満潮の悪態

 天子さんの言葉に教室中が湧きたつ。あぁ…隠し通すのは無理だったか。


 バレてしまっては仕方がない。俺は飛んでくるかもしれない批判から少しでも天子さんを守るために彼女の前に立つと、みんなに俺たちの事を白状する事にした。


 俺はいくら罵倒されても構わないが、彼女が罵倒されるのは避けなければならない。 


「確かに俺と天子さんはお付き合いさせてもらっている。今まで黙っていてすまなかった…。でも叩くなら俺を叩け! 天子さんは叩くな!」


 俺はみんなから罵倒される覚悟でそう言った。嫌われ者の俺が学校の人気者と付き合っているのだから罵倒されるのは当たり前だ。


 しかし…事態は俺の予想とは少し違う方向に向かった。


「やっぱりな。俺は前から薄々そうじゃないかと思ってたんだ。なんか2人とも距離近いし、九条さんは極道の事をえらく賞賛してたしな。おいお前ら! クラスメイト2人が付き合ってるんだぞ。祝福してやろうじゃないか!」


 そう言ってまず俺たちの仲を祝福してくれたのは委員長。彼はここ最近の付き合いで俺の理解者の1人となっていた。


「おめでとう!」「2人が付き合っているのにはびっくりしたけど…冷静に考えるとめでたい事だよな? おめでとう!」「極道君! 九条さん! おめでとう!」「くぅ~…俺九条さん狙ってたのに…。羨ましいぞ極道!」「天子っち顔真っ赤ー。可愛いー!」


 委員長の言葉がきっかけとなり、ここ最近の人助けによって俺の内面を理解してくれているクラスメイトたちは率先して俺と天子さんの仲を祝福してくれた。


 周りの他のクラスメイトたちもそれに続いた。なんだかんだ言ってクラスメイト同士が付き合ったというのはめでたい事なのだろう。


 これは俺にとって予想外の事だった。…天子さんは人気があるからてっきり批判されるものだとばかり思っていた。


 俺は生まれて初めて周りの人たち…複数人から認められるという喜びを味わった。


 個人が俺を認めてくれたというのはこれまでもあったが、これほどまでに大勢の人間から同時に認められたというのは初めての経験だったのである。


 俺と天子さんは周りからの祝福を照れながら受け取った。


「おい! ちょっと待てよ!」


 が…事態は上手い方向にだけは進まなかった。当然ながら俺たちの仲を批判してくる奴もクラスにはいる。その筆頭は満潮だ。


 彼はイラついた表情をしながら天子さんの方に近寄る。俺は天子さんを守るために彼と彼女の間に立った。


「九条、極道と付き合うなんて正気か!? こんなクソみたいな奴の一体どこが良いんだよ!?」


 彼の言葉にクラスのモテ男連中が頷く。彼らはいずれも天子さんを狙っていた連中だ。自分たちを差し置いて天子さんが俺を選んだのが気に入らないのだろう。


「極道! お前九条と別れろよ! お前みたいなゴミが付き合っていい相手じゃねえぞ! 九条を汚すな!」


 こういう批判がある事は覚悟していた。


 でも俺は…自分を認めてくれた彼女の事が大好きで…彼女を絶対に離さないでいるつもりだったので、その批判は受け入れられなかった。


 何と言われようと俺は彼女と別れるつもりは無い。一生かかっても彼女に恩を返す。そしていつか…彼女にふさわしいと言われる男になる。そう決めていた。


「残念だが俺は天子さんと別れるつもりは無いよ。俺は彼女の事が大好きだから!」


「よ、善人君!?////」


 俺はそう言って天子さんを抱き寄せた。天子さんは最初こそ赤い顔をして戸惑っていたが、やがて俺と同じく決意に満ちた顔になると満潮に向き直って言葉を放った。


「わ、私も善人君の事が大好きだから別れるつもりは無いよ!」


「キャー! 2人はラブラブよー」「三角関係勃発か?」「満潮、お前にもう芽は無いから諦めろよ…」「もうあそこまで2人の関係は進んでいるのか」


 俺たちの決意を聞いた周りのクラスメイトたちから黄色い声が上がる。だが満潮はそれを聞いて更に激昂した。


「はぁぁぁぁぁ!? 意味わかんねぇ!? …分かった。九条は極道に洗脳されてるんだな! 極道! お前、ヤクか何かを使って九条を洗脳しただろ!」


「そんなもんこの世にある訳無いだろ…。常識的に考えろよ」


 俺は彼の言葉に冷静に反論した。彼の言うように人を洗脳する薬がこの世にあるのであれば、反社会組織が世界を牛耳っているはずである。


 …エロ漫画やAVの見すぎじゃないかね?


 それでも納得できない満潮は天子さんに詰め寄った。


「九条、考え直せ! こいつは極悪人だぞ!? 隣のクラスの女子をソ〇プに落とし、学校でヤクを売りさばき、人を10人ぐらい殺してる…そんな噂のある奴だぞ!」


「…それは全部根も葉もない噂でしょ? 善人君の顔が怖いからって適当な事ばかり言わないで。善人君はそんな事しないよ。とっても優しい人だから。それに…もしその噂が本当なら善人君はとっくに警察に捕まってると思う」


「警察が無能なんだよ! この国も警察の無能さは九条も良く知ってるだろ? だからこいつはまだ捕まってないだけなんだ!」


 満潮のあまりの暴論に彼の話を横で聞いていた委員長が反論した。


「おいおい満潮、いくらなんでもそれは警察を馬鹿にしすぎだ。ソ〇プに落とした? ヤクを売ってる? 具体的にそれは誰の話なんだ? 隣のクラスの女子で実際にソ〇プで働いている奴なんていないし、この学校にヤクが蔓延してるのなら薬物中毒の症状のある奴がいるはずだがそんな奴は見た事ないぞ。本当に極道がそんな事をしたのなら警察がすでに動いている。それは所詮噂なんだよ」


「そうよそうよ! それは全部根拠のない噂でしかないわ。極道君は顔は怖いかもしれないけど中身はとっても優しい人よ」


「…ごくどーは善人!」


 委員長に続いて近衛さんとみーちゃんが俺の事をフォローしてくれる。ありがとう…みんな。


 俺の理解者たちのフォローに満潮は怯んだ。


「クッ…。お前らみんなこいつに騙されてんだよ! ちょっといい事しただけで良い奴扱いかよ。ハッ! 悪人は好感度を稼ぐのが楽で良いねぇ!」


 こいつ…。俺が今まで人に内面を見て貰えるようになるまでどれだけ苦労したと思ってるんだ。好感度を稼ごうとしてもその前に「顔が怖い」と言ってみんな逃げていくんだぞ。


 …決して楽な道のりではなかった。沢山の辛い思いもした。天子さんの協力や数々の苦難の末に今の俺の評価があるのだ。


 今までの俺なら彼の言葉にブチ切れていただろう。でも今は違う。俺にはちゃんと俺の努力を見て内面を理解してくれている友人たちがいる。それが心の安寧になって怒りを抑え込んだ。


 俺は彼にも自分の内面を理解して貰おうと歩み寄る姿勢を見せた。


「なぁ満潮、俺は顔が怖いだけで悪い事なんてしてないんだって」


「んな訳ねぇだろこの犯罪者が! 分かった…じゃあ俺が証拠を調べてお前の悪行を暴いてやるよ! 覚悟しとけ極悪人!」


 満潮はそう言うと荒々しく扉を開けて教室を出て行った。


 彼が出て行った後の教室では「あんなの気にしなくていいよ」とクラスメイトたちが俺たちの事を慰めてくれた。…みんなには感謝しかない。


「善人君の行動への正当な評価だよ」


 天子さんは笑顔で俺にそう言った。…俺の今までの努力はちゃんと実を結んでいたのだ。



◇◇◇

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