第15話 晴人VSキムジョン軍10万人 Ⅰ

 晴人は父の彰の誘いで、薩摩藩島津家ゆかりの神社の境内で天下無双といわれた薩摩示現流ジゲンリュウの稽古を3歳から続けていた。薩摩示現流の教えでは、いつ、どんな時でも、どんな状況においても戦えるように、生活に根付いた実戦性を追求していたために、他藩のように常に道着を着て稽古をすることはなかった。


 この物語には、「薩摩示現流」が大切なキーワードのひとつに挙げられるため少し詳しく説明をしたい。


 薩摩示現流とは、薩摩藩の古流剣術である。薩摩藩内では江戸時代に島津藩の御流儀と称され、藩外の者に伝授することを厳しく禁じられていた。なぜ、薩摩示現流が藩外の者に伝授することを厳しく禁じられていたのか?それは、薩摩示現流の剣技が凄まじく驚異的であったからに他ならない。


 「一の太刀を疑わず」または「二の太刀要らず」といわれ、初太刀から勝負の全てを掛けて斬りつける「先手必勝」の鋭い斬撃ザンゲキが特徴であり、電光石火の初太刀に全身全霊をかけ、一撃のもとに敵を斬り伏せるという剛剣「示現流ジゲンリュウ」であった。


 示現流は、初太刀から勝負の全て、つまり自分の命の全てを掛けて斬りつける斬撃であったため、幕末期に活躍したあの新選組も示現流を恐れていた。新選組が使った「天然理心流テンネンリシンリュウ」は、徹底的に実戦のための剣術として磨き抜かれた剣技のため、とても強かったと言われていが、実際、幕末期に薩摩藩の者と戦った数多くの武士は、自分の刀を折られ、刀の峰が頭に食い込んで絶命した者がほとんどであった。電光石火の初太刀に全身全霊をかけ、一撃のもとに敵を斬り伏せる天下無双の薩摩示現流を恐れた新選組の局長・近藤勇は部下に「薩摩藩の示現流とはやり合うな」「薩摩の示現流の初太刀は、必ず外せ。」と厳しく命令していた。


 さらに薩摩示現流は、抜刀術も優れており、「神速の攻撃」として恐れられていた。加えて、初太刀を外された場合に対応する技法も数多く伝授されているため、二刀流を学んだ者でもたちどころに斬り捨てられていたという。1877年、西郷隆盛を盟主にして起こった士族による西南戦争は、日本国内でも最大規模の過酷で激しい戦いであった。官軍の征討軍は、地形を効果的に利用した薩軍の薩摩示現流による抜刀隊により手も足も出なかったといわれている。官軍の征討軍は薩軍の薩摩示現流による抜刀隊によって、多くの官軍兵が次々に死んでいき、長い苦戦を強いられるとともに「薩摩示現流」の恐ろしさを味わわされ恐れられた歴史がある。


 さて、薩摩示現流の稽古にはゆすと呼ばれる木の枝を適当な長さに切り、時間をかけて充分乾燥させた物を木刀として用い、「蜻蛉トンボ」と呼ばれる構えから、土中に埋めて立てられた堅い木に、離れたところから全力で走り寄って、立木に向かって気合と共に左右激しく斬撃する『立木打ち《タテキウチ》』など、実戦を主眼に置いた稽古をひたすら反復する事に特徴がある。


 掛け声は、「一の太刀」に勝負の全てを掛けて切りつけるため、その激しさのあまり「キエーイ!」という猿叫エンキョウと呼ばれる叫び声になる。「蜻蛉トンボ」と呼ばれる腕の構えとは、「一の太刀」に勝負の全てを掛けて切りつけることから、当然、科学的な観点、とりわけ力学の観点から、自分の利き腕の方に刀を高く構え、右手も左手も必然的に自分の利き腕の肩の高さよりも高くなる構えになる。


 例えば右利きの場合、「蜻蛉トンボ」の構えは、右手は柄の位置を握り、可能な限り右肩の上の方に高く構える。そして、左手は右肩よりも高い場所におさまるように構える。高い所から刀を全力で振り下ろすため、最も早いスピードで振り下ろされるため、力学的にも物理学的にも、最もエネルギーを発揮することができる斬撃なのだ。


 それだけでなく、より速く激しく斬撃するため、相手は「一の太刀」を防げても、一の太刀で頭や肩をかばっている位置が下がり、二の太刀で斬撃され深く切り裂かれ絶命する場合が多かった。実戦では、「一の太刀」で殺される場合が多く、日本の戦国時代でも薩摩示現流は最も恐れられ、天下無双の剣術といわれていた。


 しかし、この稽古はとても厳しく辛かった。冬場でも裸足、そして何より、稽古には硬い柞(ゆす)の木の枝を用いるため、テノヒラと指がシビれ、掌の皮がぜて痛むのである。手袋は禁じられており、掌を消毒し、絆創膏バンソウコウを貼り終えると直ぐに斬撃の練習に移る。それを来る日も来る日も練習をすると手の皮が野球のグローブのように分厚くなり、テノヒラの皮は破けなくなる。立ち木を叩く練習は、1日に千回。くたくたになるまで練習するのだ。晴人は

10歳で初めて、1日に千回の立木打ちを達成した。


 晴人はこの薩摩示現流の稽古ケイコを毎朝5時から続けており、「袈裟斬ケサギり」が得意だった。「袈裟斬ケサギリり」とは、相手と対面した状態で、右利きであれば、自分の右肩の上から相手の左腰に掛けて一文字に斬り裂く技である。この「袈裟斬り」は、一撃必殺の斬り方で、このように斬り裂かれると、刀でふさいでも、刀ごと真っ二つに折られ、助からなかった。晴人の「袈裟斬ケサギり」の連続攻撃のスピードはすさまじいものがあった。


 また、晴人は、瞬発力が誰よりも速かったため、「神速の攻撃」として恐れられていた抜刀術の技である「抜き」の練習に魅了され、鬼の形相ギョウソウで練習に励み、父親の彰よりも速かった。「神速」というだけあって、人の目では捉えられない速さなのだ。




 晴人は、妻となったソフィーナにこの薩摩示現流を教えていた。しかし、ソフィーナは初心者である。晴人は、自分が3歳で初めて示現流を習った方法で示現流をマスターさせようと考えていた。


 最初は裸足ではなく、靴を履かせ、軽い木刀を持たせた。そして、縦振りの練習を超スローモーションで行わせた。軽い木刀で素早い動きで縦振りの練習を行うと間違った動作や重心移動がいったん身に着くと修正が難しくなる。そこで、ゆっくり、ゆっくりと木刀を動かしていくのだ。


 実はこの方が筋肉に負荷がかかり疲労が蓄積しやすいのである。だが、振りの極意を学ぶには最適な方法であった。一振りにかける時間は、15秒から20秒。スローモーションの動きの中で自分の両手の位置の動きや腕の動き、木刀の動き、木刀の先の動き、重心の動きを目で追いながら、遠心力を体得するのだ。


 晴人は、ソフィーナにこの練習だけを毎日1時間課した。ソフィーナの木刀の軌道がずれると、晴人は自分の木刀をソフィーナの木刀の前に差し出し、それをなぞるように指導した。ソフィーナは、愚痴グチを言うことなく、熱心に練習に打ち込んでいた。




 その練習中の最中に、ミニッツから念話が入った。なお、ソフィーナもミニッツとの念話を許されているため、ミニッツと晴人の念話のやり取りを聴いていた。


「晴人さん、緊急事態です。」


「どうした、ミニッツ。」


「キムジョン帝国がロンバルド共和国に戦争を仕掛けました。」


「なに?ロンバルド共和国は、キムジョン帝国の侵入を防ぐため多くの兵士を国境線に配置していたはずだぞ。」


「その盲点を突かれたのです。キムジョン帝国は、北の山脈にトンネルを掘り進め、遂に、10万の大軍で押し寄せてきたのです。付近の村々は焼かれ、住民たちは虐殺されています。虚を突かれたロンバルド共和国はパニック状態になっており、国民たちは逃げまどっています。」


「それで、ロンバルド共和国王は無事なのか?」


「はい。ロンバルド共和国の最南部の都市に避難しました。ロンバルド共和国軍が応戦中ですが、国境線沿いに多くの兵士を配置していたため、国内には2万人の兵士しか残っておりません。」


「ロンバルド共和国は、誰が指揮を取って、どこで戦っているのだ。はい、ローゼン陸軍総大将です。場所は、座標軸JKH305です。この事実を知っているのは、俺だけなのか?」


「はい、厳密に言うと晴人さんとソフィーナさんだけになります。今からダ・マール・オデッサ共和国やノールランド共和国に念話を入れても援軍には間に合いませんし、パルナ・パーニャ共和国からでも援軍には間に合いません。」


「ミニッツよ、もし、ダ・マール・オデッサ共和国とノールランド共和国に援軍要請すれば、そのすきを狙って、ジャイナ帝国がダ・マール・オデッサ共和国とノールランド共和国に侵略戦争を仕掛けてくる可能性がある。だから、俺から両国には念話で連絡を入れるが、ジャイナ帝国が侵略戦争を仕掛けてくる可能性があるため、動かないように伝えておく。それから、我がパルナ・パーニャ共和国の軍隊が行っても4日はかかるだろう。間に合わぬ。完全に虚を突かれた。後のことは俺に考えがある。ミニッツは、この事実のみを『天』に伝えてくれ。」


「分かりました。」




「もしもし、ダ・マール・オデッサ共和国王とノールランド共和国王ですか?パルナ・パーニャ共和国王の晴人です。現在、ロンバルド共和国は、キムジョン帝国が北部の山脈を掘り進めて軍隊がなだれ込み、戦争が始まっております。キムジョン帝国が10万人の兵力で、ロンバルド共和国は、国境線沿いに多くの兵士を配置していたため、ローゼン陸軍総大将が2万人で応戦中です。国境線沿いに配置された兵士が戦闘に参加するのに早くて2日間はかかると思います。前回の話合いで5万人以上の軍隊を派遣すると取り決めましたが間に合いません。我が国、パルナ・パーニャ共和国の軍隊を派遣しても4日はかかります。それに、ダ・マール・オデッサ共和国王とノールランド共和国王が5万の軍隊を派遣した場合、そのスキを狙ってジャイナ帝国が侵略戦争を仕掛けてくる可能性があります。ですので、今回は、動かないで下さい。」


「了解した。連絡をありがとう。」


「晴人国王、決して無理はなさるな。」


「はい、それでは失礼します。」




「もしもし、ボレロか?」


「はい、晴人国王、どうなさいました。」


「やられたよ。」


「なにがやられたのですか?」


「キムジョン帝国がロンバルド共和国の北部の山脈にトンネルを掘りやがって、10万人の大軍で侵略戦争を仕掛けてきやがった。ボレロも知っての通り、ロンバルド共和国は多くの兵士を国境線沿いに配置している。その虚を突かれたのだ。国境線沿いの兵士が駆けつけたとしても早くて2日間はかかる。我々、パルナ・パーニャ共和国の軍隊が駆けつけたところで早くで4日かかる。軍隊を動かすには完全な手遅れだ。

ボレロに頼みがある。お前が全軍20万人の指揮を執り、キムジョン帝国とロジア大帝国が攻め込んでくる可能性があるローニャ平原に陣を敷け。頼んだぞ。」


「ハハーッ。早速動きたいと思います。」



「もしもし、ミニッツか?」


「はい、どういたしました?」


「まだ、この世界の軍備や兵器を聴いていなかった。どのような武器を使用しているんだ?」


「はい、大砲は、短距離大砲と中距離大砲です。長距離大砲は現在、ロジア大帝国が開発中です。銃につきましては、単発式の詰め込み式です。日本の火縄銃を改良した程度の武器です。」


「よし、分かった。」


「晴人さん、どうするおつもりですか。」


「単騎で乗り込んでやる。1VS10万の戦争だ。」


「やめて下さい!危険すぎます!晴人さん、無謀すぎます!やめて下さい!」


「大丈夫だ、心配するな。」



 ミニッツとの念話のやり取りを聴いていたソフィーナは、泣いていた。


「晴人さんが、晴人さんが、晴人さんが死んじゃう!イヤダー!ダメ!ダメ!ダメ!  絶対に行っちゃダメー!」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る