焦燥と追走


 鬱蒼とした木々が生い茂り、獣道のような道なき道を重装備のまま走り抜ける。森の中はぬかるみや木の根で足を取られ、斜面も多い。移動だけで体力を奪われていく……。

「こんなところを行くより馬で回りこんだ方が早かったんじゃ…」

「なら残ってればいいだろ!」

「んなこと言ってないじゃん…! 俺のナビがなきゃとっくに迷ってるくせに!」

「二人ともぉ、もっと状況を考えろよ…」

 非常時だというのに、このやりとりが今のカリアには心強かった。エイナ、ギャラン、ノーマン―――アケミを除けば、カリアにとってエレステルで最も付き合いの深い三人だ。

「すまないな、みんな…」

「ん?」

 ぽそりと口から洩れたカリアの声をエイナが聞き拾う。

「自分の国が大変なことになってるときに、アルタナディア様のために手助けしてくれるなんて……感謝している」

 謝辞を述べるカリアだったが―――エイナは顔を顰めた。

「お前何言ってる…? お前は唯一の近衛騎士なんだろ。だったら女王様のために何がなんでも、どんな手段でも使おうとしろ! それに昨日のナディア見たら…細かいところは頭に入ってこなかったけど、覚悟は十分伝わった。だから……だから、別にお前を助けてるわけじゃない!」

「エイナ、何デレてんの?」

 茶々を入れるギャランに「うるさい!」とエイナが怒鳴るとアケミが「静かにしろ」と凄んで途端に二人は大人しくなる。

「同盟国の女王を助けるのは当然だから、気にすることはないよ…」

 ノーマンが独り言かわからない声調でこっそりフォローしてくれる。

「――よし、止まれ。ギャラン、位置を確認しろ」



 ―――状況を振り返ろう。イオンハブス陣営への敵襲、およびアルタナディアの誘拐の報を聞いたアケミは、バラリウスからの依頼と自身の志願でアルタナディア救出任務を受諾。カリアを回収し、次いでエイナ達三人をそれぞれの隊から借り受け、戦場から南に離れた小さな集落で待機。装備を整え直しながらアルタナディアの行方についての情報を待っていると、二時間近く経ってようやく報告がきた。

「サジアートの潜伏先はおそらくここだな」

 アケミはめぼしい所に当たりをつけていたらしい。森林が広がる南方に、今は断絶したある貴族の屋敷跡があるらしい。規模が大きく維持費が掛かる上、交通の利便性が悪いため誰も引き取り手がいなかったのだが、数百名の兵が潜む要塞として使えなくもないという。

 アケミたちはすぐさま出発、馬で南方を目指す。途中、アケミの提案により、大きく迂回する道を避けて森を突っ切る方法を選び、馬を乗り捨てて今に至る――。



 パーティは基本的にアケミが前衛、二番手にナビをするギャラン。中心ではエイナが弓を片手に警戒し、カリア、ノーマンと続く。必然的にアケミのペースに引っ張られることになるが、行く手を遮る枝を薙いでいるにも関わらず速かった。立ち止るとどっと汗が溢れてくる。付いてこられなくともお構いなしという感じだ…。

「今ここ」

 ギャランが広げた地図に指差す。迷いがない。

「すごいな。こんな状況でよくわかるな」

 森は空を覆わんばかりに枝葉を伸ばしていて、太陽の位置もわからないほどなのだが、日が傾いてきたのかさらに暗さを増している。だからカリアが感心したのだが、ギャランはフンと鼻を鳴らした。

「なんでわかんないの? こんだけ草木があるんだよ? 方角なんか間違えるわけないじゃん」

 そんなものなのか?と小首を傾げると、エイナがビスケットをカリアに差し出してきた。

「あぁ、ありがとう」

「……大丈夫か?」

「ん? 何が?」

「いや……いい」

 言葉を飲み込むようにエイナは水筒の水を口に含む…。

「…行くぞ。付いてこいよ」

 アケミが先頭切って走り出す。先ほどよりさらに速い。カリアは、その後ろ姿だけを追う……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る