聖女様の家で2人きりで…

「極道君は紅茶とコーヒーどっちが好き?」


「あ、じゃあ紅茶で…」


「りょーかーい♪」


 俺は九条さん宅の客間に通されると椅子に座らされて紅茶とケーキ、それに名前が分からない西洋風の菓子をお礼としてご馳走される事になった。これ何て言ったっけ? フィ、フィナン…なんちゃら。


 彼女は自分の分の紅茶を入れ、俺の対面の席に座る。客間には俺と彼女の2人しかいない。九条さん曰く…俺と積もる話があるらしいので天男君には自分の部屋にすっこんでいて貰ったそうだ。両親は出かけているらしい。


「コホン…まずは極道君、横断歩道の件と車いすの件はありがとう。本当に助かったよ。貴方がいなかったら私1人ではどうしようもなかったと思う」


 九条さんは俺の前で優しい笑みを浮かべながら感謝を述べる。俺はそれだけで嬉しくて昇天しそうになった。


「あ、ああ。別に大した事はしてないよ。困っている人を助けただけだから」


「ううん、あの時困っていた私たちを助けてくれたのはあなた1人、中々出来る事じゃないよ。やっぱり…極道君は優しい人。天男から聞いていた通り…」


「っ…/////」


 俺はそう言われて九条さんの顔をまっすぐに見れなくなった。彼女が俺の外面ではなく、内面を見て評価してくれるのが純粋に嬉しくて、今まで自分がやって来た事が実を結んだ気がして、感動で目から涙が溢れそうだった。


「それに…私を陰からずっと助けてくれてたのも極道君でしょ?」


「…えっ?」


「2週間ぐらい前…夕闇さんが私の机にイタズラしていたのを止めてくれたのもあなた。私の気を引こうと言い争っていた2人を止めてくれたのもあなた。あとは…数日前に私の大事なハンカチを変態から取り返してくれたのもあなた…」


「…気付いてたの?」


 彼女の言葉に心臓がビクンと跳ねた。…隠れてやっていたつもりだったのに全て彼女にバレていたとは…。


 あっ、そういえば…俺が夕闇たちから九条さんの机の中身を救った時と三橋からハンカチを取り返した時に教室の外から不自然に聞こえてきた物音があったな。


 あれ…もしかして九条さんだったのか?


「うん、夕闇さんの時は私。あの時は夕闇さんがまさかあんな事をするとは思わなくてびっくりして逃げちゃったの。ごめんね。あの時すぐにお礼を言えなくて…。ハンカチの時は私の友達が教えてくれたの。ほら、私の友達で黒髪ツインテールの子がいるでしょ? あの子。それからずっとお礼を言いたかったんだけど…極道君が私を避けるから」


 彼女は再びジト目で俺を睨む。


 ううっ…それに関しては仕方がない。九条さんと必要以上に接していると自分の立場をわきまえられなくなりそうでダメなのだ。…想いが暴発してしまう。今だってすぐにでもこの場を立ち去りたいぐらいだ。


「それにお礼のクッキーを椅子の上に置いていたのに受け取ってくれないし…」


「えっ? あのクッキーって俺宛だったの?」


「そうよ。名前を書いておかなかった私も悪いんだけど…。そもそもな話、どうして私を避けてたの?」


 九条さんがジト目のままズイッと机から身を乗り出して俺の目を見つめてくる。綺麗な彼女の顔が俺の数センチ前にある。


 近い近い…。心臓の鼓動がドキンドキンとうるさく暴れ狂う。


「俺が近くにいると九条さんに迷惑がかかるかもしれないし…」


「そんな事を心配してたの? もし極道君の事を悪く言うような人がいたらちゃんとあなたの事を説明するわ。極道君は優しい人だって…」


 彼女のその言葉に俺の目じりに涙が溜まる。俺なんかのためにそこまでやってくれるなんて…。あぁ、彼女は正真正銘の「聖女様」だ。外見で人を判断するのではなく、中身をちゃんと見てくれる優しい優しい聖女様。


「それと…今度こそ受け取ってくれるわよね、お礼のクッキー! 少し時間は経ってるけど美味しいはずだよ。なんせ私が作ったんだからね♪」


 彼女は机の上にいつか見た透明なビニールにピンク色のリボンを巻き付けた袋を置いた。袋の中に入っているクッキーの数も前見た時より倍以上に増えている。


「…あ、ありがとう」


 俺は胸中が感動で一杯でそう答えるのが精一杯だった。ヤバい。男泣きしそう…。


 九条さんの手作りクッキー…。あっ、でもクッキーすり替えたからこれ俺の作ったクッキーだ。


 …そうだ。その事を九条さんに謝るのを忘れていた。


「く、九条さん。申し訳ないんだけど…」


「何?」


 俺はクッキーの件を九条さんに説明し、謝罪した。


「すると何? 夕闇さんは私のクッキーを水浸しにしたって事? で、極道君は自分のクッキーを私のとすり替えた…と。どおりでなんか焦げてるなぁと思ってたのよねぇ…」


「あ、ああ。ごめん、止められなくて…」


「極道君が謝る事じゃないわ。悪いのは夕霧さん。はぁ…今度ちゃんと言っとかないとなぁ。『私は満潮君には興味がありません。だから嫌がらせやめて!』って」


 彼女はこめかみを押さえて悩まし気にそう言った。…彼女も人間関係に苦労しているんだろうな。「聖女様」と呼ばれて周りの人たちに慕われてはいるけど、夕闇みたいにそれをやっかむ人もいるんだろう。


「また…極道君に感謝しなくちゃいけない事が増えちゃった」


「いやいや、もう十分貰ったよ。…俺ちょっとこの後用事あるから!」


 俺はそそくさと席を立ちあがると帰る準備をする。本当は用事などない。これ以上ここにいると自分が本当にダメになってしまいそうなので撤退するのだ。


 …さきほどから心がうるさい。鍵を掛けた気持ちが表に出ようと必死に扉を蹴っている。


 せっかく自分の内面を見てくれる人を見つけたのに、余計な事をして嫌われたくはない。彼女とはこのまま良い友人…そう、友人で十分なのだ。


 それ以上の関係を望むだなんてそんな事は…許されない。


「あっ…待って、まだ最後のとっておきのお礼をしてない」


「えっ、まだあるの?」


「目を瞑って」


「?」


 俺は彼女の指示通りに目を瞑る。何だろう? 何をくれるのだろうか?


 そう思って待機していると当然「チュ」と俺の右頬に生暖かい感触がした。


 …えっ、これって? 


 俺が目を開けると九条さんは後ろを向いていた。髪の隙間から少しだけ見える彼女の頬が真っ赤に染まっている。


「これが私の気持ち! ちゃんと受け取ってね!//// 誰にもはやらないんだからね。そういう事!////」


 彼女は後ろを向いたまま恥ずかしそうにそう言った。


 気が付くと俺は自宅の自分の部屋にいた。どうやって九条さん家から帰って来たのかは覚えていない。だけど彼女におそらく「キス」されたであろう右頬だけは…未だに熱く、熱を放っていた。



◇◇◇


お試し連載はここまでとなります。評判が良ければこのまま本格連載に入ります。


もしこの物語の続きが気になる。ヒロインが可愛い! と思ってくださった方は☆での評価をお願いします。

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