決戦(4)



 みなごろしにする―――アケミが口にしたその言葉の意味が全く腑に落ちないカリアだったが、いざ始まってみれば語るに及ばず。要するに、本気になるということだった。

 とはいえ、アケミの本気とはやる気の問題でも力加減の話でもない。強いて言うなら「匙加減」だ。シロモリは戦うためではなく、斬るために剣を抜くという。つまり生かすか殺すかは急所を斬るかどうかであって、手を抜くという事ではない。

 「鏖作戦」に関するエイナの説明はこうだった―――

「いいか、絶対に隊長の十五メートル以内には入るなよ!? どんなにピンチに見えても助けに行こうとすんな! 十メートル以内に入ったらお前が死ぬ……絶対死ぬ! というか、お前が私から離れるな! お前の役割は私たち三人のフォローをすることだ。いいな! 絶対だぞ!!」

 何度「絶対」と繰り返すのかと呆れそうになったが、ギャランもノーマンも真顔だ。その理由は突入してすぐにわかった―――。

「ぎゃあっ!!」

「ふぐおぉ…!!」

 …叫べるものはまだマシだっただろう。アケミの握る長刀が閃く度に鮮血の雨が降る。積極的に突撃し、十メートル以内に入ったものを片っぱしから裂いていく。もはや伝説に聞くバーサーカーだが、アケミ自身は淡々と、その眼は怖ろしく冷たい。人を斬るというより精肉の解体作業をしているようで、感情値がゼロだ。

 ああ、これは人の所業じゃない。鬼だ。だから「長刀斬鬼」なのか…。

「ボケっとすんな!」

 現実から思考が離れかけていたカリアの尻をエイナが蹴る。曲がりなりにも戦闘中であり、加減などない。

 現状カリアができることはほぼない。アケミから離れて二十メートル後方からエイナとギャランが弓で援護するだけだ。具体的にはアケミの攻撃範囲外の敵―――建物の三階などからアケミを狙う敵を狙う。エイナはまだしも、小柄なギャランは弓を引く力が弱いため飛距離が稼げず、牽制になっているかどうかも怪しい……しかしそれでも十分だった。矢で狙われようとアケミは当たらない。大して見上げていないのに、どこから射られているのか見えているようだった。

「あー……だから嫌だったんだよなー…」

 ぼやくギャラン。矢の狙い先が大分おざなりになっているが、そうこうしている内にアケミはあらかた敵を斬り倒してしまった。広い敷地の庭は一面に血が沁み込んでしまっている……だが積み上がる死体の山など目もくれず、アケミは長刀を担いでさっさと屋敷の中に突入してしまう。後ろに控えている四人に合図も送らない。

「続くぞ!」

 エイナの掛け声でアケミの後を追う―――。

「隊長、前とは違うな」

「え!?」

 ノーマンの声は独り言か話しかけたのかわからなかったが、カリアは声を拾って返事してしまった。

「前…ブロッケン盗賊団の時も同じようなことをやって、途中で剣が折れた。でも今回はそうならないようにしてる。敵の攻撃を剣で受け止めていない」

 それはカリアにもわかる。アケミの剣はほとんど後の先…襲いかかってくる相手にカウンターで合わせている。剣の振りがとてつもなく早いこともあるが、「合気」の体術も卓越しているのだ。カリアもガンジョウ師範に手ほどきを受けたが、なんとなく感覚を掴めただけで、実戦で使えるレベルではない。

 先行したアケミが蹴破ったドアを抜けると、ロビーで待ち構えていた敵は一掃されており、アケミは二階に続く正面階段を上った先の二人を倒していたところだった。そのまま進むと、アケミは急に二階の踊り場で足を止めた。そしてちょいちょいと手招きする……。

 カリアがエイナに判断を求めるとエイナも不思議そうな顔をしながらも慎重にアケミに近づく。十メートル以内に入る―――…

「――悪い、ちょっと休む。ノーマン、懐紙」

 壁に背を付けてもたれかかるアケミは息を上げていた。アケミは受け取った懐紙で長刀の刃を挟み、ぐっと滑らせると、拭いとられた血がばしゃりと音を立てて床に落ちる。一通り拭えたことを確認して長刀を鞘に納めると、アケミはがくりと項垂れてしまった。

「おい! 大丈夫か!?」

「大丈夫だ、騒ぐな。どこもやられてない。ちょっと息止めてただけだ……むせるからな。だがそれも―――」

 すうっと息を吸い込み―――――…深く、吐き出す………。これだけでアケミの呼吸は落ち着いた。

「まあこんな具合だ。体力もまだ持つ。一応百人抜きした逸話もあるんだぞ。余計な心配するな」

「でもなんか、辛そう―――」

「…いいかげんにしろ」

 髪に付いた血を拭おうとするカリアの手をアケミは払いのける。その口調は強く、周りのエイナたちもびくりと肩を震わせた。

「お前が最優先で考えるのはアルタナディアのことだけだ。お前らの陣地が壊滅したのを知って、最悪の結果を想像して不安になってるんだろ。そしてそれを考えないように目の前のあたしにばかり目を向けている……バカかお前は! お前が信じてやれなくてどうする!? アルタナだって……アイツだってお前がいないとダメなんだぞ! エイナが言ってただろ、どんな手段を使ってでもやれと。あたしが消耗しようが玉砕しようが、お前は自分が仕える主の事だけ考えてりゃいいんだって……ったく、こんなこと言わせるなよ。他国の人間だぞ、あたしは…!」

 カリアの頭をゲンコツでカツンと殴ると、アケミは長刀をノーマンに投げ渡した。

「……不安にならないためには、強くなることだ。不測の事態が起きたときにどうにかできる力を持っておくことだ。それが話術か剣術か、それとも別の類の力なのかは知らんが、自分にできることをやれ。自分にできないのならできる仲間を作れ。そうすれば、後悔しないで済む……」

「…………」

 アケミの言葉にどこか生々しいものを感じたのは、カリアだけではない……。

「とりあえず……お前に一番合いそうな力の使い方からお手本を見せてやるよ。残りの敵が数十人か数百人か知らんが、あっという間だぞ。ちゃんとついてこいよ」

 アケミが腰の刀を抜き、両手に構える。二刀流だ。普段見慣れぬスタイルながら頼もしく映ったが、カリアは一瞬見た苦悩の表情がどこか引っかかった…。



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