7.cOld days to be end

感覚が戻り、意識が浮き上がってくる。それは毎朝感じている目覚めの様で、まるで違う物だった。酷い頭痛がする。意識は確実に覚醒しているというのに視界は真っ暗だった。しかし、それも当然だろう、顔全体を何かが覆っているようだった。息苦しさは感じなかったが咄嗟にでそれを顔から引き剥した。喉から何かが引き抜かれて行く不快な感覚と共にやっと視界が戻って来る。


『おえっ....』


えずいたが吐くことはなかった。それと同時に自分の顔にへばりついていた物に視線を向ける。


最初に視界に入ったのは、その円形の体から伸びる3本の長い触手。そして、明らかに異常な大きさの目玉もその存在を強く主張していた。結論から言ってしまえば、体の中央にデカい目ん玉がある事と脚の本数が少ない事を除けば、薄気味悪いタコみたいな生き物だった。


心底意味がわからなかった。コイツが何なのか、何故自分の心臓が動いてるのかさえ...。あの大量出血で生き残れるはずはない。左手だって...。



ある...。



謎は深まるばかりである。喰い千切られたはずの手が時が巻き戻ったかのように、当然の事のように間違いなくそこにあった。散々苦戦させられた全身鎧の化け物の死体やその破壊の跡ですら周囲のどこにも見つける事が出来なかった。本当に夢でも見ていたかのような気分だが、あの死闘で味わった場の空気も痛みも、何もかも間違いなく現実だった。頭でもイカれてしまったのかと心配する。だが、それも当然だろう、止めに顔にはフェイ◯ハ◯ーもどきが貼り付いていたと来てる。状況から見てアレに寄生されたせいで幻覚を見ていたのだろうが...。


『卵とか産み付けるタイプじゃないだろうな』


そう悪態つきながら立ち上がる。窓から日が差し込んでいない所を見るに時刻は夕方以降と見て良い。昼間聞こえてきたあの絶叫で奴らは散ったようだったが、やはりいつ戻ってきてもおかしくない状況なのだ。足元にある謎生物の正体すらわからない現状、早々にここから立ち去るのが賢明という物だろう。


そう思い足早に歩みを進めようとした瞬間、嫌な感覚がよぎり、咄嗟に後ろに身を躱した、自分が居た位置に何かが落下してきたのを間一髪避ける事に成功する。


さっきまで自分がいたそこには先程まで顔には貼り付いていたタコもどきがいた。いや、それでは語弊があろう、顔から剥がした個体は足元で完全に息絶えている。眼前のこちらから視線を外さずにうねうねと動いてるこいつが別個体なのは誰の目にも明らかだった。


まてよ


こいつは上から降ってきた...ということは...。数々の娯楽作品で鍛えてきた感性が警笛をうるさいほど鳴らしていたが...見上げてしまった。



そこにはおびただしい数のタコもどきが所狭しと、ぎっしり貼り付いていて、その全ての視線がこちらを向いていた。


『おいおい嘘だろ』


出口に向かって地面を蹴るようにして駆け出すまでは一瞬、迷いはなかった。同時に、俺の動きについて来るかのように、雨の如くタコもどきが降ってくる。針に糸を通すような感覚でなんとか避け続けるがそれも長くは続かず、強い衝撃を感じたと思った時には遅かった。ブヨブヨとした感触が肩に広がる。ふとチラ見したら目が合ってしまった。


ちょっと可愛いじゃん...。


等とアホな事を考えつつも首から顔へと徐々に触手を伸ばして移動しようとするそれを抜いたククリで躊躇無くぶっ刺した。嫌な感触と共に、血とはとても表現できないような緑の何かが刺した所から溢れてくる。


“キィィィィィィ”


耳障りな金切り声に近い断末魔と共に絶命したそれをなんとか引き剥がす事に成功した。やはり先人の知恵は偉大である。“血が出るなら殺せる”間違いなかった。


やっとの思いで外に飛び出すと案の定、夜であった。同時に気づく、まだ距離はあるように感じられたが、そこら中から甲高い雄叫びが聞こえている。あのタコもどきの響き渡った断末魔のせいか、はたまた別の理由があるかはわからないけれど、奴らがここに押し寄せてくる可能性が少しでもあるというのは武装がククリしかない今の状況下においては最悪と言えた。


となるとやはり最適解は逃走一択、元来た道をUターンする事にする。しかし、裏門に向かって走っていると曲がり角から奴らの一匹が出てきた。血走った両目でこちらを睨みつけ掴みかかろうとしてくるが、足払いで転ばせて、そのまま派手にずっこけたそいつの頭にククリを振り下ろす。


しかし安堵したのも束の間、騒ぎを聞きつけたのか今しがた通ってきた道から3匹がこちらに向かって走ってくるのが見える。こちらも負けじと逃げるが門から出る時に道路側から2匹飛び出してきた。1匹は突っ込んできた勢いを利用してそのまま頭をかち割ることに成功したが、片方に押し倒されてしまう。


地面に倒れた衝撃でククリを取り落としてしまった。元々血濡れで滑りやすくなってた為だろう、だがどんな理由あろうとも眼前のコイツが止まってくれる訳では無かった。当然真っ直ぐこちらの首筋を狙って噛みつこうとしてくる。咄嗟に首を両手で鷲掴みにして制止を図るも、大岩にでも伸し掛かられたかのように徐々に力負けしてくる。このままじゃマズイ。


その時、近づいてくるそいつの胸ポケットに刺さってるペンが目に入った。迷ってる暇は無かった、片腕を離すと一気にズンと重みが片腕に集中する、なんとかそれに手を伸ばして掴み取ると一息に側頭部にぶっ刺した。


だ!クソッタレ!』


当たり所がよかったのか、一発目でそいつが脱力したのを確認してなんとか拘束から抜ける事に成功する、そして、這い寄るようにしてククリを掴み上げると、先程まで自分がマウントを取られてた場所で体を痙攣させながらも絶命していなかったそいつに止めを刺した。


満身創痍の気分ではあったが、引き離したはずの後ろの奴らも直ぐそこまで迫っていたため、間髪入れずに森に向かってまた走り出す。


走るだけであれば全力疾走でも校舎から森までは大した距離ではなかったが、如何せん、続く戦闘と精神的疲労のダブルパンチでかなり参っていた。なんとか木々の間に潜り込む事に成功するも確実に限界が来ている。このままでは追いつかれて万事休すだと判断し、決死の覚悟で振り返って迎え撃つ事にした。


しかし、振り返った先で目に入ってきた景色は想像と全く違う物であった。奴らは道路と森の境界線でこちらに向かって特有の甲高い声で吠えるばかりで追ってくる気配はなかったのだ。まるでラインでも敷かれてるかのように...。







その後、森の中で遭遇する事もなく五体満足で道を戻っていた。不可解な点は多かったが、優先すべきはやはり那々木親子であった。現状、奴らが森にまで入ってこない可能性があるとするならば、彼らを山中にある自宅に避難させるのが適当だろうと思えたからだ。


学校からの道すがら奴らの姿はポツポツと見受けられたが、村の最南端にある那々木家までは到達していなかったようで安心する。事前に決めていた通りのノック音を鳴らすと、すぐに龍之介が出てきた。


「アーサー!大丈夫だったか!?」


いの一番に心配されたが、それも当然だろう。あの血の海で気絶していたせいで体は血濡れになっていた。自分の血かどうかも区別がつかないほどに。


しかし時間は待ってくれない。奴らはまだここに到達こそしていないが、すぐに近くまで来ている。端的に状況を伝え、すぐに荷物をまとめるよう頼み込んだ。







あの絶叫はしっかりとここまで届いていたようで、幸い飲み込みは早かった。と自宅までの道のりはクリアしていたので彼らを連れて戻っていた。


「アーサーさん。何から何まで本当にありがとうございます。」


道すがら、周囲を警戒していると恵子さんにそう感謝される、彼女は一気に老け込んだかのようだった。あまりに同時に色々起きたのだ、それも当然だろう。あの絶叫に加え、戻って来ると高らかに宣言した俺もこんな時間まで音沙汰がなかった始末、気丈に振る舞えているだけでも彼女を褒め称えたい気分だった。



それにしても、あのタコもどきのせいか、酷く懐かしい夢を見た。あの頃から今の俺は少しでも成長出来ただろうか...いや、答えは決まっている


否であると



「俺からも感謝するよアーサー。そんなになってまで俺達家族を気遣ってくれるとは思ってなかったよ、あんたはいい奴だ」


他愛もない思考を巡らせてると、意を決したかのように龍之介が恵子さんに続けてそう言ってくれる。


どうして俺は彼らにそこまで肩入れするのだろうか、何と重ねてるのだろうか、矜持や良心、いくらでも言い訳ができたが、どうもしっくり来なかった。そう考えていると、酷くバカらしくもしっくり来る理由が一つ、浮かび上がる。




『ははっ、気にするな。ただの...さ』


酷く自虐的な笑いと共にそう返した。

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