閑話

 父親は暫く家に戻れないと連絡があった。うん、そうだよね。乗り込んできた愛人が誰なのか突き止めないと会社にも突撃してきそうで怖いもんね。


 元から屋敷に戻る頻度は低かったけど、母も出て行った事だし、戻ってる暇なんかないよね。きっと今頃、地雷はこいつかな? とか疑心暗鬼になりながら各愛人宅で過ごしてるんだろうなって思う。


 これに関しては特に僕にデメリットはなく、いつ戻れるかわからないからと半年分の生活費とお小遣いを前払いして貰えたのでメリットしかない。


 まあどんなに時間をかけてもその地雷を発見する事は出来ないんだけどね。


 いやさ、僕もね、ちょっとおかしいなーとは思ってたんだよ?

 だってゲーム開始前に家庭崩壊しちゃってるんだもん。話がおかしくなるよね。


 どうせリリア√に入られた時点で僕は破滅だから、もうリリア経由で紅葉を強奪されるのを恐れても仕方ないかなって割り切って紅葉を屋敷に連れてきたんだよ。そしたらこうなった。


「だ・か・ら! そんなの絶対プロポーズじゃないし、大体世界はまだ未成年なんだから、そもそも結婚できないの!」


 リリアが怒鳴り。


「人族のルールがそうなっているのはわかりました。で、どうしてそれがわたしにも適用されると思うのですか?」


 紅葉は淡々と論破を繰り返し。


「そぃえ、の……ッすぅ、…おかぁ、っ…」


 ユリアさんはオロオロしながら、視線をあちこちに飛ばし、意味をなさない音を口から出し続けている。


 僕はと言えば、まさか一切自覚のなかった痴情の縺れで刺されるのが今世の最後なのだろうかと、刺突耐性の指輪を嵌めた指を、決して抜け落ちないよう強く握りしめていた。





「それで、結局は世界が誰を好きなのか。それがはっきりすれば紅葉さんは引くわけよね」


「ええ、引くのはそちらですが、それ以外は間違っていません」


 二人の視線がこちらに向く。いやね、どっちが好きも何も、リリアは主人公のヒロインだから本来近付きたくもなかったわけで、当然好きも嫌いもないんだよね。敢えて言うなら関わりたくない。もう無理だけどさ。


 紅葉はその主人公から襲われた際の肉壁として雇い入れたわけで、当然こちらも好き嫌いの問題じゃないんだよね。番犬のようなものかな。


「はっきり言ってあげて。世界は誰が好きなの?」

「残酷に感じるかもしれませんけど答えてあげてください。ヌシさまが一番愛してるのは誰ですか?」


 先程までの攻撃的な声とはまるで違う、優しく穏やかな声で、囁く。

 間違いない。どちらも自分が選ばれると確信している。


 ぶっちゃけ二人とも超絶美少女なわけで、そんな相手が好意を寄せてくれるなら当然、据え膳食わねばなんだけど、同時はまずい。それが許されるのはエロゲの世界だけだ。


 残念ながらここは一般ゲームの世界。その選択肢を選んだ瞬間に詰む事くらいは僕にもわかる。


 だからと言って、いや、どっちも別にそういう風に見てなかったけど。なんて正直に答えてもきっと僕は破滅する。この場に相応しい《正しい答え》を答えなければならない。


「ぼ、僕は……その、ですね……少しだけ。そう少しだけ時間が欲しいというか……。好きすぎて選べないみたいな? そう、それ!」


 いや、どもりすぎだろ僕。みたいな? そうそれじゃない。自分でも終わったなこれはと思っていたんだけど、なんと親のリーチに、このド危険牌が通ってしまったんだよね。


 そんなこんなでいくつかのルールが設定される事となった。


 1、世界は入籍可能な18歳までに妻を決める。

 2、相手が決まるまでは三人(+ユリアさん)でここで生活する。

 3、屋敷内での同衾及び混浴を禁止する。

 4、毎週土曜日はリリアとデートする。

 5、毎週日曜日は紅葉とデートする。

 6、平日の夕食は必ず3人(+1)で摂る。

 7、学校へ向かう時はリリアと二人で向かう。

 8、学校の帰りは紅葉と二人で帰る。

 9、10、11、12、…………………以上の誓約を必ず守る。


 いくつかどころじゃなかった。めちゃくちゃ細かい。もうこれ囚人レベルでしょ。


 斯くして僕の高校生活は、制限だらけの中、主人公を聖女√へ向かわせつつ、亡命準備も同時に進めなければいけないエクストラハードミッションとなったのである。

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