モテ期

 響先輩が突如、お試しで僕と付き合うと言い出した事によって、ついに僕は確信に至った。正直言うと薄々はそうじゃないかと思っていたんだ。僕は無能だけど鈍感ではないからね。


 3度も続けばさすがにわかるよ。みんながみんなゲーム時代では考えられない行動をしている。


 これでもう確定だよ。









 僕は今―――――モテ期だ。







 ゲームで朱鷺坂院世界がモテてたところは見た事がないから、きっと僕が中に入った事による影響だね。僕ってほら、前世が貞操逆転世界でモテモテだったでしょ。


 きっとその時のフェロモン? なんかが魂とかに残ってて、どうしようもないモテ臭を出してるんじゃないかと思うんだよね。転生特典ってやつだね。


 転生後に前世のなんちゃらが残って、ってもうテンプレだもん。間違いないよ。

 くやしい…! でも…(フェロモンを)感じちゃう! みたいなね。



 勿論モテるのは嬉しい。しかしこれは喜ぶべき事ばかりじゃない。既に僕に夢中な響先輩に「聖女は主人公君のヒロインだからそっちをお願いね」とばかりに猛プッシュするのはかなり危険な行動に思える。


 これをすると所謂いわゆる寝取らせってやつになるのでは?

 上級者ならいけるかもしれないけど、一度それで刺殺された僕は同じあやまちを繰り返したくない。


 それからもうひとつ。これで人族を選択した際の主人公のヒロインが、既に二人とも僕の事を好きになってしまったという驚愕の事実。


 ―――ゲーム開始時には攻略対象ヒロインは既に全員落とされてました。


 これはキレる。間違いなく僕でもキレる。普段面倒な事はしない僕でも、メーカーにクレームの鬼電するぐらいにはキレちらかすね。


 つまり主人公にキレられるか、響先輩にキレられるかの二択。なら―――


「すみません聖女様。身に余る光栄なのですが、僕には既に心に決めた人がいるんです……」


 まあどう考えても主人公の方が怖いしね。それに下校は紅葉と二人ってルールを破る事にもなるしそっちも怖い。ならまだ響先輩一人にキレられる方がマシだよね。


 幸いまだリリアのように後戻りできないレベルじゃない。誠意をもって対応すれば刺されないだろうし、いざとなっても幸か不幸か聖女対策は元々ばっちりだ。


 響先輩は目を見開き、たっぷり5秒ほど固まったあと、プルプルと身体を震わせ、その後、無言でふらふらと教室を出て行った。刺されなくて何よりだったけど、これは明日以降も気が抜けないな。


 それにしても聖女Cクラス落ち大作戦が、まさか僕がモテすぎるせいで失敗するとは夢にも思わなかった。こっちも新たな対策を考えないと。





 明くる日、先輩が学校にきたのはお昼休みの時間だった。出欠確認でいなかったから失恋のショックで今日はお休みかと思っていたけど、気持ちを切り替えてくれたのであれば何よりだね。


 そんな時に僕はリリアが作ったお弁当を、リリアと一緒に食べていた。別にこれは先輩に見せつける為とかじゃなくて、元々ルールで決まっている事で、昨日もリリアと一緒に食べたし。


 朝食は紅葉の作った物――と言っても紅葉は料理が出来ないのでパンを焼いただけだけど――を紅葉と二人で食べたし、夕食はユリアさんが作って4人で食べる。僕のスケジュールは、囚人並みにとても細かなルールで縛られているんだよ。


 この様子を見た響先輩はきっと、昼食を共にしているリリアが僕の心に決めた人なんだろうなって思うだろうけど、まあ敢えて説明する必要もないよね。


「あの人って聖女様よね? 男女交際に厳しい方なのかな。なんか凄い目で見られてるんだけど……」


 リリアも少々居心地が悪そうだ。けど違うんだよね。実際は男女交際に厳しいどころか、僕と交際したくてしかたがないんだよ彼女は。


 響先輩がお昼から出てくるってわかっていれば、さすがに僕もAクラスで食べるのは止めてたんだけど、今更どうしようもない。


 気付けばいつの間にか響先輩の姿は消えていた。











 そして下校時、紅葉が言うんだ。おそらく付けられてます。どうなさいますかと。このタイミングで学校の帰りに付けられてるとなると……。


 ――まあどう考えても響先輩だよね。


 まいったな……。僕の認識が甘かった。響先輩がストーカー化するなんて……。まさか僕のモテフェロモンがここまで強力な物だったとはね。チート級じゃないか。


 しかしここまで僕のモテ力が高いとなると、他にも僕に惚れてしまってるクラスの女子が多数居る可能性すら現実味を帯びてきた。


 Aクラスの女子は響先輩を入れて12人。例えばその半数が僕のフェロモンにやられていたとして「私をこんなに夢中にさせた責任取ってよ!」と迫ってきたら……。 


 これじゃあもう殆ど前世と同じ状態じゃないか。


 残念ながらここは重婚が許された前世とは違う。全員の気持ちに応えてあげる事は不可能。一人一人きちんとお断りする他ないけど、諦めてもらうだけでも骨が折れそうだ。


「それにしても6人は多いな。ちょっと疲れそう」


「えっ……」


 紅葉が驚いた表情で僕を見る。


 えっ。もしかして今、考えてた事を口に出してた? どこから?

 これはちょっと恥ずかしい。

 いや、そりゃ僕だって普通なら自意識過剰だって思うよ?


 クラスの女子半分が自分に惚れてるだろうって、まるで元のナル男の思考そのものみたいだし。


 けど違うんだ。ナル男はナルシストだけにモテると思い込んでたけど、僕のフェロモンはガチなんだよ。なんなら半数でもちょっと控え目に考えてたぐらいなんだよ。


 大袈裟じゃなく、全員惚れてる可能性だってあるんだ。響先輩は崇拝が大嫌いなのに、それを跳ねのけて僕に告白してきたし、リリアにはキスやぱふぱふされるし、ほら、実際紅葉だって本来ヒロイン枠ですらないのに僕の妻を名乗ってるじゃないか。


 これはこれまでのみんなの行動を、客観的に分析した結果出した、限りなく正解に近い答えなんだ。だからそんな顔で僕を見ないでよ。


 うわっ…わたしのヌシさまナルシストすぎ…? とか思ってそうな紅葉と目を合わせているのが辛くなり、思わずバッと顔を大きく逸らした。


「俺の分隊隠蔽術がこうも簡単に見破られるとはな……カタリーナ嬢を下す鬼を侍らせるだけの力はあるって事か」



 …………僕が顔を向けた場所から突然なんか変なのがいっぱい出てきたんだけど。なにこれ怖い。




―――――――――――――――


☆カタリーナ




 何が起こったのか理解できませんでしたわ。怒りと困惑がごちゃ混ぜになり頭が狂いそうな感覚に陥って、気付いた時には自宅の鍛錬所に立っていた。どうやってここまで帰ってきたのかもわからない。


 まさかこのわたくしが振られた? そんなはずがない。あの男はわたくしに深く傾倒していたはずですもの。


 あの狂信的とまで言える賛美は、誰がどう聞いたってわたくしに夢中になっているとしか思えないはず。


 聖女たるわたくしの熱心な信者であり、同時にわたくしの外見すらもあの男にとっては理想そのものの。


 それならどうしてわたくしからの誘いを断るだなんて選択ができる?

 あの鬼の娘はわたくしよりも大切だとでも言うつもり?


 まさか戦闘力だけでなく、女としてもあちらが上だとでも…………。


 あり得ない。


 それこそあり得ませんわ。


 大切な女であれば外で待たせるわけがありませんもの。それにアレは所詮他種族。護衛として使っているだけに決まってる。


 では心に決めた人とは誰ですの。あの娘は器量だけは認めざる得ませんが、わたくしと張り合えるような者が早々居るはずもありませんし。


 わからない。わからない事だらけですわ。




 鍛錬所で頭の中が空っぽになるまで只管ひたすらにランスを振り続け、久しぶりに動けなくなるぐらい疲れ切った身体を大の字にして床に転がる。


「あーーーーもう、なんなんですのーーーーーーーーーー」


 駄目だ。何をどうやったって答えは出ないし、あの屈辱が消えるわけもない。


「随分と荒れとるようじゃな。リナ」


「お、お爺様! 申し訳ありません。はしたない真似を致しましたわ」


 慌てて身体を起こそうとするわたくしを手で制し、同じように隣に寝転ぶお爺様。


「…………もしや負けたか?」


「ええ……はい。鬼の娘に。……言い訳は致しません。完敗でしたわ」


 それだけ聞くと大きな腕をわたくしの頭の下に滑り込ませ、ただじっと鍛錬所の天井を共に眺め続ける。お爺様はそれ以上何も聞いてこない。わたくしも何も言わない。


 敗北は自身の成長で塗り替えてみせる。お爺様に泣き言など恥ずかしい真似はできませんわ。ああ、けれどもう一方の問題なら、男の立場からの意見を聞いておくのも有りかもしれませんわね。


「お爺様。ひとつ聞いてよろしいですか」


「うむ。言ってみなさい」


「スラっとした鼻筋、大きな目、きれいな口元、イエローゴールドの滑らかな髪、白磁のような肌、太陽すら嫉妬する金色の瞳。わたくしの事をこう語っていたとすれば、その男性はわたくしに懸想していると思いますか?」


 全てあの男が言っていた事だ。男からすれば単なる誉め言葉の一環で、そこまでの意味はないと言われてしまえば、納得する他ありませんが。


「ワシが答えるまでもないと思うが、そやつは間違いなくリアにベタ惚れしておる。直接伝える勇気はなく、されどどこかに胸に秘めた思いを吐き出したくて喋っておるのじゃ」


「そう、ですわよね……」


 やはり男の立場から聞いてもそうとしか思えないようですわ。それなら何故わたくしの誘いを断った?


 勇気がなくて……ああ、そういう事でしたか。要はあまりにわたくしが高嶺の花すぎて、自分には釣り合わないと怖気付いたという事ですのね。


 ようやくすっきりしました。理解してしまえば、ある意味当然の結果だったのだとも言えますわね。


 付き合った後はすぐにでも、鬼の娘に見せつけるように捨てるつもりでしたが、それだけ分を弁えているのであれば、側仕えとして置いておくのも良いかもしれませんわね。あの男を使っている間は、鬼の娘に勝ち逃げされる心配も薄れるでしょうし。


「お爺様。諜報部へ口利きをお願いしてよろしいですか? 少々調べて頂きたい者がおりますの」


 当然わたくしの側に仕えるに足りる人物であればの話ですが。








 ――――と思っておりましたけど……。


 翌日、お爺様の口利きで紹介された諜報部の者と詳細を詰めるのに時間を取られ、お昼に登校してみれば朱鷺坂院がと、仲睦まじく昼食を摂っているではありませんか。


 ピンクアッシュのミディアムヘアーが一際目を惹く、そこに居るだけで周りの目を惹く、早々居るはずがないと思っていた、わたくしに張り合えるレベルの女……。


 うちの制服を着ているけれど、あんな女はこれまでいなかった。つまり今年のBかCの新入生。


 眉間に皺が寄り頬が引き攣るのがわかる。きっと今わたくしは酷い表情をしていますわ。ですがこれは……。


 まさか朱鷺坂院。あなた、わたくしと駆け引きをしているつもりですの?

 わたくしから声を掛けられた事に舞い上がって、それだけで同じステージに立った気になっているのであれば、勘違いも甚だしい。


 場合によっては側仕えにしてさしあげようかという、わたくしの慈悲を無にしたのは他ならぬあなた自身だと知りなさい。


 もはや情けなど無用。必ずやわたくしの物とした挙句、捨てて差し上げますわ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る