5.No pain no gain

安全第一で先に外側を回っていたのが功を奏したようで、元々半開きだったドアからお互いを押しのけるようにして、次から次へと人が体育館から出てくる。尤も、一様にして傷だらけの全身から血をポタポタと滴らせながら、ふらふらとどこかへ歩いて行く彼らを人という枠組みに当てはめる事が出来るどうかは怪しい所なのだけれど



ざっくり数えて40人前後出てきた所で流れが止まった。大半はのろのろと学校の外に向かったようだが、一部は校舎内へと入っていった。だが、問題は....


「ゔぁー」


咄嗟に登った、この木の下でただ一人無限にたむろしてるこいつだ。かれこれ30分は観察しているが、動く気配がない。


当然、木というものは音の発生源の塊で、こいつ等に仲間を呼ぶような習性があるどうかもわからない状況下では、身動き一つも取る事が憚られた。そう呑気に考えてると



!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




何処かから空気が震えるような爆音があたりにこだました。クジラの鳴き声のようにも聞こえるそれは余りにけたたましく、反射的にで耳を塞いでしまった。


『あっ』


気づいた頃にはもう遅く、雨上がりで十分に湿っていた枝の上から、見事にバランスを崩して滑り落ちていた。ふいに出た間抜けな反応は爆音によって掻き消されたが。目の前にいたそれに完全に存在が露見してしまう形となった。


「ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」


そこら中から甲高い咆哮が聞こえてくる。仲間を呼ぶタイプか!


『クソったれ!』


このままでは多勢に無勢、せめてこいつだけでも仕留めねばと思い、ククリを抜き放ち肉薄する。



スカッ



だが、脳天に向かって決死の覚悟で振り下ろしたククリが空を切ってしまう。


『避けっ!?』


そう悪態をつこうとするよりも早く気づく、そいつはこちらには見向きもせず背を向けて走り出していた。その動作の一環でたまたま外れたのだと。


回りを見回すと、校舎内に引っ込んでいた他の奴らもいつの間にか出てきていて、一様に同じ方向に向かって大移動のようにどこかへ走り去って行く。


その場に残ったのは、自分と行き場を無くした戦意だけであった。







結局、奴らがどこに行ったのかはわからずじまいだった。

その後、戻ってくる気配も無かったので、誰もいなくなった構内を細心の注意を払いながらも一通り見回った。しかし、血溜まりがそこら中にあるばかりで収穫はなく、最終的に件の体育館だけが残った。


いつ奴らが戻ってくるかもしれない状況だったが、生存者がいる可能性は無視できなかった。俺はレスキュー隊でも何でもない。当然、そんな義務はない。人がいたとて、見捨ててもこんな状況だ、誰にも責められないだろう。しかし、それは認められなかった。自身の矜持の問題だった。


体育館の金属製の正面入口をククリで叩く、高い音が辺に響くが少し待っても中から反応は見受けられない


よし


意を決して重い扉を開ける。




『ッッ!』


言葉は出なかった。失ったと言うのが妥当か、この光景を少しも怯まずに一望出来る人間がいるとすれば、人として何かが欠けているというのが適当だろう。それほどの惨状であった。


『だから...だからどこにも死体がなかったのか』



数え切れぬほどの死体が広い空間の中央に山のように積み上がり、そこから流れ出た血が周囲に広がっている。この屍山血河としか表現出来ぬ凄惨な光景が奴らによって一日足らずで作り出されたとするならば、脅威と評すに値するじゃ足りない。


今が冬場で良かったとひどく安堵する。これが夏場であれば強烈な死臭を放っている可能性もあったからである。無論、むせ返るような血の臭いは周囲に広がっているが...。


『これじゃあここに生存者がいると言う望みも薄そうだな...』


死体が積み上がってると言ったものの、その表現は適当じゃないとすぐに知る事となった。なぜなら、酷く損壊されていない遺体は一つとして無かったからである。ここにあるそのどれもこれもが腕や足、頭といった部位を千切られ、同様に積み上げられていた。


圧倒され暫く立ち尽くした後、これ以上ここで得られるものは無いと思い、踵を返すことにした。




だが振り返るや否や、視界内に影のような物を捉えたと思えば。腹に伝わる強烈な不快感と共に真後ろに吹き飛ばされていた。


『カハッッ...!』


幸いと言うべきか、死体の山がクッションになってくれた為大事には至らなかった。同時にすぐに自分が腹に受けた衝撃で原因で吹き飛ばされた事を理解する。


そしてそれを為した存在も


そいつは正面出口を塞ぐかのようにそこに立っていて、歪な肉で出来た赤黒い全身鎧を身に纏い、その手には同じ色の斧槍の様にも見える武器を携えていた。


あれで殴られたのか


背丈は目測2メートル強、人であれば巨漢では済まない。これまた幸いで、自分の腹から内容物が溢れてない所を見るに、武器に刃はついていないっぽいのが救いか。


「!」


こちらが息を整える隙すらくれずにその全身鎧はこちらに向かってその得物を垂直に振り下ろしてきた。


『クッ...!』


鈍い音と共に咄嗟に抜いたククリで防御に成功するが、上からの強烈な衝撃で体が山に沈み込む。背中に伝わる血液のじっとりとした感触が気持ち悪い。だが、体が沈んだ勢いのまま、紙一重ではあるがそれを受け流すことに成功する。運がよかっただけだった。これは殺せないと本能で理解する。


後ろには逃げられない。最短距離は正面出口、判断に時間はかからなかった。


なんとか足元をすり抜ける事に間一髪成功して入口にひた走る。


しかし、入口に手が届く直前、背中から異様な圧力を感じ、横合いに飛ぶ。





自分がさっきまで立っていた場所を何かが物凄い速度で通り過ぎ、耳障りな音と共に扉をひしゃげさせながらそこに突き刺さっていた。


『おいおいマジかよ』


それは奴の持っていた斧槍だった。刃もないのに刺さっている所を見るに物凄い力で投げられたのだろう。あのまま外に出ようとしたら俺の末路は串刺しでは済まない事になっていた。背筋が冷える。


構わず奴はゆっくりとした速度でこちらに向かって来る。


逃げるべく咄嗟に立ち上がろうとした時、手をついた位置あった硬い感触に気づく。


そこにあったのは上下二連の猟銃だった。


『神にはまだ見捨てられてなかったらしい』


弾が装填されてるか確認する時間も惜しく、すぐに構えて頭を狙って2発、間髪入れずに発砲する。


「!!!」


だが、当然のように死んでくれるはずも無く、怯むのに留まったがそれで十分だった。



今度はこちらから肉薄する。あっちも体制を立て直そうとするが、こちらも使い道の無くなった猟銃を思いっきり奴にぶん投げそれを邪魔する。


至近距離でこちらを掴もうとするが、間一髪で避ける事に成功する。そのまま奴に組み付き、玉砕覚悟でをぶっ刺した。


『頼むから死んでくれッ!』


鎧の隙間にククリが滑るように入っていく。


「クァァァァァァッッッ!!」


しかし、苦しむような素振りを見せた後、奴は鎧の様にも見えていた頭部を鋭利な口に変形させ、耳をつんざくような叫び声を上げたかと思えば、しがみついていたこちらの左腕に噛みつこうとしてきた。


紙一重でなんとか離れ、距離を取る事に成功する




が遅かったらしい。頭を上げて見えたその口には何かが咥えられていた


そう、疑うべくものない自分自身の手が。


左腕を見る。無惨な切り口と共に手首から先が無くなっていた。


『ッッッ!』


声にならない声が漏れる、痛みはまだない。だがショックを受けてる場合でもない。なんとか自分を奮い立たせ奴を見据える。



しかし、顔を上げたその時には奴の片膝が地面についていて、なにかに耐えるように一度強く全身を震わせたかと思えば、前のめりに倒れ込んで、そのままピクリとも動かなくなった。



拍子抜けだった。本当に死んだかはわからない。だがそれを確かめる余裕もない。噛まれてしまった。感染経路は現状不明だが、血も大量に被ってしまった。どちらにせよ助からないだろう。


『あっ...』


緊張が解けたからなのか、出血による物なのかわからないが、酷い立ち眩みで立てなくなり倒れ込んでしまう。


ここで死ぬのは嫌だな...。


視界が暗転し、俺の意識はそこで途切れる事となった。

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