決戦(2)
屋敷は要塞としても使えるとのことだが……
「…マジ?」
ギャランが小声で呟く。
森と敷地の境、木々の影に隠れてアケミたちは目標地点の様子を窺う。
広い敷地。高い塀。何より四階建ての石造りの本殿―――屋敷というか、小城といっていいレベルだ。これに見張り塔と宿舎等の施設が加われば国境の砦と遜色ない。とても個人の持ち物だったとは思えない。
夜通し歩き続けて、東の空が少しずつ明るくなり、鳥が囀り始めてようやくはっきり見えるようになったと思えばこれである。この中にはほぼ確実に三百を超える兵士がいる。なぜならサジアートの性格上、アルタナディアというキーパーソンを奪うのに寡兵で挑むとは考えられない。イオンハブスの陣地の場所を掴んでいたのなら兵数も知っていたはずで、奇襲を行うにしても倍近い数で臨んだはずだとアケミは読んでいる―――その上で、こう言った。
「いつ来るかわからん増援を待ってられん。このまま突入する」
「はぁ!?」
カリアが驚きの声を上げた。いつもなら今のセリフはカリアが言い出すところだが、そのカリアでさえ冷静にならざるを得ない敵地なのだ。
「こっちは五人なんだぞ!? アルタナディア様がどこに居られるかもわからないのに…!」
「突入すればサジアート付近の守りが厚くなる。そしてサジアートは切り札を手元に置くからアルタナディアもそこにいる。そう難しいことじゃない」
「いやっ……まあ、そうかもしれない?けど…!」
「どうにも後手に回り過ぎている……理由はわからないが、一つ言えるのは、今回の件……首謀者はサジアートだけじゃないな」
「え…?」
「黒幕とでも呼ぶべきヤツがいる。そしてそいつにあたしらの動きは筒抜けだろう。だとすれば、奴らは追手が来る前にまた動く。もし国境を越えてジャファルスに入られたら救出は不可能だ」
「そんな…!」
「考えても見ろ。あたしらが戦線を離脱する前は十分勝ちが見えていただろう。だがその後、サジアートの足取りの情報を受け取るまで決着の報は届かなかった。おそらくなんらかの時間稼ぎをされた。つまり戦闘そのものが陽動で、アルタナディアが本命だ」
「本当に、そんなことが…!?」
カリアだけではなくエイナたちも動揺を隠せない。あれほどの数の激突は経験がない。あれこそ先史にある「戦争」だった。それがただの陽動だとすれば、この作戦を考えた人物は相当肝の据わったヤツだ。
「もしこの読みが正しければ、すでに次の行動が開始されているだろう。最終目的がわからない以上、出し抜けるのはこのタイミングしかない」
「だが……具体的にはどうする? 潜入するにしろ…」
「――そんなことは、決まっている」
決まっている?
カリアが問い返そうと口を開くが、エイナたちの溜め息の方が先だった。
「やっぱりか…」
「三人セットで呼ばれた時、嫌な予感がしてたんだよねー……」
「わかりきってはいたが……キツい」
頭を抱える三人を前にしてもアケミは変わらず続けた。
「要領はわかっているな。なら問題ない」
「待って、私は何もわかってない!」
何かとんでもないことが起こる予感がして必死に食らいつくカリアに、アケミは長刀に手を掛け、真顔で言う――。
「短時間で決められるかが鍵だ。だから―――目につく先から、鏖にする」
屋敷の四階にあるゲストルームに、寝ぼけた顔のサジアートがよたよたと入ってくる。それを腹心の部下であるダカン=ハブセンが迎える。
「お早いお目覚めでございますね」
「うむ……」
時刻はまだ五時前。朝食後、早々に発つ予定だが、まだ早い。
「どうにも寝付けなくてな……昨日、アルタナディアの肌を見たからだな…」
「………興奮して寝付けなかったと?」
「そうではない! あのおびただしい生傷だ! 確かに女性の肌を黙って覗き見たのはよくないが、あれは治療している現場に偶々居合わせただけでだな、決してやましい気持ちがあったわけでは……」
「何を焦っておられるのです?」
「いやっ……ゴホン、とにかくだな…。ダカン、貴様はアルタナディアの母親であるマリアンナ様を見たことがあるか?」
「いいえ」
「俺は二度ほど拝見したことがあるが……それはもう、この世のものとは思えないほど美しく、お優しい方だった。後にも先にも、心より敬愛して『様』付けして呼ぶのはあの方だけだ」
「左様でございますか」
「アルタナディアも成長するにつれ母君に迫る美貌になったと囁かれる一方、幼少のころよりまるで感情的な部分が薄くてな。『美の神が作りだした彫刻』などと陰口を叩かれ、それも過ぎると誰も興味を示さなくなった。王族の血を引く以上の価値を見出さなくなったということだ。それがどうだ……この一カ月であの女は我々を引っかき回し、状況を加速させた。バレーナに勝利したこともどれほど尾ひれが付いた噂かと高を括っていたが、あの無残な傷……信じられん」
「見立てによれば、致命傷こそないものの、失血死してもおかしくない傷だと」
「だろう!? しかも逆算してみろ! フィノマニア城からグロニアまでの到達日数を七日として計算すれば、決闘直後に出立しているではないか! にも拘らずグロニアの会議室に現れたときには何食わぬ顔で要求を突きつけてきたのだぞ!? それがあのアルタナディアなのだ! 石のような無表情の裏にとんでもない爪を隠し持っていたとは思わんか!?」
「ですが、今は弱っております」
「そうだ! それがラッキーだったわけだが………実際どうなのだ、様子は」
「隣の部屋に寝かせておりますが、意識が混濁しているようでして、かなり衰弱しているとのことです」
「動かせそうか? 死なれでもしたら人質としての価値を失うと同時に、イオンハブス王国が崩壊する。まだ国としての体裁を保っておいてもらわねば計画が………なんだ、騒がしいな。アイツら、まさかまだ酒盛りやってるんじゃないだろうな…」
サジアートが窓から外を覗くと、朝日が差し込む庭に傭兵達が集まり―――薙ぎ倒されていた。襲いかかる側から弾けるように斬り倒される。その中心は血風を纏うかの如く、血で滴る刃が嵐のように暴れ狂っている。見覚えのある、あの特徴的なバカ長い剣は―――
「あッ……あの女!!」
「は?」
突如顔面蒼白になったサジアートにさすがのダカンもリアクションをとれない。
「シ、シロモリ……シロモリが来たっ…!!」
「そんなバカな……早すぎます。どうやってこの場所を…」
「それはいい!! すぐに寝ている者を叩き起こせ!! ヤツ一人にどんどんやられているぞ!!」
ダカンの返事を待つことなく再び窓に飛びついたサジアートは迷うことなく力の限り叫ぶ。
「北門から襲撃だ!! 皆起きろ!! 侵入者を撃退しろぉっ!! ……はっ!?」
目が合った…。
アケミに向かった二十人程はすでに息絶え、陽光と返り血を浴びたアケミがサジアートを見上げている。
「あっ……あ…」
高さは十五メートル、距離は数十メートルもあるが、その貫くような殺気をサジアートも感じ取った。
「サジアート様、敵の軍勢はどれ程ですか?」
「ひ、ひとり……ヤツしか見えない!」
「では、少数で陽動という可能性も…」
「バカを言え! ヤツ一人でもここに来るぞ! 俺を殺しにくる!」
「サジアート様、落ち着いてください。いくら長刀斬鬼でもそんな…」
「貴様はあの女を知らんからそんな呑気なのだ!!」
そう怒鳴っている間にアケミが動く。
アケミは転がっていた槍を拾うと二~三歩、助走を付け―――
「うおおおぉぉ!!?」
年代ものの大きな窓枠に張られたガラスが、天井から下がっていた豪奢なシャンデリアが音を立てて砕け散った。高速で飛来した物体はゲストルームを突っ切り、廊下側の壁に深々と刺さって震えを止める…。アケミが投擲した槍が弓の間合い程の距離を飛んでサジアートを襲ったのだ!
一瞬屈むのが遅れていれば、あの壁に磔にされていたのは……
「ばっ…バケモノめ…!!」
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