修羅場

 僕は愕然としたね。割れたガラス、ひっくり返ったテーブル。床にはよくわからない液体が散乱、とにかくなんだかもうめちゃくちゃな状態だった。


 なんでもあの悪名高い世界ぼくの父親の愛人が原因らしいんだ。いるよね。上手く掌の上で転がしてるつもりでいたら、うっかり暴発させちゃう人。


 まあ暴発させて刺された事のある僕が言うのもなんなんだけど、自分の奥さんが住んでる場所で、狙っているユリアさんを働かせたり、僕から言わせればあの父親バカは危機感が足りないよ危機感が。


 と、そこまでなら笑い話で終わるんだ。ぶっちゃけうちの父親間抜けすぎて草って感想しか出てこない。愛人が乗り込んでくるとか昼ドラみたいで面白いし。


 問題はさ、僕の無限貯金箱である書斎の宝石箱とか、機密書類が入ってるんじゃないかと疑っていた金庫が綺麗にからっぽになってる事なんだよね……。


 母親が家を出た事には何の感情も湧かないけど、機密書類の在りかだけははっきりさせておきたい。


 もうひとつの候補であった母親の部屋を遠慮なく漁れるのは助かるけど、やっぱりそう簡単には出てこないよね。なんせ機密だし。


 だけどそんな事よりもだよ? 場合によっては亡命プランを練り直さないといけないなぁと、母親の部屋でぽけ~っと考えてたんだけどさ、突然リリアにキスされたんだよね。


 何を言っているのかわからないと思うけど、僕も何が起こったのかまったくわからない。ありのまま起こった事を言っただけなんだ。


「大丈夫、大丈夫だから。家族はいなくなっちゃったかもしれないけど……新しく作ればいいんだから」「私が支えるから。私ね、子供はたくさん欲しいの。だからすぐに寂しいなんて思う暇もなくなるわよ」


 とか言ってた。端的に言って頭がおかしいと思う。いつの間に僕は貞操逆転世界に戻ってきたんだろうかと。


 彼女の頭がアレなのはこの際おいておいて、問題はだよ?

 ゲームのヒロインの処女性は極めて重要って事なんだよ。エロゲですらヒロインが処女なのは当然。勿論キスも未経験必須。過激派なんて異性と手を繋いだ事があるだけでメーカーにクレームだよ。


 現実世界で言ったら周囲がドン引き間違いなしの処女信仰だけど、ゲームではそれを当たり前に皆が求めてる。むしろ求めないのは上級者だけと言い切っちゃうね僕は。


 ここで皆さんに問題です。あなたはゲームの主人公です。狙っていたヒロインが雑魚ボスのナル男とちゅっちゅっしてました。


 Q あなたならどうしますか?

 A ナル男を殺す。B ヒロイン諸共ナル男を殺す。C 脳が破壊されて気持ちいい。


 答えはこんなところだろう。つまり僕は3分の2の確率で死ぬことになる。

 主人公が上級者である事に賭けるには些か分が悪い。何せ掛け金は僕の命だ。


 僕は考えた。頭がアレな人に頭を抱え込まれ、胸の谷間に押し込まれながらも必死に考えた。ここから僕が生き残るためにするべきことを。


 けどさ、おっぱいって凄いよね。


 これに触れてるとびっくりするぐらい知能が低下するのを感じる。あ~もういいか流れでいけば。とか思っちゃうもん。なのにちっとも嫌じゃない。


 バフとデバフを同時に与える、恐るべきぱふぱふにも負けず僕は見つけたよ。生存可能なか細い√を。


 つまりあれでしょ。リリアがヒロインだから僕は殺される。なら主人公が別の√を進めば無関係なただの他人になるわけだ。


 そう。事ここに至っては、主人公やヒロインたちと距離を取って関わらないなどと甘えた事は言ってられない。


 僕はこれよりゲーム知識をフル動員して、主人公を(強制的に)聖女√へと導くと決意した。





―――――――――――――――


☆リリア




「笑ってた……よね?」


「そうね。どこか他人事みたいで寂しい気もするけれど、ショックを受けるよりはよかったと思うわ」


 世界さんは屋敷の惨状を見て、奥様が出て行った事を伝えたのに笑みすら浮かべていた。そうよね、これまでずっと関わりの薄かった母親が出て行ったからといって、これまでと大差ないって思うのも当然かもしれない。


 なんだか肩透かしを食らった気分だったけど、私は私の仕事をしよう。

 後片付けは思いの他大変で、田所さんたちも手伝ってくれたけど、終わる頃には食事の時間が少し過ぎていた。


「リリア、遅くなったけど食事の用意ができたから、悪いけど世界様を呼んできてくれる?」


 一人分の食事を大きなテーブルに並べながらお母さんが言った。

 豪華な食事なのになんだかあまり美味しそうに思えない。狭い使用人用の部屋でお母さんと食べる質素な食事の方がよほど美味しそう。


 世界さんは部屋にいなかった。食事の時間なのにどこに行ったんだろう。また書斎で宝石を盗ってるのかも。あっ、けど奥様が全部持ってちゃったんだった。孤児院への寄付どうするのかな……。


 その後、お風呂やトレーニングルーム、庭先と探しても世界さんは見つからない。なんだかちょっとだけ嫌な予感がして、いつの間にか走りながら探してた。


「どこに行ったのよもう!」


 額から汗を垂らしながら、ゾワゾワする嫌な予感を、気のせいだと必死で追い出しながら、全ての部屋を隈なく探していると奥様の部屋でようやく世界さんを見つけた。


 ほらね、やっぱりただの気のせいだった。


 まったく、もうあと数ヶ月で高校生なんだから食事ぐらい呼ばれなくてもきてよね。と少しぐらい文句を言ってやろうかと思っていたんだけど……。


 ――私は本当に馬鹿だ。


 この人が、いつも軽薄なキャラを演じているこの人の、それが演技だなんて事はとっくにわかっていたのに……! いつだって自分から私を、 他人を、 必死に遠ざけて……なのに私はそれが演技とわかったあとは揶揄ってさえいた!


 たまに見せる狼狽えた表情がちょっとかわいかったから。

 理由なく私を遠ざける事に少しムカついていたから。


 けど……けど……! 今ここで、出て行った事を笑ってすらいたはずの母親の部屋で! 彼は動く事すら出来ず、ただ呆然としているだけだ……。


 私は本当に馬鹿だ。平気なわけがない。悲しくないわけがない! 笑ってたから大丈夫? ほんとにそうならどれだけよかったか。


 母親を失った子猫を助けようと、差し伸べる人の手に子猫が必死で威嚇をするように、彼もまた怖いんだ。助けを必要としているのに、助けてくれる人の手を取れないんだ。


 本当は誰よりも誰よりも母親の……家族のぬくもりを求めていたのに……。当たり前だ。親の愛が欲しくない子供がいるはずがない。誰だってそれを求めてる。それを今まで受け取ってこなかった世界さんなら尚更だ。


 そっか……だから世界さんは親を失った孤児たちに……。

 世界さんは自分にはそれが手に入らないと知ったから、せめて同じ境遇の子たちの助けになろうとしている。


 けれど一方で自分が望んで人を遠ざけてるんだ、自分はそんなもの欲しくないんだって必死に誤魔化してもいる。だから他人を、――私を遠ざける。


 だったら私は何をすればいい?


 私は何をしてあげられる?


 ――違う。私は何をしたい?


 思いっきり抱きしめて、世界さんを、を大事に思ってくれる人はここに居るんだって教えてあげたい。無理矢理でもいい、掬い上げてしまえばいい。


 きっと世界は冗談めかして逃げようとする。だけど絶対に逃がさない。もしかしたら世界は本当に他人との関りはどうでもよくて、欲しいのは家族だけなのかもしれない。


 それならそれでも構わない。他人を拒絶するのなら




 世界。あなたは必ず私が幸せにしてみせるから。

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