聖女様は俺を庇ってくれる

  俺と九条さんが話していると生活指導の熊本が竹刀を手に持ち、怒りの形相をしてやって来た。その横には満潮もいる。おそらく彼が教師に泣きついたのだろう。


 めんどくさいなぁ。


「おいコラァ極道! お前イジメしとんちゃうぞコラァ!」


 熊本は俺の近くまでやってくると鼻息を荒くして俺にそう詰め寄った。息臭ぁ…。タバコとコーヒーの匂いの混じったゲロみたいな香りがする。


「俺はこいつが九条さんに襲い掛かろうとしていた所を止めたんですけど、それを恨んで次は俺をイジメて来たんです!」


 図体のでかい熊本の後ろに隠れながら満潮が俺を指さしそんな事を言う。どうやら彼の中ではそういう事になっているらしい。


「俺はなぁ…お前が他の生徒をイジメているんじゃないかと昔から疑っとった。やっと尻尾を現したな極道、あぁ!? しかもよりにもよって満潮の様な模範的な生徒をイジメよってからに…。お前が九条にちょっかいをかけている所を止めようとしたのを根んで満潮をイジメたらしいな。お前に良心という物は無いのか! えぇ!? 今から生徒指導室に来い! みっちり説教してやる!」


 あぁ…どいつもこいつも腹の立つ。人が悪人面をしているからといって…そうと決めつけ言いたい放題言いやがって…。また俺の中で怒りのゲージが溜まっていった。


「俺はそんな事してませんよ」


 俺は熊本を睨みつけながらそう言った。俺がひと睨みすると熊本は少し怯んだが、すぐに態勢を立て直し俺を糾弾した。流石に反抗的な生徒の対応には慣れているらしい。


「教師に向かってその目つきはなんだコラァ!!! 『そんな事してない』だって!? 誰がお前の言う事なんて信じると思うんだ! 不良生徒のお前と模範的生徒で更に親が県議会議員をやっておられる満潮、どっちが正しい事を言っているかなんて明白だろ! いいから来い!」


 熊本が俺の腕を掴んで生徒指導室へ連れて行こうとする。熊本の後方を見ると満潮が「ざまぁねえな」という顔をしてほくそ笑んでいた。熊本の理不尽な対応と満潮のナメ腐った態度に俺はブチ切れそうになった。


 教師というものはもっと生徒に寄り添って話を聞くものではないのか?


「…いい加減にし」


「極道君」


 堪忍袋の緒が切れようとしたその時、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。「ハッ」として振り向くと九条さんが俺の制服の裾を引っ張りフルフルと首を振っていた。俺は彼女の顔を見て冷静さを取り戻した。


 …そうだ。俺がこのままブチ切れたらまたさっきと同じ事の繰り返し。


 この悪人面の通り、内面も悪い人間だと勘違いされたままになってしまう。ここはグッと我慢して事情を説明するべきなのだ。先ほど九条さんに言われた事をもう忘れるとは…恥ずかしい。


 俺は深呼吸をして高ぶった気を落ち着かせると、熊本に向き直った。


「先生、まずは話を聞いてくださいよ。俺は九条さんにちょっかいをかけてませんし、満潮をイジメてはいません」


「誰がお前の言う事なんか…」


「先生、本当です。私は極道君とお話していただけです」


 九条さんは俺の前に進み出ると熊本にそう言った。どうやら俺の事をフォローしてくれるらしい。


 九条さんのその発言に熊本が驚いた顔をして俺と彼女の顔を見比べる。流石の熊本も他の生徒や教師の信頼厚い「聖女様」の意見は聞かざるを得ないようだ。 


「う、うむむ…。本当に話していただけなのか? 何か悪い事をされていたりしてないか?」


「はい、たまたま放課後一緒になってお話していただけです。何もされてません」


「嘘だ! 九条とこいつが話す事なんて何もないだろ! 九条はこいつに脅されてこんな事を言わされているんだ!」


 またもや満潮が熊本の後ろから顔だけだして余計な事を言ってくる。…お前はもう黙ってろよ。


「帰る時間が重なったから『一緒に帰らない?』って話をしてたんですよ。ね、極道君?」


「あ、ああ。その通りだ」


 九条さんはこちらを向いて「話を合わせて」という目線を送って来る。本当はそんな話なんてしていないのだが、ここは彼女に合わせた方がいいだろう。


「そこに満潮君が勘違いをして話に割り込んできたんです。で、それに怒った極道君が満潮君を少し睨んだんですけど…イジメなんてしてません。極道君はそんな事をする人じゃないですよ!」


 九条さんは熊本に今までの経緯をキチンと説明してくれる。


 俺の心は彼女のその行動に感動の気持ちで満ち溢れていた。思わず涙が出そうになる。今までの人生でここまで俺の事を庇ってくれた人なんてほとんどいなかったからだ。せいぜい身内と…それ以外では仲の良い茂雄ぐらい。


 九条さんと俺は別に仲が良いという訳でもないのに、ここまでしてくれるなんて…。


 やはり彼女はいい人…いや、ここまで来るともはや「聖人」の域に達しているかもしれない。「聖女様」と言われるだけの事はある。


「お、おお、そうか…。だそうが満潮?」


 彼女の説得に熊本は自分の後ろに隠れている満潮の方を見る。


「…クッ。…すいません、先生。どうやら俺の勘違いだったみたいです。お手数をおかけしました。九条もごめんな」


 満潮は悔しそうな顔をしていたが、ここは自分の形勢が不利だと悟ったのか素直に引く事を選択した様だ。…が、あくまで謝罪するのは教師と九条さんに対してだけで、俺への謝罪は無かった。


「勘違いならいいんだ。以後、気を付けるように。極道も他人から勘違いされるような行動は慎めよ」


「はーい、すいませーん」


 熊本はそう言うとドカドカと職員室に戻って行った。最初は俺に対してボロカスに言っていた癖に…勘違いだと分かるとこれだ。都合のいい奴だ。よくこんなんが教員なんてやっているな。


「…覚えてろよ」


 満潮も熊本がいなくなるとその場から去ろうとしたが、去り際に俺にだけ聞こえるようにボソッと恨み事を言ってきた。


 おいおい…自分の勘違いで恥をかいたからって今度は俺に八つ当たりかよ。性格悪いな。なんでこんな奴が人気あるのか理解に苦しむ。顔さえ良ければ性格は気にしないって人が多いのかね?


 めんどくさい奴らが消え、やっと廊下には俺と九条さんの2人だけになった。精神的な疲労感がドッと肩にのしかかる。


 そうだ。こうしちゃいられない。九条さんに庇って貰った礼とクッキーの件の謝罪をしなくちゃな。


「九条さん、その…ありがとう。俺の事庇ってくれて…」


「ううん、私はただ事実を言っただけだよ。感謝されるような事なんてしてないよ」


 俺が感謝の言葉を伝えると彼女はクスリと笑ってそう答えた。…謙虚な人だな。でもそこが彼女が好かれる理由なのだろう。


「それとあの事なんだけど…ごめん!」


「あの事?」


「九条さーん! ごめーん、ちょっとこっち来てー?」


 俺がクッキーをすり替えた件を彼女に謝罪すると同時に、またもや廊下の向こう側から彼女の事を呼ぶ声が聞こえた。見ると俺たちのクラスの担任の先生だった。


「あっ、はーい…。ごめんなさい極道君、ちょっと先生に呼ばれちゃったから」


「あっ…」


 九条さんは俺に断りを入れると担任の教師の方に向かっていった。


 なんて間が悪いんだ…。謝罪したのは謝罪したけど、中途半端な感じになってしまった。九条さん、今ので許してくれただろうか?


 俺は教師の方に向かっていく彼女の姿を見送った。



○○〇



「あっ! またお礼のクッキー渡しそびれちゃった…」



◇◇◇


さて、2人はこれからどうなっていくのでしょうか?

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