聖女様を陰ながら助ける

 聖女様が自分の席に座ると、それを見計らって彼女に1人の男が近づいていった。


 その男の名前は満潮正平みちしおしょうへい。我がクラスのトップカーストに君臨しており、最近流行りのお隣の国風の髪型とメイクをしている。いかにも今どきの女の子が好きそうな男…と言った感じのイケメンである。


 だが彼は自分が目立つためなら平気で他人をこき下ろすタイプで、性格はあまりよろしくない。俺も彼にウケ狙いで根も葉もない噂を流された過去があり、好きになれなかった。


 …確か女の子にウケを取るために俺の方を指さして「女の子をソ〇プに落として変態調教している卑劣漢」だとか「この前隣の家の爺さんが死んだんだけど実は殺したのはあいつ、あいつの顔が怖いから爺さん心臓発作起こして死んだんだ」とかクソみたいな噂を流された。


 しかし、ああいうタイプの男の方がやはり女性受けはいいのだろう。彼はそのルックスも相まってモテモテであった。


 …イケメンは得だねぇ。他人を貶すような事を言っても評価が下がらないどころかむしろ上がるのだから。


 仮に俺が似たような事を言おうものなら軽蔑されて終わりだろう。俺は彼の方を見ながら自分との格差を思い浮かべて心の中でため息を吐いた。


 でも仕方がない。人間配られた才能カードで勝負するしかないのだ。例えそれがどんなにクソ手でもな。


 満潮は九条さんに近づくと軽い調子で話しかけた。


「よっ、九条! おはろー」


「あっ、満潮君おはよう。今日も髪型決まってるね」


「でしょー? 九条にそう言われるなら県庁にある美容院まで行ってセットした甲斐があったわー」


「えっ、わざわざ県庁まで行ったの?」


「そりゃそうよ。県庁にある美容院のスタイリストさ、昔何かの賞をとったとかで結構有名な人なのよ。今どきは男もオシャレする時代だしさ。これくらいは当たり前でしょ」


「へぇ~凄いなぁ。私なんて子供の時から通ってる近所の美容院だよ?」


「でも近所の美容院レベルでもそれだけ可愛いって事はさ、九条は元々素が凄く可愛いって事じゃない?」


「もうっ、それは褒めすぎだよぉ~」


「いやいや、冗談で言ったんじゃないって。俺は本心からそう思ってるから!」


 2人は仲良く談笑している。あぁ…俺も九条さんと1度でいいからあんな風に話してみたいもんだ。


「そうそう、そう言えばなんだけど。九条今日の放課後空いてる? 三橋たちと駅前のカラオケに行こうって話になっててさ。良かったら一緒に行かない? 確かYO〇SOBIとか好きだったよね? 一緒に歌おうよ?」


「う~ん…今日の放課後はちょっと用事あるんだよね。ごめんね、また今度」


「あ~…じゃあ仕方ないな。また今度誘うよ」


 九条さんは両手を顔の前で合わせて「ごめんね」と可愛く満潮の誘いを断る。


 彼女はほんわかしているように見えて結構ガードが硬い。今まで女子はともかく、男子の誘いについて行ったのを俺は見た事が無かった。


 誘いを断られた満潮は九条さんの席から離れると彼女に聞こえないように舌打ちをしていた。おそらく彼女をカラオケに誘えなかった事が悔しいのだろう。


 そこで丁度チャイムが鳴り、担任の先生が教室に入って来た。朝のSHRの時間だ。俺は前を向いて先生から出席の点呼を取られるのを待った。



○○〇



 その日の放課後、俺は特に用事も無かったので家に帰ろうと思っていた。茂雄と共に校舎を出て帰宅の途に就く。しかし、その途中で俺は今日出された数学の宿題を教室の机の中に忘れた事に気づいた。


 次の数学の授業は明日の1限である。今日家に帰ってやらないと間に合わない。俺は茂雄に断りを入れると急いで自分の教室へと戻った。


 俺が2年4組の教室の前に到着すると中からは人の話し声が聞こえた。今の時間帯は大抵の生徒は帰るか部活に行っているはずである。珍しい事もあるもんだと俺は教室の後ろ側の扉を少し開けて中を覗いた。


 すると中にいたのは同じクラスの夕闇佐枝子ゆうやみさえこというギャルとその取り巻きの女の子たちだった。


 彼女は九条さんの席を思いっきり蹴り上げると悪態をつく。


「クソッあの女…。ちょっと可愛いからって調子に乗りやがって! 何が『聖女』だ! ぶりっこがよぉ! 男に色目を使う『性女』のまちがいじゃねーの? あたしの満潮君とイチャイチャしやがってさぁ!」


 …彼女の話から推測するに、どうも夕闇は満潮の事が好きでその満潮と九条さんが仲良くしていたのが気に入らないらしい。


 それにしても酷い言いようだ。九条さんは俺のような人間にも優しい正真正銘の「聖女」だぞ。


「まっ、調子に乗ってる『性女様』にはお仕置きが必要って事で」


 夕闇はそう言うと九条さんの机の中に入っていた小物類…ヘアピンや文房具、お菓子などを教室の後ろにあるゴミ箱の中に捨て始めた。


「ハッ! 満潮君に色目使うからこういう事になるのよ! ざまぁ!」


 …なんて酷い事をするんだ。何も悪い事をしていない九条さんにあんな事をするなんて許せない。


 ガラッ


 俺はその悪行を止めるために教室の中に突入した。そして夕闇たちの方を睨みつける。


「おい! …お前ら一体何をしている?」


「ゲッ…極道」「佐枝子、ヤバいよ! なんかしらんけど極道の奴私たちの方を睨んでるよ!」「ひぃ…。ガクガクブルブル」


 夕闇とその取り巻き達は俺の姿を見てブルブルと震え始める。


 俺の唯一と言っても良い特技…「睨みつけるだけで相手が震えだす」。長年の経験からどういう風に睨めば相手が恐怖を感じるのかというのを俺は本能的に理解していた。


 悲しい経験だけどな…。


 俺は彼女たちを睨みつけたまま詰め寄った。


「何をしていると聞いたんだが?」


「クッ…撤退するよ!」「ひえぇ~。ソ〇プには売らないでぇ!」「ああ、あああ、ああああ!」


 夕闇とその取り巻き達は俺の睨みに屈して逃げ出していった。クソッ…あんなに優しい九条さんに酷い事しやがって…。


 俺はゴミ箱から彼女たちが捨てたものを取り出すと、ついていたゴミを取り払い、綺麗にして九条さんの机の中に戻した。ゴミ箱の中にほとんどゴミが入っていなかったのは不幸中の幸いだった。


 これで明日九条さんが登校してきても机の中の物が無いと困る事はないだろう。


 ガタッ


 その時、教室の外で何やら物音がした。もしかすると夕闇たちが性懲りもなく戻って来たのかもしれない。そう思った俺は教室の扉を開けると思いっきり廊下を睨みつけた。


 しかし、廊下には誰もいなかった。…気のせいか? 


 俺は不審がりながらも教室の中に戻る。夕闇たちに捨てられた物を元に戻し終わった俺は本来の目的である自分の数学の宿題を鞄に入れると教室を出た。


 …九条さんにこの事を報告するか迷ったが、俺は報告しない事にした。


 理由はまず連絡先も知らないし、特に仲が良くない俺がいきなり話しかけたら彼女は怖がるだろうなと考えたからだ。彼女がいくら優しい聖女様とは言ってもやはり俺の事は怖いはず…。むやみやたらに彼女を怖がらせるのは俺の本意ではない。


 俺の中で過去のトラウマが蘇る。良かれと思ってやった事で相手に怖がられ、罵倒され、自分自身も傷ついてしまった経験…。


 俺は相手をむやみに怖がらせるのも嫌だし、自分が傷つくのもごめんだった。俺の心は鋼鉄で出来てはいないのだ。


 それに夕闇たちもこれに懲りてもうイジメみたいな事はしないだろう。これでこの一件は解決…とそう甘く考えての事だった。


 だが俺の予想は大きく外れる事になる。



◇◇◇


主人公は過去のトラウマからあまり他人に積極的に関わりに行けません。なので隠れて善行を積もうとしています。

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