逃げようとするも聖女様に捕まる

「…えっ? く、九条さん!?」


 なんと天男君のお姉さんは我が高校の聖女・九条さんだったのだ。彼女の顔を見て心臓がドキンと跳ねる。


 …どうしよう? もう彼女と直接的に関わるつもりは無かったのに。


 いつも学校で見ている制服姿とは違い、今日は休日なので私服を着ていた。ガーリッシュスタイルにまとめたファッションは可憐な九条さんにとてもよく似合っており、彼女の魅力をより引き立てている。


 とても可愛らしい。今日の彼女は聖女でもあり、天使でもある。俺の心はときめいた。


 …だがこのまま彼女と接していては心の奥底に鍵を掛け封じ込めた感情があふれ出てしまう可能性がある。


「そ、それじゃ俺はこれで…」


 なので俺は急いで彼女の前から立ち去ろうとした。自分の心の鍵が壊れてしまう前に…。


「待って極道君!」


 しかし彼女は何故か俺の腕を掴んで引き留めてきた。全体重をかけて俺の腕を引っ張っているらしく、前に進めなくなった俺は仕方なく彼女の方に振り返る。


 九条さんの横で車いすに座っている天男君は「2人は知り合いだったの?」という顔をしていた。


「な、何かな九条さん?」


「お、お礼を…させてくれないかな? 今回の件もそうだし、あと…色々と」


「べ、別にこれくらい気にしないで」


 俺がそれを断ると彼女は「ムッ」とした表情をして俺に詰め寄る。


「私がしたいの! 私は極道君に色々と恩がある、そして恩がある人には恩を返す! 当然の話です!」


「は、はい」


 九条さんはいつにもない様子でそう言った。…こんなに押しの強い九条さんは初めて見た。俺は彼女の雰囲気に気圧けおされて渋々それを承諾した。


「やっと…極道君を捕まえられた」


 俺がそれを承諾すると彼女は「ホッ」と胸をなでおろした。そしてジト目で俺を睨み、話を続ける。


「極道君…最近私を避けていたでしょ?」


「う゛っ…」


 気づかれていたのか…。自然な感じでスルーしていたと思ったんだけどな。


「極道君には確かめなければならない事が沢山あるの。こんなところで話すのもアレだから一旦場所を移しましょう。そうだ! 私の家でお菓子をご馳走するっていうのはどう?」


「く、九条さんの家で?」


「…嫌なの?」


「あっはい。大丈夫です」


 九条さんは再び俺をジト目で睨むと圧力を放ちながらそう言った。今日の九条さん…本当に押しが強いな。学校外だからだろうか?


「わーい、お菓子お菓子!」


 お菓子という単語に天男君が喜んでいる。…しかし参ったな。今日の俺は子供会に出た後はすぐに帰宅する予定だったので上はTシャツにジャケット、下はジーパンという非常にラフな格好だ。


 とてもじゃないが…女の子の家にこれから伺いますという格好ではない。しかも高校で「聖女」と慕われる九条さんの家にこれから行くのだ。…バチなんて当たらないよな? 


 九条さんはニコニコとこちらを見ている。今から「やっぱ無理」と言えるような雰囲気ではない。覚悟を決めるしかないか…。


「じゃあ私の家まで案内するね」 


 彼女はそう言うと天男君の乗った車いすのハンドルを意気揚々と掴む。しかし車いすはその場から動かない。


「あっ…そういえば壊れてるんだった///」


 どうやらまだ車いすの調子が悪いらしく、車輪が動かないようだ。彼女は少し赤面して俺の方に向き直る。


「コホン…/// 極道君…申し訳ないんだけど、家まで天男をおぶってくれないかな? その分お礼は弾むから…。車いすは私が持ちます」


「了解、それくらいならお安い御用だ」


 俺はそんな可愛らしい彼女を見て苦笑しながらそれを承諾した。九条さんの家はここから10分ほどらしい。


 俺が天男君をおぶり、九条さんが壊れた車いすを折りたたんで持ち運びながら隣を並んで歩く。…あの「聖女」と呼ばれる九条さんと並んで歩いている。ただそれだけなのに俺の心臓はバクバクと高鳴っていた。


「うわー! 善人お兄ちゃん高ーい!」


 俺におぶられた天男君は普段よりも高い所から見る景色が珍しいのか、興奮した様子でそう叫んだ。


「こら天男、極道君にあまり迷惑かけちゃダメよ」


「うん! でもあれだね。善人お兄ちゃんとお姉ちゃんが2人並んで歩いているとなんだか恋人同士みたいだね」


「うっ…/////」


「こら天男!////」


 天男君のいきなりの爆弾発言に俺と九条さんは揃って赤面する。俺が九条さんと恋人だなんておこがましい。天男君…あまり俺に九条さんを意識させないでくれ。本当に心の底に閉じ込めた想いが爆発してしまいそうになるから。


「そう? 僕は善人お兄ちゃんとお姉ちゃんはお似合いだと思うよ。2人が恋人になってくれたら僕は嬉しいなぁ! 善人お兄ちゃん知ってる? お姉ちゃんってね、家ではお兄ちゃんの事ばかりはな…」


「天男、いい加減にしなさい!//////」


 九条さんは真っ赤になりながら天男君の頭を「バシッ」と叩いた。…こんな九条さん初めて見た。家族がいるから素が出ているのだろうか?


「お、おほほほほ! き、気にしないでね極道君、本当に天男ったら…//// …天男はおやつ抜きね」


「ええー! そんなぁー!」


 九条さん、最後の「おやつ抜きね」の部分はガチトーンだったぞ…。学校では「聖女様」と言われている彼女にまさかこんな一面があったなんて…今日は驚きの連続だ。天男君にはある意味感謝しないとな。


 そんな感じで歩く事10分、俺は九条さんの家に到着した。何気に女の子の家に上がるのは俺の人生で初めての事である。



◇◇◇


ヒロインに捕まってしまった主人公…もう逃げられない。

九条さんが結構押し強いのは今後の伏線です

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