聖女様を陰ながら助ける その2

 次の日、俺は茂雄と談笑しながら九条さんが登校してくるのをチラチラと自分の席から確認していた。一応捨てられた物は全て机の中に戻したはずだが…大丈夫だろうか?


「なんか今日の善人ソワソワして落ち着きがないな? どした?」


 茂雄が不思議そうな顔をしてこちらを見て来る。俺は昨日の出来事を彼に話した。


「なんじゃそりゃ? ひっでぇ! 聖女様何も悪くないじゃん!」


 茂雄も夕闇たちがやった事に憤慨しているようだった。


 …自分が何も悪い事をしていないにも関わらず、他人の悪意にさらされるというのは非常に辛いし、腹ただしい。


 彼もそうだが、俺たちはこの「顔」のせいで似たような経験を山のようにした事あるので、今回の九条さんの境遇に共感する物があるのだろう。


「しかし面倒な事になってるな。夕闇は満潮が好き。で、その夕闇の好きな満潮は聖女様を狙っている。聖女様は満潮の事をどう思っているのか知らんけど…3角関係みたいになってんじゃん」


「満潮って九条さんの事好きなのか?」


「じゃねえの? あんだけ頻繁に聖女様に話しかけたり、遊びに誘ったりしてるんだから」


 確かに満潮はよく九条さんに話しかけていたのが思い出される。昨日も遊びに誘っていたようだし…断られてたけど。そうか、満潮は九条さんの事が好きなのか。


「聖女様に夕闇の件は伝えたのか?」


「いや、言ってない。昨日の今日だし、九条さんの連絡先知らんし、それにあまり仲の良くない俺がいきなり話しかけたら怖がられそうだし…」


「あぁそうか。俺たちの辛い所だよな」


 俺と茂雄は揃ってため息を吐く。俺たちは自分たちが持っているデバフのせいであまり気軽に他人に話しかけられないのだ。


 と、彼とそこまで話した所で教室の扉がガラリと開いた。そちらを見ると九条さんがやっと登校してきた様だ。


 彼女はいつも通りの眩しい笑顔で他のクラスメイトに挨拶を返しながら自分の席に座る。そして鞄から教科書類を取り出すと机の中に入れ始めた。…彼女が特に机の中に違和感を抱いている様子は無い。


 …ホッ。どうやら大丈夫だったようだ。


 チラリ


 あれっ、九条さんが今一瞬こっちを見たような…? いやいや、気のせいだろう。自意識過剰すぎるぞ俺…。


 俺は頭を振って、そんな事はありえないと自分を納得させると茂雄との会話に戻った。


「ま、でも善人のおかげで聖女様が悲しまなくて済んだんだから良かったのかな? …この功績を誰にも言えないのが俺たちの辛い所だが」


「茂雄が知っていてくれれば十分さ」



○○〇



 その日の九条さんは相変わらず聖女様だった。


 授業で分からない所があった奴に次の休み時間まで付きっきりで解法を教えてあげたり、昼休みにお弁当を忘れてひもじそうにしている奴に自分の弁当やお菓子を分け与えてあげたり…。


 はたまた話に入れていない少し内気な奴に話を振って会話に入れてあげたり、授業中に顔色を青くして気分が悪そうにしている奴を挙手して保健室に連れて行ってあげたり、彼氏にフラれて落ち込んでいる女の子を手を握って必死に励ましてあげたり…と。


 どうすればあんなに他人に優しく出来るんだろうと言わんばかりの言動だ。やっぱり彼女は凄い。「聖女」という名前は伊達じゃない。


 九条さんのその人徳のおかげか、彼女の周りには常に他の生徒が沢山いた。そしてみんな楽しそうに談笑している。彼女のおかげでこのクラス全体の雰囲気がよくなっている。そんな感じだ。


「すげぇな…聖女様」


「ああ、本当に」


 俺と茂雄は教室の隅からその様子を見ていた。自分たちでは絶対にあんな事ができないからこそ、俺たちの目には彼女の姿がとても眩しく映っていた。


 …しかし6限目の終わりにちょっとした事件が起こる。


 九条さんが先生から大量のプリントの束を職員室に持ってくるように言われたのだが、女の子が持っていくには少々量が多い。


 なので彼女の気を引きたい男子生徒の間で争いが起こったのだ。プリントを彼女の代わりに持っていく事で好感度を稼ぎたいのだろう。彼女の人気が高いが故に起こった事件だった。


「俺がこのプリントを持って行くつってんだろ!」


「いや、俺が持っていくよ! お前はすっこんでろ!」


「2人とも、私が頼まれたんだから私が持っていくよ!」


 九条さんはオロオロしながら2人の仲裁をする。だが2人はヒートアップして止まらない。


「九条さんは休んでて、これはいつもの恩返しだから! だからこれは俺が持って行く!」


「そうそう、力仕事はやっぱり男の役目だしね。俺だって言ってんだろ!」


 2人はそう言って譲らない。九条さんは困り果てた顔をしていた。ガツンと言ってやれば争いは収まると思うが、優しいが故にあまり他人に強い言葉を使えないのだろう。優しいというのは長所でもあり短所でもある。


 その様子を見ていた俺は彼女を助ける事にした。だが馬鹿正直に正面から行っても彼女に怖がられるだけ…。なので少しひねった行動をする。


 俺は争っている男子生徒2名の方に近づくと、思いっきり睨みつけて圧をかけた。


「おい、お前らうるさいぞ!」


「ひぇ、極道君…」「な、なんだよ…」


「そんなところで争ってたら邪魔なんだが…。プリントをどっちが持っていくかで揉めてんのか? じゃあ代わりに俺が持って行ってやるよ。それで文句ねぇだろ。貸しな」


「で、でも…」「これは…」


「………」


「わ、分かりました! どうぞ!」「こ、殺さないで…!」


「気にすんな。ただの気まぐれだ」


 俺は争っている2人を脅して半場無理やりプリントを奪うと、自分が代わりに職員室に持って行った。これで2人の争いは収まり、且つ九条さんが重いプリントを職員室にもって行かずに済む。

 

 あくまで彼女を助けるためではなく「自分のため」にやるのだというていを強調し、最後に「気にすんな。ただの気まぐれだ」と付け加える事によって俺にプリントをもって行かせる罪悪感を薄くさせる。


 回りくどいやり方だがこれが1番いいだろう。


「極道君…もしかして私を助けてくれた?」


 職員室にプリントを持っていこうと教室を出たところでボソリと何か聞こえた気がしたが…俺はそれに気付かずに職員室へと向かった。


 …先生は俺がプリントを持って来ると思わなかったのか、椅子から転げ落ちて驚いていた。



◇◇◇


少しずつですが…主人公とヒロインは近づいていきます。

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