クッキー事件 後編
「言ったな。もう絶対するなよ。今度やったら…どうなるか分かってるよな?」
俺がそう脅しつけると彼女たちは大慌てで家庭科室から出て行った。
ここまで言っておけば流石の彼女たちも、もう2度とアホな事はしないだろう。
教師に言いつけるのが1番効果がありそうだが、残念ながら教師陣に俺自身の信用が無いのだ。
俺は長年の経験から自分の悪人面故に教師に夕闇たちの事を報告しても思惑通りに事が運ばない事を理解していた。逆に俺が夕闇たちをイジメたと教師に誤解されかねない。
彼女たちの所業を九条さん本人に伝える事もできない…。何故なら俺が話しかけると彼女はおそらく怖がると思うからだ。全く持って難儀なものだ。
神は何を思って俺をこんな悪人面に生まれさせたのだろうか? 前世でそんな悪いことしたか?
俺は天を仰いで嘆息を吐いた。
…だが悲しんでばかりもいられない。俺は濡れてビシャビシャになってしまったクッキーを見る。
これどうしようか? これを見たら九条さん絶対に悲しむぞ。誰かにプレゼントするとも言っていたし…。
ビシャビシャになったクッキーを見てどうしようかと悩んでいたその時、家庭科室の外の廊下から話し声が聞こえてきた。どうやら何名かの生徒がこちらに向かって来ているらしい。
不味い…この現場を誰かに見られたら俺が九条さんのクッキーをビシャビシャにしたと思われてしまう。俺は必死に頭を回転させた。
…そうだ! クッキーの見た目は自体はどれも変わらないのだから、俺の作ったクッキーを代わりに置いておけばなんとかなるかもしれない。
俺は自分の作ったクッキーを九条さんのクッキーが置いてあった場所に移動させた。
そして急いで夕闇の取り巻きが漏らした小便を雑巾で拭き取り、ビシャビシャになった九条さんのクッキーを食べて処理する。これで…なんとかなってくれ!
俺がクッキーを食べて処理し終えると同時に家庭科室の扉が開き、中に数名の生徒が入って来る。なんと家庭科室に入って来たのは九条さんとその友人たちだった。
危ない…間一髪。俺は気まずさからかそろりそろりと家庭科室の端に移動する。
「ねぇ天子、誰かにクッキープレゼントするんでしょ? 誰にあげるの? ん、誰にも言わないから言ってみ?」
「ついに天ちゃんにも好きな人が…」
茶髪ショートカットの女の子が九条さんに抱き着きながらニヤケ顔でそう尋ねる。その隣にいる黒髪ツインテの女の子も九条さんがクッキーをプレゼントする相手が気になって仕方がない様だ。
九条さんは顔を若干赤くしながらそれを否定した。
「もうっ、そんなんじゃないってば! お世話になった人にお礼としてあげるだけ!」
「え~? 怪しいなぁ。恋の匂いがプンプンしますぞぉ~」
彼女たちはそんな話をしながらクッキーが置いてある机へと移動する。俺はその様子を家庭科室の端からハラハラしながら観察していた。両手が極度の緊張による汗でべちゃべちゃに湿っている。
頼む! バレないでくれ!
「だから違うって! 詮索禁止!」
「ムキになる所が怪しいにゃあ~♪ 今までは誰にあげるのか聞いたら素直に答えてくれたのに」
「あれ、このクッキー…」
俺の作ったクッキーを1つ摘まみ、九条さんが訝しむような声を上げる。
嘘だろ? バレたの? 見た目に違いなんて無いはずだぞ!?
「どうしたの天子?」
「…ううん、何でもない」
九条さんたちはクッキーを回収すると家庭科室から出て行った。
ホッ…良かった。どうやらバレずに済んだ様だ。
○○〇
その日の授業も終わり放課後になった。授業後の清掃を終えた俺は帰る準備をするべく、机の中の教科書を鞄に入れるために自分の席の椅子を引く。
すると椅子の上にピンク色のリボンで可愛くラッピングされた透明な袋が乗っており、その中にはクッキーが入っていた。一緒にメッセージカードも入っており、可愛い文字で「色々ありがとう♡」と書かれている。
「なんだこりゃ?」
俺はそれを持ち上げて観察する。差出人の名前は書かれていなかった。
俺はこんな物を貰う事をした覚えがなかったので、誰かが席を間違えて置いたのだと推測した。
メッセージカードに「ありがとう」と書かれている事からこのクッキーの差出人は受取人に感謝を伝えたい事が分かる。ならばキチンと正しい受取人に送った方がいいだろう。
迷った俺はひとまずそれをそのままの状態にしておく事にした。間違えて置いたのならば…後で気づいて取りに来るかもしれない。
俺はクッキーを椅子の上にそのまま置いて帰宅した。
○○〇
「…あっ、クッキー受け取ってくれてないなぁ。むぅ~! こうなったら直接渡してやる!」
◇◇◇
次回2人は接触します
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