少しずつクラスに馴染み始める俺

 俺は九条さんや仲間たちのサポートもあって少しずつではあるが…クラスに溶け込み始めていた。具体的に言うと九条さんの手伝いを通して仲良くなった委員長や鈴木をはじめとした連中が俺に話しかけてくるようになったのだ。


 ちょっとずつちょっとずつ…俺の理解者は増え、交友関係は広がりを見せている。


 更に嬉しかったのは彼らが俺の悪い噂を否定してくれた事だ。


 ある時、未だに根も葉もない悪い噂を信じて俺に話しかけてこようとする委員長や鈴木を止めようとストップをかけたクラスメイトがいた。


 「極道は碌な奴じゃない。あんな悪人に話しかけるのは止めるべきだ」と。


 そいつからすると悪い噂のある俺と仲良くしようとしている彼らを止めたかったのだろう。


 しかしそう言われた委員長や鈴木は俺の事をちゃんと内面を見て判断してくれたらしく、そのクラスメイトに「その噂は嘘だ。極道はそんな奴ではない」と説得してくれたのだ。


 それを聞いた俺が歓喜したのは言うまでもないだろう。


 俺の今までの努力が実を結んだのだ。もしかするとクラスメイト全員が俺の外見に対する偏見を解いてくれる日もそう遠くないかもしれない。淡い願望ではあるが、俺はそう思い始めていた。


「極道、ちょっと仕事を手伝ってくれないか?」


「ああ、了解だ」


「極道、お前…最近笑顔が多くなったな」


「そうか? 自分ではあまり実感がないけどな」


「ああ、なんというか…雰囲気が柔らかくなったというか、話しかけやすい。前よりは今の方がずっといいよ。内面が分かってもお前の顔が怖いのは変わらんからな。ハッハッハ!」


「うるせぇ!」


 今も委員長が俺を頼って声をかけてくれている。俺はそれを快く承諾した。委員長と俺の仲は冗談を言えるぐらいにまで成長していた。もはや彼とは「友人」と言っても過言ではないだろう。



○○〇



 そしてその日の昼休み、最近の俺たちはいつものメンバー…俺、九条さん、茂雄、近衛さん、みーちゃんの5人で中庭に集まって昼食を食べるのが日課になっていた。


「はい、極道君。私の手作り弁当だよ。あ、味わって食べてね///」


「あ、ありがとう九条さん///」


 本日はなんと九条さんが俺に手作りのお弁当を作って来てくれていた。昼飯はいつも購買のパンばかりかじっていた俺を見かねた九条さんが「それでは健康に悪い」と栄養のバランスを考慮したお弁当を作ってくれたのだ。


 自分の恋人の手作り弁当…嬉しくないはずがない。俺はドキドキしながら弁当箱の蓋を開けた。


 中に入っていたのは俵状に握ったおにぎり、お弁当の王道である唐揚げと卵焼き、そして不足しがちな野菜を摂取できるポテトサラダ、後は色合いを考慮してプチトマトが入っていた。


 もちろんそれらは冷凍食品やスーパーで売っているお惣菜をそのまま突っ込んだものではない。全て九条さんの手作りである。


「うわ…すげぇ美味そう。羨ましいぜ善人!」「天子むっちゃ気合い入ってるじゃん、いつもはもっと手抜…「沙織、うるさい」」「…美味しそう。…じゅるり」


「さっ、極道君食べて食べて♪」


 九条さんは笑顔でそう言いつつ俺をせかす。俺は彼女にせかされるままに弁当に手を付けた。


 …まずは唐揚げからだ。俺はそれを口へと運ぶ。


 うん、スパイシーなタレが肉に染み込んでいて凄く美味しい。これはご飯が進みそうだ。俺は同時におにぎりも頬張った。ちょうど良い感じに握られたおにぎりが口の中でほどける。塩加減も絶妙でこちらも美味しい。


 次に卵焼き…焼き加減は完璧。口の中に入れると卵がフワリと優しくとろけた。出汁が混ぜてあるらしく、噛むとなんとも奥深い味がした。醤油をつけなくても十分美味しい。


 最後にポテトサラダ。ホクホクとしたじゃがいもにキュウリや玉ねぎのシャリシャリとした触感が合わさって見事なハーモニーを生み出している。このポテトサラダならいくらでも食べられそうだ。


 俺はあっという間に彼女の作ったお弁当を平らげてしまった。


「美味しかったよ。ありがとう九条さん」


「えへへ♪ 極道君は美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるなぁ…。また作って来るね♪」


「あーあー出たよバカップル! …あたしも彼氏欲しーなー」「お前らもう結婚しろよ!」「…なんかこの辺りの気温上がった?」


 俺たちの仲の良さを目の当たりにした3人がヤジを飛ばしてくる。…こう言われるのはまだ慣れない。俺たち2人は揃って赤面した。


「そう言えばさ…」


 俺たちの方をジト目で見ていた近衛さんが突然何かに気づいたような表情をして尋ねて来る。


「2人って付き合ってもう結構経ってると思うんだけど…未だに名字で呼び合っているんだね?」


「えっ?」


 言われてみれば確かに…彼女と付き合ってもう3週間ほど経つが、俺たちはお互いに「九条さん」「極道君」と名字で呼び合っていた。


「えっと…下の名前で呼んだ方が良い?」


 俺は九条さんにそう尋ねてみた。なにぶん俺にとって初めての恋人なので勝手が分からないのだ。


「う、うん…そっちの方が恋人感が増す…よね? 私は下の名前で呼んで欲しいかな…///」


 九条さんは恥ずかしそうにモジモジしながらそう答えた。そうか…九条さんは下の名前で呼んで欲しいのか。ならば…。


「て、天子さん!」


「ふぁ、ふぁい!///」


 俺の呼びかけに天子さんは顔を赤面させて応答した。彼女の名前を呼んだ俺も恥ずかしくなって同じく赤面してしまう。


 …名字で呼ぶ分には抵抗がなかったけど、下の名前で呼ぶのはやはり少し恥ずかしい。


 周りの3人はニヤニヤしながら俺たちの様子を見守っていた。


「つ、次は私の番だね…。よ、善人君…」


「お、おう…///」


「「…//////」」


 俺たちはまたもやお互いに頬を火照らせた。


「もぅ~2人とも初々しくて可愛いなぁ!」「…そーきゅーと」「くぅ~…俺も彼女欲しいぜ!!!」


 俺たちは昼休みが終わるまでずっと3人に弄られた。


 しかし、これが後にトラブルを引き起こす事になろうとはこの時の俺たちは予想していなかったのである。



◇◇◇

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