便利な肉壁を仲間にしよう
何かがおかしい。想定外の事ばかりだ。
あれから1週間も経つのに未だにユリアさんは使用人として働いている。その上何かにつけて僕の世話を焼こうとしてくる。
仕事はともかく、さすがにもう部屋は決まって引っ越し準備に入っていい頃のはずなのに。
だけどここで僕はピンと来たね。泡銭を手に入れたユリアさんはきっと思ったんだ。
「あっ、このガキちょろいかも」ってね。僕のお小遣いを――不倫や旅行で忙しい――両親に代わって手渡す事もある彼女は、当然ながらその金額も把握している。
つまり彼女はまだまだ搾り取れると判断したに違いない。
僕は悲しい。お金は人を変えるってよく聞くけど、あれは本当だったらしい。
それからリリアだ。なるべく顔を合わせないように努力してる僕をあざ笑うかのように、向こうから声を掛けてくるようになった。
当然ヒロインとの関わりを断ちたい僕は彼女が大嫌いなキャラを必死で演じてるよ。「ふっ、今度の週末僕がデートしてやろう。どうだ、嬉しいだろう?」って。
今だってゲーム内の台詞を一字一句間違えずにちゃんと言えたはずだ。
立場の弱いリリアは無碍には断れず、されどデートなんて絶対したくない為、この誘いに対して「あっ、えっと、次にお会いする時までに予定を調べておきます」なんて言って、その後は週末まで僕に会わないように逃げ続けたはずだ。
「はい、デートですね。どこに行きましょうか」
「えっなんで……」
「えっデートのお誘いですよね? お受けしたのに、なんでとは?」
「あ、いや、ちがっ……そう、週末の大事な用事を思い出してしまったんだよ」
「そうでしたか。では残念ですけど次の機会をお待ちしてますね」
「あっ……うん。ごめんね……」
ほらね、こんな感じでもうゲームと別人みたいになってる。
わかってるよ。きっとユリアさんに言われたんだ。あのナル男は金を持ってるから搾り取れって。お金は人を変えるもんね……。
お金をあげるのは別にいい。僕にとってはどうせ使えなくなる紙屑だし。
けどこれ以上関わるのは駄目だ。ヒロインとの接触回数が増える度に死の危険が増すんだから。なんとか新たな対策を考えないといけない。ちなみに週末に大事な用事があるのは実は本当なんだ。
そして週末。事前に用意しておいた、可愛らしい服を片手にやってきたのは朝市ならぬ奴隷市。
孤児院が安価なユニット補充先で、こっちが高価な補充先。ここでは戦争で捕虜になった他国の兵士が奴隷として売られているんだ。ただし元敵国兵は能力は高いけど忠誠心が激低なので、扱いを間違えるとすぐに逃亡や裏切り等の憂き目を見る事になる。
それらを防ぐには金品や会話で本人の忠誠心を高めるか、忠誠心や好感度の高いユニットと常にペアで行動させるといった防衛手段があるけど、どちらにしても面倒なんだよね。
ところがそういった心配が要らない種族がひとつだけ存在する。それが鬼人族だ。鬼人族はプライドが非常に高く、自分の言った事は命に賭けても必ず守る。
つまり一度忠誠を誓えば、その後に忠誠が0になろうとも、決して逃亡も裏切りもしないのだ。別名社畜ユニットと呼ばれる所以だ。
この奴隷市で本来主人公が仲間にする鬼人族の鬼姫様こと
奴隷となっている紅葉は現在角が折れているせいで、そこから生命力が漏れ落ち、老婆の様な姿見になっているため格安で手に入る。その分弱いしすぐ死ぬんだけど、聖女が仲間なっていると固有スキルの【フルリカバリー】一発であら不思議。
折れた角がニョキニョキ生えて、老婆が瑞々しい肌のうら若き少女へと大変身。近接最強肉壁ユニットが爆誕してしまうのである。これで物理攻撃に弱いエルフさんや妖狐さんも安心だね。
そんなわけで奴隷商人さんに
主人公が買う時は500天(1天=1円)だったのに、僕から金の匂いを嗅ぎ取ったのか、なんと50万ですと吹っ掛けられた。
交渉すれば値切れそうではあるんだけど、一刻も早く裏切らない肉壁が欲しい僕は昨日がお小遣い日だった事もあってさくっと支払った。
例え僕の全財産だと言われようと買うよね。所詮紙屑になるお金と、決して裏切らない肉壁。比べるまでもない。せめてお金で宝石が買えるなら話は変わるんだけど、売る事は出来るのに買う事は出来ない。この辺りはゲームならではのご都合主義だよなぁ。
そして買ったばかりの奴隷の紅葉にその場でエリクサーを与える。なんせエリクサーは聖女のフルリカバリーと同じ効果を発揮するからね。
えっ、聖女のスキルで治すんじゃないのかって?
聖女はヒロインだからね。僕が近付くわけないよ。その点紅葉は力の入ったビジュアルで、ファンからの人気も高い割には純粋な戦闘キャラだから安心だ。
どこでそれを見分けるのかといえば、ヒロインは好感度、その他は忠誠心。ゲーム時代にパラメーターを見ていれば一目瞭然なのである。そして紅葉は忠誠心。
「うそ…………」
よしよし、治ったね。それじゃ恩を忘れないうちに誓いを立ててもらおう。
「これから側に付いて(肉壁として)僕を守って欲しい」
さすがに本人に肉壁なんて言ったら怒られそうだから言わないよ。いくら無能でもそれくらいはわかる。
「わたしの命尽きるその日までお側で守ると誓います」
その後持ってきた服に着替えさせると、そこにはゲーム内で見ていたいつもの紅葉。これで絶対に裏切らない肉壁をゲットしたぞ。
完璧だ。順調過ぎて怖いぐらいだ。実はワンチャン僕無能じゃなかった説あるのでは?
けど僕は知らなかったんだ。紅葉はその人気故にファンからの要望が多く、追加DLコンテナンツでヒロイン枠に昇格してた事を。まあ僕の死後の話だし知るわけないんだけど。
―――――――――――――――
☆紅葉
わたしの命は後いかほどでしょうか。折れた角から今も生命力が漏れ落ちるのを感じます。故郷の地に帰りたいなどとは微塵も思いませんが、最後は鬼らしく戦場で散りたい。
誰でも良い。わたしを買って。そして戦場へ……。
今日も売れ残りました。奴隷商はもう処分してしまおうかと悩んでいるようです。当然でしょう。今日の客なんて3000天ですら高いと見向きもしなかった。
笑える話ではありませんか。蝶よ花よと育てられてきたわたしが、竜人族との戦いで角を失った途端、最前線へ送り込まれただの盾扱い。挙句に人族なんかに捕らえられ、今や買い手の付かない売れ残り奴隷。
健康であれば凡そ1000年の寿命を持つ鬼人族ですが、角無しとなると10年も持ちません。角は生命力の源であると共に、折れるとそこから際限なく生命力が零れ落ちるから。
あと2年持つかどうかといったところでしょうね。いえ、その前に処分されてしまうかも……
いつもは見向きもされないわたしですが、今日来た客は珍しくわたしの前で足を止めた。わたしはチャンスと思い目一杯アピールしようとしましたが、そんな間もなく、少しも悩まずにこの子をくださいと言ったのだ。
「えっ?」
まさに青天の霹靂だった。
買われた?
ほんとに?
これで戦場で死ねるかもしれない。そんな思いに折れた角が疼き震える。
けれどそんな高揚は一瞬で消えた。奴隷商が言ったのです。コレは50万ですがよろしいですか? と。
馬鹿な。昨日までは3000天だったじゃない。いくら物好きだってこんな老い先短い角無しの鬼に50万も出すはずがありません。その先の交渉を見越してでしょうけど、そんな事で折角のチャンスを逃したら……。
そんな心配は無用でした。彼は交渉する様子も見せず50万をポンっと支払いました。自分で値段を伝えたのに、受け取った奴隷商が驚いてたぐらいです。
何故この方はわたしにここまでの価値を見出してくださるのでしょうか。他に角付きの鬼人族奴隷もいる中でどうして……。
もちろん角付きであれば50万では足りないでしょう。けれどわたしに50万を躊躇なく支払える方が金銭的に余裕がないとは思えません。
そして彼がなんでもないように「これ飲んでね」とわたしに手渡したのは聞けば伝説の秘薬エリクサーとの事。本当であれば1本で豪邸が建つと言われる代物です。
やはりお金に困るような方ではなかった。エリクサーの効果の噂はよく御伽噺などにも出てきますが、実際に身近で実物を飲んだなんて話は聞きません。
ですからこれを飲んでどうなるのか、そもそも本物のエリクサーなのか。わからない事だらけでした。もしかしたら冗談なのかも。
けれどご主人様となった方の命令であれば否はありません。不興を買い返品されては困ります。煽るようにグイっと一息で飲み干すと……。
頭に激しい疼きを感じたかと思えば、額中央にある折れた角が抜け落ち、左右から新たな角が生えてくるではありませんか。以前よりも強靭で力強い2本の角が!
「うそ…………」
わたしは夢でも見ているのでしょうか。今日一日で起きた全ての出来事がまるで現実感がありません。
「これから側に付いて僕を守って欲しい」
けれど、今日一番の衝撃はその後に訪れました。
なんと、わたしを買ったご主人様からその場でプロポーズされたのです。
鬼人族の求愛は性別問わず弱い者から強い者へと行われます。自分より弱い者を自分から求める鬼人族はいません。ですから弱者は強者へ求愛する時は必ず「庇護して欲しい」か「守って欲しい」と文言に入れる決まりがあるのです。
強者はそれを受け入れるか、より強者を探し自分から求愛するかの二択です。角が折れる前までは、わたしより強い者は里にはおらず、それこそ毎日のように求愛されてました。
人族が鬼人族のルールをきちんと把握しているのかわかりませんが、ただの奴隷であれば貴重なエリクサーを使うはずもありませんし、恐らく間違いありません。
ですからこの瞬間わたしを買ったご主人様は、いずれ産む事になる我が子同様に、生涯を掛けて守るべき伴侶となったのです。
通常であれば求愛を受け入れた側の立場が上なのですが、そもそも奴隷のわたしを買われ、癒してくださった方なので立場がややこしくなりました。本来ならばご主人様とお呼びするべきなのでしょうが、伴侶に対してそれは少し堅苦しい気もしますね。今後はヌシさまと呼ぶ事に致しましょう。
「わたしの命尽きるその日までお側で守ると誓います」
角が折れて以来ずっと死の淵に居たわたしは、この奇跡のような一日で人生が180度変わり生涯の伴侶を手に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます