何故か俺の方をジト目で睨んで来る聖女様

 クッキー事件のあった次の日、俺はいつも通り登校した。朝来て椅子の上を確認すると昨日のクッキーは無くなっていた。


 良かった。おそらく差出人が間違えて俺の椅子に置いた事に気が付いて回収したのだろう。朝来てもクッキーが置いてあったらどうしようかと思った。


「おっす! おはよう」


「おう!」


 俺はすでに登校していた前の席に座る茂雄と挨拶を交わし、自分の席に座る。そしていつもの如く彼と談笑を始めた。


「善人ってさ、今期アニメの『曹操のフリーンレ』って見てる?」


「おお、見てる見てる。アレ面白いよな。今週の張飛が脳筋魔法ぶっぱなしたところとか笑ったわ」


「そうそう! でその後関羽がさぁ…」


 俺たちはオタ話に花を咲かせる。いくら悪人面や詐欺師面をしてようが、俺たちの趣味は普通の高校生と変わらない。漫画にアニメにゲームとごくごく一般的だ。


 俺たちが話していると教室のドアがガラリと開いた。どうやら九条さんのご登校のようだ。彼女が来ると教室中が騒がしくなるのですぐにわかる。誰もが彼女にいの1番に挨拶しようとそちらに向かうのだ。それだけ彼女が人気者という証拠だ。


 …教室に入っても基本茂雄以外には無視される俺とは大違いである。彼女は大勢のクラスメイトに囲まれていた。


「今日も聖女様は大人気だな」


「そうだな」


 俺は茂雄と共に九条さんの方を見る。その時、偶然にも俺と九条さんの視線が重なった。彼女は俺の顔を見るや少し不満げな顔をしてジト目でこちらを睨む。


 …えっ、もしかして九条さん俺の事を睨んでる?


 だが彼女は他のクラスメイトに話しかけられるとすぐに笑顔になり、そちらの方を向いて話し始めた。


 …気のせいかな?


 その時の俺はそう判断して特に気にしない事にした。



○○〇



 しかしその後も俺と九条さんの視線は頻繁に重なった。


 2限目の化学の授業中、化学室で実験していると、また彼女と目が合いジト目で睨まれる。


 4限目の体育の時間、男子はマラソンで女子はテニスだったのだが、テニスコートの数が少ないので必然的に女子の半数は手持ち御無沙汰状態になる。


 その間女子はよく男子の授業を見物していたりするのだが…校庭を走っている俺とテニスコートからこちらの方を見ている九条さんとまたもや視線が重なった。


 昼休み、購買で買ったパンを教室の自分の席で茂雄と一緒に食べている時も彼女は三度みたび俺の方をジト目で見つめる。


 …ここまで来ると流石の俺も彼女と目線が重なるのは気のせいではない事に気が付く。


 俺は混乱した。何か彼女に睨まれるような事をしてしまったのであろうか? というか彼女はついこの間まで俺の事を怖がっていたのに睨まれるって…。


 …思い当たるフシはある。昨日のクッキーの件だ。もしかすると俺のクッキーと彼女のクッキーをすり替えたのがバレてしまったのかもしれない。それで「私のクッキーをどこへやった?」と彼女は怒っていると。


 食べ物の恨みは恐ろしい。怒りは時に恐怖に打ち勝つのだ。これは素直に謝った方がいい。俺はそう解釈した。


 だが問題はいつ謝るかだ。人気者の彼女の周りには常に人が沢山いる。人が沢山いる所で謝罪すれば…その周りにいる人間全員が俺を非難するだろう。流石にそれは俺のメンタルが耐えられない。


 そう考えた俺は彼女が1人の時を見計らって謝罪する事にした。


 5限目、6限目…そしてそれに続く清掃の時間。俺は彼女の方を注意深く観察しながら1人になる瞬間を待った。


「おい…なんか極道から変なオーラ出てないか?」


「シッ! 話しかけるな。目を合わせるな。…消されるぞ」


 周りの男子共が変な事を言っていたが俺は無視した。…これくらいはいつもの事なのでもう慣れっこだ。



○○〇



 清掃が終わり、放課後となる。放課後なら流石の九条さんも1人になるに違いない。そう思った俺は教室の外の廊下に隠れて彼女が出て来るのを待った。茂雄が一緒に帰ろうと誘って来たが、ヤボ用があると言って断った。


 1人、また1人と教室からクラスメイトが出ていく。九条さんはまだ出てこない。


「じゃあまた明日ね天子!」「天ちゃんバイバイ!」


 九条さんと仲の良い茶髪ショートカットの子と黒髪ツインテの子が教室から出ていった。もうそろそろ1人になっただろうと俺は廊下側から教室の中をチラリと確認する。


 九条さんは1人自分の席に座っていた。周りには誰もいない。…やっと1人になってくれた。


「あー…やっと1人になれた。極道君まだ学校にいるかなぁ?」


 中から九条さんの独り言が聞こえて来る。やはり彼女は俺を非難しようとしているらしい。


 いいだろう。俺もちゃんと彼女に謝罪しなければならない。「クッキーをすり替えてごめんなさい」と。


 俺は覚悟を決めて教室の中に入ろうとした。ところが九条さんも丁度教室を出ようとしていたらしく、教室の入り口で鉢合わせしてしまう。

 

「あ、あれ、極道君?」


「く、九条さん…」


 予期せぬいきなりのエンカウントに頭の中で考えていた謝罪文が吹き飛んでしまう。彼女のその可憐な顔が俺の顔すぐ近くにある。改めて見ると本当に可愛らしい。「聖女」の名に恥じぬ容姿だ。


 俺の心臓が緊張でバクバクと早鐘を鳴らし始める。女の子とここまで顔を近づけたのは人生で初めての経験だった。


「あ、あのね極道君。わ、私あなたに…///」


 彼女は少し顔を赤くして、なにやら鞄の中身をごそごそと漁っている。


 言わなければ。俺も彼女に謝罪しなければならない。


「極道君、この前は本当にありがとう!」


 そう言って九条さんは俺に頭を下げて礼を言ってきた。


「九条さん、ごめん!」


 俺も彼女に頭を下げて謝罪した。


「「…へっ?」」


 俺たちはお互いに下げた頭を上げて顔を見合わせる。


 「この前は本当にありがとう」とはどういう事だ? 彼女は俺がクッキーをすり替えたのを非難したいのではなかったのか? 


 頭が混乱して上手く回らない。


「九条!」


 俺たちがお互いに顔を見合わせていると、横からいきなり九条さんを呼ぶ声が聞こえた。見るとそれは満潮だった。



◇◇◇


※念のため補足しておきますが、九条さんが主人公の方をジト目で睨んでいたのはお礼のクッキーを渡すタイミングを計っていたからです。

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