6.gOld days from the past

最初の記憶はそう



閃光と耳をつんざくような爆発音だった。物心等とっくについた4か5歳ぐらいの出来事だと思う。一種の防衛反応なのか、それ以前の記憶は霞掛かったかのように思い出せない。その時食卓囲んでいたはずの誰かの顔、その声ですら...。


流れ弾で身寄りを失った戦災孤児、そんな悲劇的な立場ですら当時のそこではありふれていた。無論、俺のその後も何ら他と変わらぬ有り様になったはずだ。本来であれば。







路上で生きるのは楽ではない。そんな当然の事を俺はその時、確かに実感していた。金は無く、身寄りもなく、残飯を漁る他ない。紛争によって誰も彼も殺気立っていて当然助けちゃくれない。慈善団体や孤児院等もあったが、それらに拾ってもらえるのは極一部だった。よしんば運良く拾ってもらえたとして、路上で飢えるかそこで飢えるかの違いしか無かった。それ程までに経済活動が停滞していたのだ。そんな中で最終的に人が行き着く行動なんて知れている。



狙った理由なんて、精々細身で女だったからぐらいの事だった。しかし、それは軽はずみな考えだったとすぐに知る事となった。


『いったッ!』


盗もうと女の荷物に伸ばした腕は気づけば捻り上げられ、俺は地面に倒されていた。


『おイタはだめだねぇ。クソガキ』


『真っ当には飯が食えないならこうしてんだ!だめだってんならあんたが助けてくれんのか!?』


こちらを見下げながら淡々とこちらを窘めようとするその女に対して、苛立ちを隠そうともせず食い下がるようにそう言い放つ。しかし、帰ってきた返答は予想外の物でる


『ご尤もさね。じゃあついてきなよ。幸い一人には飽きていた頃だったんだ』


どこか胡散臭さを漂わせるその提案をどこか疑い切れず、俺は反射的に頷いた。


そう...頷いてしまったのである。







半信半疑だったが、そんな考えはすぐに霧散する事となる。その後、彼女の家に連れて帰られた俺には食事が振る舞われた。



なぜ?



翌日にはボロ雑巾の様な服の代わりに着替えも用意してくれた



なぜ?



1週間後には養子として正式に俺を迎える事が出来たと教えてくれた。疑問は尽きなかった。


『なぁ、あんた...なぜだ』


その晩、食事中に俺は彼女にそう問いかけた


『これかい?これはねぇ私の地元の味付けでねぇ』


スープをかき回しながら、そんなすっとぼけるかの様な反応を返される。


『違う!見返りも無しでどうしてここまでしてくれるのかわからない!不安なんだよ!明日にでもきまぐれでライオンの檻に放り込まれるんじゃないかって...気が気じゃないんだ』


無条件の慈悲なんて存在しない。その意味は路上暮らしで痛いほど理解していた。故に心底不気味だった。久々に食べる温かい飯も何もかもが嘘臭く見えるほどに。


『はは!当然の考えさね。でも特に理由は出てこないさ!少し一人に飽きていたのもあるが...お前を引き取った理由の中で最たる物は、まさにそのきまぐれだからねぇ』


そう言って、いたずらが成功したの様にケラケラと笑う。


『なっ!....』


『自惚れるなガキ。価値が無ければ今から作ればいいさね。そうだねぇ...あたしゃぁ今40といくつだから、早めに死んでも後10年ちょっとは生きる。それまでにお前を引き取って良かったと思わせてみなよ』


どこまでも適当な人だった。だが、そんな適当な人だったからこそ俺はここに居て、おざなりではあっても俺に生きる目標をくれたのだから、幼いながらもそれを信じる事にした。


『ついでに、養子として登録する際にお前の名前は適当に決めちまったから、そのうち良さげなの考えてやる。それでいいかね?あたしゃレイコでいいからさ』


『いい...わけ!ないだろ!!』


御剣レイコ、そう名乗った彼女は

本当に....本当にどこまでも適当な人だった。







レイコはこの国の出身じゃない。それを知ったのは紛争が落ち着いて国の渡航制限が緩くなった時だった。彼女が「こんな危ない場所、命がいくつあっても足りやぁしないよ。日本帰るよ日本」等と言い出した為である。しかし、暴漢の2、3人なら余裕で伸してた彼女だ。今思えば、これは俺の事を考えてくれていたのだろう。


当時、学がないガキだった俺はどんな場所だろうと不安に思ったが、多量の好奇心がそれを和らげてくれた。


ただし、そんな不安は杞憂だったとすぐに理解する事となる。当時はびっくりした物だ。どこへ行っても塗装されている道路、臭くない街、人々の明るい表情。異世界に迷い込んだかのような気分だった。


だが、そんな良い気分も役所での手続きの際に吹き飛んだ。祖国でレイコが適当に登録した俺の名を、その時初めて知った為である。


『これは流石に...だめだろ』


この時点で日本語は基本的な所しかわからなかったが、この単語だけはしっかりと発音からその意味まで理解していた。忘れるはずなどない。彼女がフライト中、耳にタコが出来るぐらい久々に食べるのが待ち遠しいと何度も繰り返し口にしていた。


「少しでも親近感を持つために好物の名前をつけたが、本当に間抜けな響きだねぇ...。」


『...』







学校に通い始めて数年が経っていた。最初こそ不慣れな事ばかりで苦労した物だが、慣れてしまえばどうということはなく、友人も出来、充実した日々を送っていた。そんな夏休みを前にしたある日


「今日からお前を鍛えるぞ。ジャージに着替えてきな」


レイコのそんな突拍子も無い無慈悲な宣告によって、俺の日々は平穏とはしばしの間お別れをする事となる。“鍛える”といえば聞こえは良いものの、実態は酷いという言葉では言い表せなかった。


森に身一つで放り出され、一週間のサバイバルをやらされたり、彼女が納得するまで近接格闘を徹底的に叩き込まれたりもした。死体の様に眠っていようが冷水で強制的に起床だ。所属した事がなくても自信を持って言えよう、一般的な軍隊の訓練にも負けず劣らずの厳しい日々だったと。







それからさらに数年


俺の足元に顔をボコボコに顔を腫らした同級生が転がっている。元々、普段から問題のある奴ではあったが、こちらに害のない範囲だったから無視していた。だが今回は違った。


その日はうっかり忘れ物をしていて、それを帰り道半ばで思い出した為に一度戻る必要があった。教室に着くと中から人の気配がしたので、不思議に思いながらもドアを開けるとそこには予想外の光景が広がっていたのだ。映画の話題で仲良くなった友人のタカスが胸ぐらを掴まれ一方的に殴られていたのである。


静止の言葉も忘れ、頭が真っ白になり、気づけば現在に至る...という訳であった。だが、それにしたってやり過ぎてしまっていた。助けた本人には感謝されたが既に後の祭り、騒ぎを聞きつけ駆け込んできた担任教師に見つかる運びとなり、言うまでも無く俺は悪者にされた。タカスは庇ってくれたが、地面に転がってる奴の言葉のほうが優先された。当然だろう。こいつは生徒からの評判こそ最悪だが、教師陣からの信頼は厚かった。


すぐに両人の保護者が呼び出されたが、当のレイコは多忙で来れなかったらしく、一旦保留とし、俺は家に帰される事となった。







家に着き玄関をくぐると、彼女はそこに立っていて


『いたっ!』


頭を思いっきり叩かれた


『話を聞いてくれたっていいじゃないか!』


ついカッっとなってそう噛み付く


「いいかい?お前に暴力それを与えたのは、適当に振るうためじゃあないよ?」


『じゃあどうすればよかったんだ!友人が目の前で虐められてるのに...無視でもしろと?』


「はっ!そんな意義りゆうはお前個人の物で、社会的に見たらなんの価値もない。他人に暴力を認めてほしければ嘘でも良い、上辺だけで良い、それを誰もが認める大義せいぎに昇華させな。その大義の傘の下にお前が入ってない時点で負けさね」


強い口調ではあったが、その実、正論も正論であった。確かに根回しする方法なんていくらでもあった、感情的に行動せずにより大きな力を利用できないか探るべきだったのだ。まさに自分がその大義の名の下、人生を壊されたうちの一人なのに。それを一番痛いほど理解してるはずだったというのに...酷く、平和ボケしているように感じられた。







翌日学校に行くのが億劫でしょうがなかった。これから起きるであろう面倒事が理由ではない。自分が幼少期からまるで何も成長出来てない様に感じられて、自己嫌悪の渦中にいたからである。


気づけば教室に着いていて、意を決してドアを開けた...が、思ったより力んでしまったのか、スライド音で教室中の視線を集める事となった。ああ言ったものの、やはりどう思われているのか不安といえば不安だった。他人に嫌われて嬉しい人間なんて滅多にいる物ではないだろう、



『おは....


「タケ!お前かっこよかったぜ!」


覚悟を決めて挨拶をしようとしたら、クラスメイトの一人が開口一番そう言いながら携帯の画面を見せつけてきたのだ。そこには昨日の事の一部始終が映し出されていた。今朝からグループラインに匿名で流出しているらしい。一体どういう事だろうか、あの場には俺とタカス、教師と件の生徒しかいなかったはずだ。そう思考を整理していると見知った顔が出てくる。


「タケくん!昨日はありがとう!本当に嬉しかったんだ!でも実は...」


昨日助太刀に入った友人、タカスが申し訳無さそうに語ったその内容は衝撃的で、例の動画は我慢の限界に達した彼が彼自身が虐めの証拠として教師陣に突き付けるつもりで撮影した物だったらしいのだ。結論から言ってしまえば、俺の友人はとてもクレバーで有能だったのである。


結局事は一件落着、お咎めは無し、居場所を失った件の生徒は転校する事となり平穏は戻ってきた。何もかも上手くいったのだ。喜ぶべきだろうが素直には喜べなかった。今回は自分の未熟さという物をまざまざと見せつけられたかのようで、酷く気分が重い。


「何をシケた面してんだい、図らずもあんたが正義になったじゃあないか、喜びな」


俺の気持ちを知ってか知らずか、レイコの容赦のない言葉が降り注ぐ。


『あぁ...そうだな...』


そんな自分の返事がただただ虚しく感じられた

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