満潮の襲撃

「九条!」


 俺と九条さんがお互いに顔を見合わせていると、いきなり横から声をかけられた。見るとそれは満潮だった。


「満潮君!?」


 満潮の姿に気付いた九条さんが驚いた表情をしてそう言った。満潮は俺と九条さんの間に無理やり割って入ってくると、彼女を自分の身体の後ろに隠しながら俺にガンを飛ばしてくる。


「おい極道! お前、九条に一体何をしようとしていたんだ? 九条、ケガはないか? こいつに何か変な事はされていないか?」


「は?」


 俺の頭は先ほどの九条さんとの一件で混乱状態からまだ回復していなかった。そこにまた訳の分からない奴が増えて、訳の分からない事を言っている。意味不明の状況に俺の頭の中はグルグルと回る。


「み、満潮君違うの。極道君は別に…」


「分かるよ。こいつに脅されてそう言わされているんだろう? こいつみたいな何の取り柄もない不良はな…威嚇する事で相手より優位になった気になってその矮小なプライドを保っているんだ。弱い自分をイキリ散らす事で隠しているんだよ。だからこんな奴に屈する必要はない。大丈夫、俺が付いてるから!」


「満潮君、話を聞いて!」


 あぁ…なるほど。やっと状況が呑み込めてきた。


 つまり…満潮は俺がイキリ散らして九条さんをイジメていたと、そう勘違いをしているんだ。そしてついでに九条さんを俺から守る事で自分の好感度アップを狙っている。そういう事だな。


 俺自身は普通に話しているつもりでも、この悪人面故に周りの人からはそうは見えない場合がある。…俺の人生ではよくある話だ。


 …よくありすぎて、もう何度経験したのか分からない。


「お前○○をイジメたよな? いい加減にしろ!」「悪人が! とっとと刑務所に入っちまえよ!」「ひぃ、怖いー! 誰か助けてー!」「あんな奴がいるから日本の治安が悪化するんだ」「あいつ何で生きてるんだろ?」


 俺の頭の中で過去に受けた心無い言葉たちがリフレインされる。


「来るなら来い! 俺の父親は県議会議員で警察や教育委員会にも友達が多いからな。お前が何かやらかそうものならすぐに言いつけてやるぞ! そうなればお前は退学だ! まったく…なんでお前みたいな反社会的な奴がこの学校にいるんだ? 親の顔が見てみたいね。どうせお前の一族全員悪人なんだろう? 一族全員逮捕されちまえ! 九条さん、何があっても俺が君をこの不良から守るからね!」


 満潮は完全に九条さん聖女様を守る騎士ナイトのつもりらしい。大げさなポーズを取ながら、九条さんに露骨にアピールする。…俺は容姿がヤ〇ザ面なだけで反社会的な行動をした事なんて1度もないんだけどな。


 あぁ…腹ただしい。徐々に怒りゲージが溜まって来る。母ちゃんから「見た目で勘違いされないように善行を積め」とは言われているが、俺も聖人君子ではない。


 理不尽な事を言われれば腹も立つし、罵倒されれば怒りも溜まるのだ。俺自身の事だけならなんとか感情に抑えも効くが、何の関係もない家族を罵ったのであれば…その限りではない。


 俺は怒りに任せて満潮を睨みつけた。


「ひっ…。そそそそ、そんな目をしたってむりゃ無駄だぞ! おおお、俺はぜったひにお前みたいな奴には、くくくく屈しにゃいからなぁ!」


 軽く睨みつけただけで満潮の足はガクガクと震えていた。


 ハッ…先ほどまでの威勢はどこへやら。この程度の覚悟で俺に喧嘩を売って来ていたのか。そしてそれで九条さんの騎士ナイト気取り…笑わせてくれる。


 俺は更に目に力を込めて彼を睨みつけた。


「ひぃぇぇ…こ、殺さないで! 助けてぇ!」


 満潮は俺の放ったプレッシャーに堪えきれなくなったのか、その場から慌てて逃げ出した。…しょうもない奴だな。


「あっ、満潮君!? もうっ、極道君ストップ! 怖い雰囲気出しすぎだよ。メッ!」


「え? お、おぅ…」


 九条さんはいきなり俺に対して子供をしつけるみたいに論してきた。俺はそれにひょうしぬけし、それまで溜まっていた怒りがどこかに行ってしまう。


「確かに満潮君があなたに酷い事を言ったのは事実だよ。腹が立つのも分かる。でもそんなに怖い雰囲気を出していたら、まず相手に話なんて聞いて貰えないよ。今回のは只の勘違いなんだから誤解を解けばあなたが酷い事なんてしてないって分かって貰えたのに!」


「あ、ああ」


 怒りがどこかへ飛んでいき、冷静になった今だからこそ…彼女の話は俺の中にストンと落ちてきた。


 彼女の言う通りだ。満潮の言動に腹が立ったのは事実だが、それで頭に血が上り、相手を威嚇していてはそのまま勘違いされたままになってしまう。永遠に俺の内面はこの外見と同じ悪い評価から変わらない。


 本当に俺の内面を評価してもらおうとするのならば、彼女の言う通りまずは勘違いを解くべきだった。頭に血が昇ってそこまで考えが至らなかったのだ。


「そうだよな。頭に血が昇りすぎていたよ。ごめん…」


「極道君は本当はそんな人じゃないんだから、勘違いを助長させるような事をしたらダメだよ」


 よく見ると九条さんの手は少し震えていた。俺の眼力に耐えられる人間などまずいない。大抵の奴が先ほどの満潮みたいに恐れて逃げ出す。


 それなのに彼女は自分が怖いのを我慢してまで俺に助言をしてくれたのだろう。


 …九条さん、やっぱりいい人だな。彼女を怖がらせてしまった罪悪感で俺の心は痛んだ。


 ん? でもちょっと待てよ。九条さんさっき「俺が本当はそんな人じゃない」って言った? …という事は九条さんは俺の本当の内面を知ってくれてるって事?


「九条さ…」


「おいコラァ極道! お前イジメしとんちゃうぞコラァ!」


「熊本先生、俺、あいつにイジメられたんです!」


 俺が九条さんに先ほどの言葉の意味を確かめようと思っていると、向こうの廊下から熊みたいな容姿をした教師が手に竹刀を持ち、怒りの形相をしてこちらに向かってきていた。


 生活指導の熊本だ。その横には満潮もいる。おそらくさっきの仕返しに生活指導の教師に泣きついたのだろう。


 あぁ…まためんどくさい事になった。



◇◇◇


主人公が周りの人たちに見た目通りの悪人じゃないと分かって貰うという事が物語上に重要になってきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る