりこの後仲間が回復して僕に復讐しようって話になっても、きっと庇ってくれるに違いない。


 あれっ? 結果的にこれで穏便に済ませる事ができるのでは?


「これを後でみんなに使ってあげてね」


 回復薬を人数分くっころちゃんに渡してその場を去るのであった。


 思ったよりあっさり解決しそうで何よりだよ。




―――――――――――――――


☆カタリーナ




 朱鷺坂院に付いている諜報部が戻ってきました。彼らの表情は一様に険しく、何かあったのはすぐにわかりました。


「つまり隠蔽術を見破ったのは鬼の娘ではなく、朱鷺坂院ですのね」


「はい。我々は余りにも彼らを甘く見ていました。お嬢を下したという鬼の娘の力も想定以上でしたし、なによりもあの男……彼は普通ではありません」


 朱鷺坂院はまるで遊んでいるかのようだったという。ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべ、人を小馬鹿にするような挑発行為を繰り返していたと。


「けれど実際に戦闘をしたのは鬼の娘だけなのでしょう? さすがに過大評価が過ぎるんじゃありませんこと?」


 鬼の娘の強さはわたくしが誰よりもわかっています。予定外の戦闘だったとはいえ、想定以上の強さだったなんて言い訳は、ある意味わたくしを舐めていたとも言える台詞ですわ。


 わたくしに勝ったという事実を軽く見ていたのであれば、彼らの評価を鵜呑みにする気にはなれません。


「情けない話ですが、カレン以外は全員気を失っていた為、実際に見たわけではありません。しかしカレンの実力は我々が誰よりもよく知っております」


 訝しむ視線を感じてか、分隊で一番若そうなカレンという女がわたくしの前に出てくる。


「では、カタリーナお嬢様。失礼ながらこちらをご覧頂けますか?」


 カレンはわたくしの目の前に腕を差し出しできた。何を見せるつもりなのかと注視していると、服の隙間から鍵爪のような刃が飛び出してきて、わたくしの首元スレスレで止まった。そのまま腕を振られていれば、首をかき切られていましたわ……。


「―っッいきなり何をしますの!」


「お聞きください、カタリーナお嬢様。あの男はこれを、巫山戯ふざけた態度でニヤニヤと横を向き、こちらを挑発しながら事も無げに躱しました。あまつさえ、、とまで……」


「なっ……」


 殆ど見えなかった。腕をしっかりと注視していたわたくしですら、まともに反応出来ないほどのスピードの暗器。それを横を向きながら躱して、更に遅かったと……。


「今よりも確実に必殺のタイミングでした。100回やれば100回仕留めれる。そういったタイミングです。隊長の隠蔽術を完璧に見破った事もそうですが、朱鷺坂院世界は、もはや人としてのレベルを超越しています。神族が戯れに人に化けて遊んでいたと言われた方が納得できるほどです」


 背中に冷たいものが走る。彼らの報告を信じるのであれば、わたくしが魅了し、屈服させ、そして手酷く捨ててやろうと考えていたその男は、朱鷺坂院世界は……決してそんな軽い気持ちで関わって良い相手ではない。


 では朱鷺坂院は鬼の娘を実力で従えさせている?

 確かに当初から違和感はありました。あの娘は奴隷のようには思えませんでしたし、その強さや佇まい、言動のどれをとっても一流の教育を受けてきた者特有のものを感じさせます。


 では、そんな相手を、まるで奴隷を使うかの如く外で待機させるあの男は……。

 あれほどの圧倒的な力を持った鬼の娘を、完膚なきまでに屈服させる程の実力。届かない。そんなもの……どんなに努力しても届くわけが……。


「申し訳ありませんが我々はこの件から手を引かせて頂きます。国の為であれば命を懸けるのに迷いはありません。しかし個人的な頼みで手を出すには、あまりにリスクが高すぎる相手です。それに場合によっては、彼は人類の救世主となりうる存在です。恩義あるヴィレーム様には顔向けできませんが、これは既に上とも話し合って出た結論となります」


「そうですか……。わかりましたわ。ご苦労様でした。お爺様へはわたくしから話しておきます」


 救世主。人の未来を背負う……。それはわたくしがこれまで両親から、周りから、そして陛下から託された願い。


 けれどわたくしよりも遥か高みに居る朱鷺坂院世界が、それを背負うと言うのであれば、その時わたくしの存在価値はどうなる?



 駄目、駄目ですわ。


 

 ―――――パンッと強く自分の頬を張る。


 死ぬ気でやればやれぬ事などない。お爺様が幾度となく言っていたこの台詞。それを信じて努力し続けてきたからこそ、今のわたくしがある。


 わたくしの強みは何? そんなの決まっている。総合力だ。

 同世代でわたくしより強い騎士はいた。わたくしより強い魔導士もいた。ですがわたくしに勝てる者はいなかった。―――――これまでは。


 強くなるためならなんでも取り入れてきた。だったらこれからもそうするだけ。認めましょう朱鷺坂院世界。おそらく今のわたくしでは貴方の影すら踏めないのでしょう。それでも必ず追い付いてみせますわ。を使ってでも。


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