遊んで暮らす金を貯めよう

 鏡に映る自分の姿に絶望する。何度見ても朱鷺坂院世界だ。見た感じ14、5ぐらいでゲームよりも若干若そうだが、あくまで若干。登場が高2だから既に破滅へのカウントダウンは始まっている。


 僕は知ってる。このままいけば今度の人生も刺されて終わりだって。

 全クリしたからもうわかってる。2度も主人公にぼこぼこにされて、国家転覆罪で逮捕の後、送還中に義憤に駆られた国民に刺殺される。それがこの先の僕の人生だ。


 ゲーム開発者の、主人公の手をこいつの血で汚したくないけど、死ぬシーンはきっちり描かないとプレイヤーがすっきり出来ないよねって思いの妥協点がこの死に方なんだろう。


 普通にギロチンとかで死刑じゃ駄目。刺された後で如何に醜態を晒すかも、ざまぁの重要なファクターだからね。


 思えばこれまでの人生も全てそうだった。通り魔に刺され、暗殺者に刺され、幼馴染に刺され……。刺殺された回数で僕の右に出る者はいない。まあ普通の人は1回しか死ねないからね。


 だけど僕は気付いた。今回はこれまでの人生と決定的に違う点がひとつある。


 それは未来がわかっている点。このまま流されるまま生きていれば確実に訪れる破滅の未来だけど、わかっているからこそ防げる事だってあるかもしれない。


 対策としてはまずヒロインの璃々愛リリアには絶対近付かない。徹底して距離を取る。一方で璃々愛の母親である結利愛ユリアはこのまま行くと父親の愛人の一人となるのが確定しているからそれを阻止する。


 だってそれも僕がリリアに恨まれる一端となるからね。僕の立場で言うのもなんだけど、父親も世界に血を分けただけあってなかなかに酷いキャラだ。


 横領、不正、賄賂なんでも来いで、自身の欲求を満たす為であれば、他者を踏み躙る事に何の躊躇いもない根っからの悪党が朱鷺坂院はじめだ。


 ユリアさんが現在使用人として働いているのも、父が手を回した高利貸しへの借金が原因で、この後も更なる罠に掛けられ借金が膨らみ、愛人になるしか選択肢がなくなる。


 ゲームではヒロインに恨まれる=主人公に恨まれると同義だし放っておけば破滅確定だ。主人公は主人公だけあって周回前提のエクストラハードモードでない限りほぼ死なないクッソ強いチートユニットなので敵に回した時点で終わり。


 けどこれに関しては簡単だった。なんせこの甘やかされ坊ちゃんである世界は月のお小遣いが100万。ユリアさんの借金500万ぐらいはポーンと払える。そもそもお金はもう僕には必要なくなる予定だし。


 と言う訳で早速まずひとつ解決だ。ユリアさんはこんな大金受け取れないって断ってきたけど、そもそもの借金が実は、うちの父親が仕向けた罠だって事を説明し、この後地道に働いても、軽く触れるだけで壊れる壺を仕掛けられて、借金は減るどころか増え続ける事を教えてあげて押し付けてきた。


 慰謝料含めて今手元にある現金800万を全て渡しておいたので、この後すぐに家と仕事を探して出て行ってくれるはず。これでヒロインのリリアに近付く心配もなくなりwinwinだ。





 その後、今後の方針をなんとなく決めた僕は父親の書斎に忍び込んでいた。

 目的は3つある。


 1つ目は父親の会社の機密情報を探る事。

 これはまあ機密だけあってその辺にポンと置いてるようなもんじゃないよね。当然のように見つからなかった。元より長期戦覚悟だ。


 僕の亡命先での立場を保証する大事な書類だけに少しでも早く手元に持っておきたい。何かの間違いで手に入らないなんて事にでもなったら、エルフの国が亡命を受けいれない可能性が高そうだし。


 2つ目はゲーム内で1回目の世界ボクを倒した時にドロップする刺突完全耐性の付いた指輪。中盤ともあって、その頃には主人公は状態異常耐性の指輪か即死耐性の指輪を使うのが普通で、完全耐性とはいえ今更刺突対策なんて装備するわけもなく、雑貨屋で即売り払われるのが常の指輪だ。


 wikiにもこう書かれている。

 Q 中ボスなのにドロップしょぼくないですか?

 A しょぼい敵からはしょぼいドロップしか落ちません。


 それでも今の僕にとってはとてつもないお宝だ。世界がドロップする=両親から与えられた品である可能性が高いと踏んで漁ってみたがビンゴだった。


 父親が愛人にプレゼントする用であろう他の宝石に混じって、机の中の小箱に乱雑に放置されていた。そのまますぐに指輪を装備する。これで少なくとも刺殺だけは防げる。


 3つ目の目的もこれで達成だ。

 なにせ僕は無能だ。破滅の未来を防ぐと言ってはみたが、それは決してゲームが始まるまでに強くなって実力で未来を掴み取るなんて前向きなものじゃない。


 自身の能力を過大評価したりしない僕が選ぶ選択は、当然逃げの一手。

 父親が破滅した後で、国の機密を手にエルフの国に亡命する事はもうわかっている。


 その後、ゲームのようにこの国に舞い戻る気など更々ない僕は、あちらの国で遊んで暮らしていけるお金が必要だ。無能な僕が人間の地位が低いエルフの国で、自力で食い扶持を稼げるはずがないもんね。


 けれど周りは群雄割拠の戦争状態。当然通貨は共通していない。そういう時に重宝するのが貴金属だ。現金なんて紙屑同然。だからこそユリアさんに押し付けてきたんだし。


 あまり派手にやるとバレそうだから一番高そうな宝石は避けて、今回はそこそこクラスの宝石を3つばかり拝借した。これからも時間をかけて少しずつ頂いていく。もちろん亡命時には父親は逮捕されてるし根こそぎ頂くよ。


 後はこれを孤児院の秘密の床下へと収納するだけ。

 まあゲームでは孤児院という名をしてるものの、実情は戦死したユニットの穴を埋める新規ユニット育成所なわけなんだけど、孤児を戦争の為に育ててると考えるとなかなかエグイよね。


 そのユニット供給源である孤児院なんだけど、ゲーム終盤で金銭に余裕ができるか、イベントの報酬で建て替える事が可能になる。建て替えのメリットは逃げる僕には関係ないので割愛する。


 その建て替え時に見つかる事になる隠し収納。逆に言えばここに隠せばゲーム終盤まで決して誰にも見つからないという事になる。


 存在を知っている場合は序盤から獲得可能だけど、知ってるのは僕のようにゲームをクリアした人だけだし。


 ついでにそこで見つかる復活の秘薬やエリクサーなんかも頂いておいた。僕が死んだ時に確実に使ってくれる仲間がいなければ無意味だけど、そこは当てがある。


 ふう、やれやれ。亡命準備もなかなか疲れるもんだね。

 なんて油断してたら孤児院を出たところでリリアとばったり出会ってしまった。


 どうしよう。さすがに正統派ヒロインだけあって慈愛に満ちた彼女は普段から孤児院にボランティアで通っているのかもしれない。


 院長先生には床下を漁る間、部屋には入らないようお願いしたし、財布に残ってた現ナマを握らせたから余計な事は言わないと思うんだけど、ここでやってる事を探られるとまずい。


 ――いや、考えすぎか。


 本来物語後半までは見つからない場所なんだし少なくとも隠す瞬間を見られない限りは大丈夫。だけど探られると厄介なのは間違いないし、リリアが大嫌いなナル男キャラで僕には近付きたくないと再認識させておこう。


「あー。リリアじゃないか。偶然僕が散歩で通りかかった場所に現れるなんてこれはもう運命かもしれないね。どうだい僕との運命だなんて光栄だろう?」


「散歩ですか……ええ、そうですね。とても光栄です」


 ……え? なんで?





―――――――――――――――





☆リリア



 以前はあんなにしつこかった世界あいつが最近絡んでこなくなった。

 それ自体はむしろ嬉しい事なんだけど、何か企んでるのかもしれないから気を付けないと。


「お母さんただいま」


「……おかえりなさいリリア」


 なんだろう。お母さんの目が赤い。まるで泣いた後みたい。

 この時間だと父親の方はいないはずだし、もしかしたら……。


「どうしたのお母さん。もしかしてあのクソナル男に何かされたの!?」


「リリア!」


 凄い形相で怒鳴られた……。お母さんがこんなに怒るなんて滅多にない……。


「えっ……」


「ごめんなさい。私にはあなたを怒鳴る資格なんてないのに……」


 どうして? なんで泣いてるのお母さん。ねぇ、あいつに虐められたんじゃないの? 以前だって私がデートを遠回しに断ったら、お母さんに嫌がらせされたじゃない。


「……覚えておいてリリア。今後もう2度と世界様を悪く言っては駄目。今まで貴女と一緒に陰口を叩いていた私が言えた事じゃないのはわかってるわ。けれど私たちは何も、本当に何もわかっていなかったの。表面だけを見て……。本当のあの方は……」


 グズグズと泣き続けるお母さんは話を聞こうにもイマイチ要領を得ない。

 急にナル男の事を悪く言うななんてどうしちゃったんだろう。しかもだなんて、もしかしたら何か脅されているのかもしれない。


 私は居ても立っても居られなくなりナル男を探しに行くことにした。

 屋敷の中で見つけたあいつはちょうど父親の書斎に入っていくとこだった。


 声を掛けそびれた事もあって、こっそり覗いてみると父親の机を漁って宝石を盗んでいるみたい。


 やっぱりナル男はクズだ。充分過ぎる小遣いを貰っておきながら、親の宝石まで盗んでいるなんて、まさにあの親にしてこの子ありってやつね。


 お母さんが何か脅されてるなら、こっちも弱味を握って脅せなくすればいい。

 そう考えた私はあいつが宝石をどこに売りに行くのか突き止めようと、追跡する事にした。




 だけど宝石を持ったあいつが向かったのは、私が想像もしてなかった場所。

 孤児院だった……。


「うそ……」


 まさか、あの軽薄なキザ男が……孤児院に寄付だなんて……。

 「私たちは彼の表面だけを見て何もわかってなかった」そうお母さんは言っていた。


 どんなに否定しようとしても、それ以外の答えが出てこない。当たり前だ。孤児院に宝石を持ち込む理由なんて他にあるはずがない。


 あまりの衝撃に隠れる事も忘れて棒立ちになっていると、孤児院から出てきた世界と鉢合わせてしまった。


「あー。リリアじゃないか。偶然僕が散歩で通りかかった場所に現れるなんてこれはもう運命かもしれないね。どうだい僕との運命だなんて光栄だろう?」


 でね。全部見てたからそれが嘘なのはわかってる。ひとつの嘘が見えた後だとこの軽薄そうな態度も、どう考えたって演技なのがバレバレだ。以前の私はそんな事すら見抜けなかった。


 冷静になって考えてみれば前からよく彼が言っている「僕に声をかけられて光栄だろう」なんて馬鹿な事を言う男を好きになる女なんているはずもない。


 しつこく口説かれて鬱陶しいだなんて勘違い女もいいとこだ。彼は初めから私に嫌われようとしていたんだから。


 そして最近絡んでこなくなったのは、予定通り目的が達成された私に嫌われたから。なんでこんな簡単な事を私は気付かなかったんだろう……。


 気に入らない。私の知らない理由で私を遠ざけようとしてる彼の行動がとても気に入らない。そっちがその気なら、こっちもこっちで動くだけだ。


「散歩ですか……ええ、そうですね。とても光栄です」


 彼はビクッと身体を震わせて驚いていた。

 ふふ、やっぱり思った通り好意的な返事が来るのは想定してなかったみたい。


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