九条さんのお手伝い その2

 5月も終わり6月になった。梅雨の時期らしく窓の外を見ると雨がザァザァと降り注ぎ、湿気た空気が校内を包みこんでいる。


 現在俺のクラスでは席替えが行われていた。他のクラスではどうかは知らないが、このクラスでは担任の教師の気まぐれにより席替えが行われる事になっている。


 個人的に席替えは小学生の時から嫌いな行事の1つであった。理由は簡単。クラスメイトたちが俺の近くの席になるのを嫌がるからである。


 基本的に俺の席の近くになった者は俺とは関わらないように席を少し離すし、眼もあわせようとはしない。…小学生の時などは俺の隣になるのが嫌なあまり泣き出す生徒もいたぐらいだ。


 更に悪い事に本人たちは俺に聞こえていないと思っているようだが、少し離れた所で「あいつの近くの席になったの最悪なんだけど…」と陰口も叩いてくるのである。そのような経験が積み重なって俺は席替えが苦痛になっていった。


 前回の席替えではたまたま仲の良い茂雄が近くになったから良かったが、今回の席替えでも彼が近くになる保証はない。


 できれば茂雄や九条さん、あと近衛さんやみーちゃんあたりが近くにいてくれるとありがたいのだが…こればっかりは運なのでどうしようもない。


「次ー、極道君!」


 先生に呼ばれて俺は席替えのクジを引きに行く。


 ウチのクラスの席替えはクジ引きの中に1~30までの番号が書かれた紙が入っており、そのクジに書かれている番号の席に移動するタイプの席替えだ。


 俺は箱の中からクジを引く。書かれていた番号は「30」だった。教室の窓際の1番前の席から順に1、2、3…と番号が割り振られているので「30」番の席は廊下側の1番後ろの席になる。


 …窓際の1番後ろの席から廊下側の1番後ろの席に移動か。まぁこの席は他の席に比べると接する人の数が少ないのがまだ救いだ。陰口を言われる人数が他の席に比べると少なくて済む。


「全員クジ引いたかー? それじゃあ移動開始ー!」


 教師の号令に従ってみんなが机を移動させていく。


 さぁて…俺の近くには誰がなるかな? 早々に机を移動させた俺は他の人が移動してくるのを待った。


 数分後、俺は自分の目を疑った。


「えへへ♪ 極道君、隣の席だね」


 俺の隣になったのはなんと九条さんだったのだ。何という幸運だろう、自分の彼女が隣の席になるなんて…。そして更には…。


「おっ、また前後の席か。よろしくな」


 前の席に茂雄。


「おっ、天子に極道君、それに塁智君じゃん。ヨロー!」


 左前の席には近衛さん。


「…わたしだけ少し離れている」


 九条さんの左隣…つまり俺の2つ隣の席にはみーちゃんが座っていた。


 一体どんな偶然なのだろう。俺の周りには俺と仲の良い人たちが集まっていた。まるで一生分の幸運をこの席替えで使ってしまったかのような気分だ。


 ありがとう神様! これでしばらくは快適に過ごせそうです。


「聖女様可哀そう…。極道の隣だなんて…」「ああ…俺たちの聖女様が極道に穢される…」


 なんか他のクラスメイトから陰口が聞こえてきているが、そんな事は気にならないぐらい俺は幸福な気分だった。



○○〇



 席替えが終わると1限目の授業が行われる。1限目は数学の授業だった。バーコード頭の初老の教師が黒板に数式を書いて教科書の内容を説明する。


 …俺個人は数学が得意なので別にどうとも思っていなかったのだが、この数学担当の教師は教え方が下手で授業内容が分かりにくいと評判らしい。横目でチラリとクラスを確認すると難しい顔をしながら教師の説明を聞いている人が多かった。


 そして授業終了後…案の上クラスメイトの女の子が教科書をもって九条さんに先ほどの授業で分からなかった所を質問しに来ていた。九条さんは成績も優秀なのでよくこうやって他の生徒が授業内容を質問しに来るのだ。


 九条さんはその女の子に質問された内容を丁寧に答えていく。だが先ほどの授業内容がよほど分かりにくかったのか、九条さんに教えを乞う生徒が彼女の机の周りに2、3人列を成していた。


 九条さんもそれを確認すると少し驚いた顔をする…が、すぐに何かを閃いた表情になると俺の方を見てほほ笑んだ。


「極道君、鈴木君たちにこの部分を教えてあげてくれないかな? 確か数学得意だったよね?」


 俺はすぐに九条さんの言葉の意図を理解した。おそらく…俺にクラスメイトの分からない所を教授させる事で俺の内面を他のクラスメイトに理解して貰おうというのだろう。


 俺はもちろんそれを承諾した。せっかく彼女が機会を作ってくれているのだから、それをみすみす逃す手はない。俺の内面をクラスメイトに理解して貰う絶好のチャンスだ。


「OK! どこが分からないんだ?」


 俺は再び数学の教科書とノートを取り出すと、そのクラスメイトたちにそう尋ねる。


 そのクラスメイトたちは「えっ…極道に教えてもらうの?」「そ、それは…」と困惑した表情をしていた。


 しかし九条さんから「大丈夫、極道君優しいから。それに数学は私よりも極道君の方が成績いいから分かりやすいと思うよ」と声をかけられると、流石に彼女の提案を断るのは悪いと思ったのか渋々俺の方にやって来た。


 俺は彼らを怖がらせないようにできるだけ笑顔になると彼らの質問に優しく答えていく。


「ああ…ここか。ここはだな…」


「あっ、そういう事だったのか…」


 その坊主頭の男子は俺の説明で理解したようだった。


「あ、ありがとう…極道」


「いいって事よ。分からない所があったらいつでも聞きに来てくれ。数学は得意だからさ」


 彼は戸惑いながらも俺に礼を言ってくる。俺はそれに対しフレンドリーに返した。少しは…俺の内面を理解してくれたかな?


「あ、ああ…。極道…なんか聞いてた性格と違うな」


「鈴木、極道君のあの噂は嘘だから。信じない方がいいよー」


「えっ…そうなのか。すまん」


 左前の席に座っていた近衛さんがクルリと俺の方を向いてフォローしてくれる。


 ありがたい…。俺の内面を理解してくれている近衛さんが俺の事をサポートしてくれ、そしてそれがまた俺の内面を理解してくれる人を増やす事につながっていく。彼女たちの厚意に俺は感謝した。


 少しずつ、少しずつ俺の内面をクラスメイト達にも理解して貰おう。



◇◇◇

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