第3話
突然の乱入者に真紘も男もぽかんとする。城戸は飄々とした態度で白い指先でスマホを操作すると、その画面を男に見せた。
「よく撮れてると思いません? これネットに拡散したらどうなるかなぁ。強姦に暴行で重たい罰が下されるのは確実。当然今の地位を失うどころか、社会的にも抹殺される。この国にあなたが生きていける場所はなくなるでしょうね」
城戸は朗らかな声で口遊む。先まで赤かった男の顔がすっかり青褪める。
「や、やめろ」
ふらついた足取りで男が城戸に近づき手を伸ばしてスマホを奪おうとする。城戸は軽やかにそれを躱すどころか、男の手首を片手で掴んで捻りあげた。
「大人しくしてくれないと、指が滑っちゃうかもしれない」
その声がやけに神妙で、ともすれば本当にネットに拡散しかねないと思った。
「き、城戸」
さすがにやりすぎではないかと止めようとしたら、薄色の瞳が真紘の方を向いた。視線が絡むと、妖しく細められる——今、自分は、よくない失敗をしてしまった気がする。
そう思ったとき、トイレに複数の足音が入ってきた。オーナーと警備員が二名。片方は城戸が捕らえた男を引き取り、もう片方はトイレで蹲っているSubの青年に近寄り跪き、ケアのワードを口にした。どうやら、この警備員はDomらしい。病院の治療でもSubdropを緩和させることはできるが、いちばんの薬はDomからのケアである。傷ついたSubはDomから認められ、褒められ、慰められることで、抱えている恐怖から解放される。
先まで虚な目で謝罪を繰り返していた青年の状態はだいぶ落ち着いた。警備員がそのまま「念のため病院に連れて行きます」と抱えていったから、おそらくはもう大丈夫だろう。
警備員がいなくなり、オーナーも城戸に深々と礼を告げ、彼にドリンクをサービスするよう真紘に言うとトイレを出ていく。
後に残されたのは、真紘と城戸だけ。
「……お客様、ご協力感謝いたします。オーナーからもあったようにドリンクをサービスさせていただきますので——」
「サービスしてくれるっていうなら、ドリンクよりこっちの方がいいな」
城戸が真紘との距離を一歩詰める。白魚の指先が真紘の顎を掴む。薄色の瞳がじっと見つめてくる。
「先輩とのお話タイム」
「えっと……」
「今更しらばっくれても無駄だよ。俺の名前呼んだでしょ、先輩」
城戸はにっこりと微笑む。
「英南高校三年七組、出席番号十番の黛真紘先輩」
どうしてクラスに出席番号にフルネームまでご存知で。
「……仕事中なので」
「じゃあ、明日の昼休みにお話ししよ」
「いや、昼休みは」
「ねぇ、先輩。あんまり冷たくされると、俺、寂しさ余って学校で口滑らせちゃうかも——先輩がプレイクラブでバイトしてるってこと」
城戸が手に持ったままのスマホの画面をなぞると、真紘が彼の席に注文をとりに行ってつい顔を背けていたときの写真が現れた。あの時はシャッター音なんて聞こえなかったのに。
「よく撮れていると思わない?」
先の脅しをまさか真紘にも使ってくるとは。そこまでの罪を犯してもいなければ、それだけをする価値が真紘にはないと思うのだ。それとも……あのたった一瞬の邂逅を実は根に持たれていたりするのだろうか。
なんにせよ、あらゆる規則を破ってしまっている現状を学校にばらされたら非常に困ってしまうわけで。
「……分かったよ」
真紘は城戸の誘いもとい脅迫を受ける他なかった。
「よかった」
そうにっこり笑う城戸は天使のような麗しさを持っていたが、やっていることは完全に悪魔のそれである。
「じゃあ明日の昼休み、会いにいくから。逃げないで待っててね、真紘先輩」
ひらりと手を振った城戸の手首で、青のラバーバンドが揺れる。軽やかな足音が遠ざかっていく。
ひとりになった真紘はがっくりと項垂れた——なんとも美しく恐ろしい嵐に遭遇してしまったものである。
(まぁ、でも、なるようにしかならないか)
幼い頃からちょっぴりトラブル吸引体質だったが故の切り替えのはやさと楽観は真紘の数少ない取り柄だった。
ため息ひとつ吐き、真紘は再びホール業務に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。