そして永遠になる。
アルタナディアがイオンハブスに帰還して五ヶ月―――。
父であるガルノス王の死から半年以上経過したことになる。
アルタナディアは独断で軍を動かし、被害を出した事に対する議会からの責任を追及されるも、それを乗り越え、その後は次々と国政に着手していった。バレーナ襲撃による大臣たちの背信行為は許したものの、汚職により排斥された者たちは適時処分していった。私情を挟まないやり方は庶民には公正だと歓迎され、一部高官には容赦ない仕打ちと捉えられたが、誰にもアルタナディアの真意は読めなかった。
この間、エレステルではバレーナが正式に女王となり、同時に反乱を起こしたサジアートやオーギンは断罪された。同時に、反乱軍の生まれる温床となった元軍人・傭兵に対する法律が定められ、現役の軍人である戦士たちも厳しい規律が課せられることとなる。これには現役・退役軍人を問わず批判的な意見が多かったものの、国民からは絶大な指示を得た。軍関係者から理不尽な略奪や暴行を受けた者が多かったこともあるが、イオンハブス軍という比較できる対象が現れたのが大きい。彼らの一糸乱れぬ行進がエレステルには新鮮に映り、「戦士」に誇りを持つ国民性ゆえに、負けたくないという思いが芽生えたのだ。皮肉だが、隣国に対するコンプレックスが功を奏したのである。
かくして二国の新王による統治は歩みを始め、世間も落ち着きを見せた頃、合同戴冠式という話が持ち上がった。
ガルノス王の死から混乱が続いたために後回しにされていたが、声は常にあった。美しい女王二人が揃って冠を頂くという図は歴史上でも類を見ないイベントであり、両国の国民は期待と熱気の渦に巻かれた。
その裏で、開催場所や日時、形式などで両国の首脳が一揉めしかけたが、バレーナとアルタナディアの共同声明が鶴の一声となった。
フィノマニア城で戴冠式を行い、中央街道をパレードする。国境でエレステル側に引き継がれてグロニア城へ、そこでもう一度戴冠式を執り行う。日程は十日間。世間からは「まるで結婚式のようだ」と囁かれた。
戴冠式を翌日に控えた夜。バレーナはフィノマニア城の一室で、アルタナディアと向かい合って座っていた。
あの日と同じ部屋、あの日と同じ白と黒のドレスで、言葉も少なく、ただワインの入ったグラスを傾けている。
あの日と違うことといえば……月が出ていないことか。
その代わりに地上が明るい。戴冠式の準備と前夜祭だ。真夜中だというのに、城下は赤い灯火で溢れている。
「現場は騒々しいのだろうが、ここから見ればロウソクの火のようだな。バースデーケーキみたいだ」
バレーナがグラスを空にする。
「お酒が進まれているようですが、傷の具合は大丈夫なのですか?」
「それは私のセリフだ。結局自分の目で確認できなかったが………身体に痕が残っていないだろうな」
「………ご覧になりますか?」
アルタナディアがドレスの襟元に指を掛ける仕草をする。バレーナは咳き込んだ。
「アルタナ……酔っているのか? 明日からは大事な式典だぞ。飲みすぎるなよ」
アルタナディアは答えず、グラスに口をつける。反乱終結後、二度ほど一緒に食事をしているが、酒は舐める程度だったはずだ。今夜部屋に誘ったのも、ワインを用意したのもアルタナディア。祝いの前日だから内心浮かれているのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだった。アルタナディアは思い詰める様にして、ワインを飲み込んでは継ぎ足していく。
「アルタナ。そろそろ飲むのを止めろ」
「大丈夫です…」
アルタナディアはふらりとテラスへ出て行く。バレーナもグラスを置き、追った。
「どうしたアルタナ………女王の椅子に座る事に重責を感じているのか? 私がいるだろう、不安になる必要はない」
「それは、キスをしてくれるということですか」
不意打ちにバレーナは言葉を詰まらせた。
二年前の「あの時」がフラッシュバックする。あの時のアルタナディアに対する想いが、押さえ込んでいた分だけ強く大きくなって蘇ってしまう。
「あの時……お前とキスを交わしたあの時からしばらくして、私は考えた。お前が名前で呼ばなければ、私は求めなかった。普段通りに姉上と呼んでいれば、私はお前を保護する使命感で理性的になったはずだ。誘ったのは………お前のほうだったのではないか」
するとアルタナディアは珍しく口をとがらせた。
「あれほど激しく鳴り響いている胸を押し付けられれば、私もおかしくなります」
「む……」
返す言葉もない……。
二人は少し距離をとり、しばらく無言で風に打たれた。酔いを醒ますように……
「―――明日になれば、私も貴女も名実ともに女王となります。そうなれば、このように二人で過ごすことがあと何度あるでしょう?」
バレーナはギクリと背筋を震わせる。二年前のあの時に自分が抱いた感傷そのものだ。
「今まで通りに姉と慕うことはできても、それ以上の想いを抱く事は許されなくなる……」
「アル…んっ……」
アルタナディアがバレーナに唇を重ね、熱く、交ざる―――。
「っ……よせ、また出歯亀がしゃしゃりでてくるぞ」
「…妬いているのですか?」
「何を言って…!」
「誰も来ません。今夜は」
「―――――」
二人の視線が交わる。そしてアルタナディアが一歩踏みこんだ。重なった胸から、早く、大きな鼓動が伝わってくる……。
顔を寄せたのはどちらが先だったのか。また二人の影が重なる―――。
「はっ…」
待ち望んでいた感触が二人の生の顔を暴き出す。もう、止まらなかった。
「バレーナのせいでこうなったのです。ならせめて、剣で身を刻んだ分くらいは愛してくれてもいいのではないですか?」
アルタナディアが濡れた唇の隙間から荒く息を漏らす。
「そんな屁理屈、子供でも言わんぞ」
反論しながらも、バレーナはアルタナディアの唇を奪い返す。
久方ぶりに会ったアルタナディアは違った。無意識に発散されていた魅力を、明らかに、意識的に自分に向けてくる。
アルタナはわかっていない……私の醜さを。
私は強欲な人間だ。私を誘うのがどういうことかわかっているのか? お前の全てを手に入れられるというのなら、戴冠式などどうなってもいい―――本心からそう思っているのだぞ?
細かくキスを繰り返しながらアルタナディアは少しずつ下がり、バレーナは追っていく。二人はゆっくりと部屋の奥、暗がり………ベッドの側へ。口の中に溢れる甘い痺れが脳まで侵していくようだ。生々しい感触に陶酔する中、ベッドへ押し倒そうとしたアルタナディアにするりと身体を入れ替えられ、逆にバレーナが圧し掛かられる。
自分に馬乗りになるアルタナディアにバレーナは興奮する。狂いそうなほど想い続けていたアルタナがこんなに自分を求めてくれる。それが何より嬉しかった。
しかし―――熱く吐息を漏らしながら、アルタナディアは泣いていた。
「アルタナ………?」
「私は………私は……貴女とずっと一緒にいられるのなら、玉座も、国も、名前もいらなかった……!」
涙がポトリと、目元に落ちて……。それに重なるように、涙があふれて……。
そっと抱き合い、ごろりと身を入れ替える。バレーナが覗き込んだ暗闇の中のアルタナディアは、もう二度と見ることのない少女の表情をしていた。
息をつかせないほど深くキスをするバレーナ。アルタナディアもまた溺れるように手足を絡め、強く求める。そうして影は一つに融けて、夜に沈んでいく………
今夜を、永遠の夢にするために―――………。
イオンハブスとエレステル。
二百年間―――二国は栄華を極めた。
そして二人の姫君の伝説は、歴史に語り継がれたという―――……。
(終)
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