戦血のヴァルハラ

向方定未

1章 Melting snow

Prologue

――それは、余りにも異様な光景だった。

血の匂いが染みついて離れない。そんな薄汚れた人間で満ち溢れた軍の一室の中。

銃を抱えて、無表情のままこちらを見つめる少女が立っていたのだ。

「……その子は」

目を合わせぬように視線を下に向けたまま、落ち着いて静かに問いかける。

「人でない。これは兵器だ」

「何を……」

耳に伝った言葉を理解できず、伏せていた視線を上げてしまう。

そんなはずはない。目の前にいるのはどこからどう見ても普通の少女だ。

雪のように白く透き通った綺麗な肌と髪。呼吸をして起伏を繰り返す胸。

手持ち無沙汰なのか、時より銃身を擦る細い指。

――これが人でなければなんなのだ

舐めまわすように見つめ続けていたことに気づき、視線を逸らす。

それでも、少女の表情は眉一つ変わらない。

「少女型兵器・ヴァルキリア。これは機械だよ」

「少女型……兵器?」

「そうだ、銃と変わらない。強いて違いを挙げるなら、自立しているというだけだ」

抱えられている短機関銃。持ち主の手が小さいせいか、それはとても大きく見える。

揺れる髪先から覗かせる金色の瞳と目が合ってしまう。

「第三試作機 スノウ・リエッタと申します」

抑揚がなく淡泊。鳥の囀り声を思わせる声で少女は自己紹介する。

「……」

ますます目の前にいるのが兵器だと信じられなくなる。

誰に指示される訳でもなく、状況を察して自ら発言したのだ。

「俺は……渡鴉レイヴンとでも呼んでくれ」

「よろしくお願いします。マスター」

ごく自然と腰を折り、少女は頭を下げる。

「人のように扱った所で無駄だ。何度も言うが、所詮兵器だ。命なき機械だ」


繰り返される言葉に言い返しそうになる。

兵器ならば、機械ならば。何故少女の形にしたのだ。

その答えは聞かずとも帰ってきた。

「今回呼んだのは他でもない。貴様に出来る事など知れているだろう」

「はい」

「レッドアイ作戦。詳細は書類に目を通せ」

床に投げ捨てられた書類を拾い上げ、隅に刻まれた数字順に並べる。

――隣国の難民受け入れに乗じて海の都に潜入せよ

「戦争……ですか」

「そうだ。現在、平和条約によって表立った戦争を起こせば連合に目をつけられる」

グラズヘイム講和により侵攻を受けた国を防衛する主要国による連合が立ち上げられ、抑止力となっているのである。

「それによって資源問題や社会問題を抱えた国は内乱を起こし、難民が生まれた。見て見ぬ振りも出来ぬ奴らは難民それを受け入れざるを得ない」

「そこに乗じる訳ですね」

目の前に立っている男こそ、同じ人間であると信じられない。

心底軽蔑するが、自分も同じだと知っている。だからこそ、頷く事しか出来ない。

戦いの中でしか生きられない。そこにしか生きる意味を見いだせないのだから。

「子供は守るべき象徴。未来だ。奴らを欺く為の予防線だ」

「それが、兵器を少女の形にした理由。という訳ですか」

――どこまで貴様は、

喉の先まで出かかった言葉を呑み、爪が食い込む程強く拳を握りしめる。

「話は終わりだ。決行日まではヴァルキリアと模擬訓練でもしておけ」


少女は、床に置かれていた黒塗りのアタッシュケースへと銃をしまう。

「鞄をお持ちします」

こちらに歩みより、レイヴンの鞄へと伸ばされた手を払う。

「マスター……?」

「自分で持つ……。大丈夫だ」


そうして、呼びかけもないまま遠ざかる背中を、少女は追いかけるのであった。


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