告白(1)

 会議を終えて帰宅したアケミは、もう何日も使っていない自室のドアを開けた。看護師の女が部屋の隅に一人、カリアがベッドの脇に座り、アルタナディアはベッドに伏せている。

「…ざまぁないな、新米女王。無茶するからこうなるんだ」

 アケミの暴言にカリアがむすっと顔を歪めるが、特に言い返さない。それよりも弱りきったアルタナディアのほうが心配だからだ。アルタナディアは高熱で顔を赤くしながらも、目線だけアケミに向けた。

「会議は……どうなりましたか…」

「概ねお前の要望通りだ。バレーナが女王になるのは確定といっていいだろう。よくジレンを説得できたな。絶対無理だと思ってたが」

「……説得はしていません…」

「はぁ?」

「………説明するのは…難しいです…」

「ハ、買収でもしたか? まあいいけどな…。とりあえず当初のお前の要求……つまりミカエル卿の私兵の件は今は深く追求せず、首根っこを掴むに留めておく。サジアートが絡んでいることはほぼ間違いないが、あまり追い込むとそれはそれで面倒だし、バレーナの件についてもう今さらどうのこうのと割り込める段階でもないしな。はっきり言ってアイツ嫌いなんだよ、子供のころからバレーナにちょっかい出してきてキモい。アイツなら殺していいぞ」

「それは、私がやることじゃない……」

 アルタナディアの声は尻すぼみに小さくなって消える。

「…口を動かすのが辛いか?」

「……………」

 返事を声に出せず、落ち着かない呼吸を繰り返すアルタナディア。さすがに我慢できなくなってカリアが口を出す。

「おい、いい加減にしろ。アルタナディア様のご容体は見てわかるだろう! お話される気力だってもう…!」

「そういうことじゃない」

「? じゃあなんだって――」

「……破傷風ですね…」

「そうだ」

 破傷風……。

「破傷風ってなんだって顔してるな……まさか知らないわけじゃないよな」

「あ、当たり前だろ!? 傷口からバイ菌が入って、こう……」

 「こう…」で固まってしまったカリアにアルタナディアの視線が刺さる…。

「……まあ、概ね合っている。イオンハブスじゃそうお目にかからないかもしれないが、前線で傷を負う可能性のあるあたしらにとっちゃ最も怖れる病気の一つだ。菌の毒素によって筋肉が痙攣し、最後は弓のように反りかえって死ぬ。意識はそのままだから、まさに死ぬほどの激痛だそうだ」

 アケミは軽々しく口にするが、弓のように反りかえるなんてどんな異常事態だ!? 想像するだけでカリアは気持ち悪くなる。

「潜伏期間はおよそ三日から三週間と言われている。最初に影響が出てくるのは主に口から喉だ」

「あ…! じゃあ最近アルタナディア様の口数が特に少ないのは……」

「カリア……あなたはいつも余計なひと言が多いですね…」

 高熱で伏せっている女王陛下にツッこまれてカリアは閉口し、アケミは失笑した。

「食事はしているから問題ないと思うが……本当に大丈夫なんだな?」

「心配には…及びません…」

「そう言って無理して今に至ってるわけだろ。傷が塞がらないまま包帯を厚く巻いてごまかすから、汗だくになって膿んで……戦場では力技でケガを治すと豪語するバカから死ぬ。お前、本当にわかってんのか? 自分の状態が」

「……迷惑をかけていることは、理解しています……」

「……ホントにタチが悪いな、お前は。バレーナの方がもっと素直だぞ。ともかく今後のことだが、バレーナが女王になるにしろ、まだ詰めなきゃならないことは山ほどあるだろう。イオンハブス襲撃をどう収拾つけるかもあるしな。そのためにはお前とバレーナが揃う必要があるが、全てが正常化するまでは時間が掛かる。差し当たっての問題はお前の連れてきた兵隊だ。悪いが期限を過ぎた後は面倒を見切れん。金のこともあるし、これ以上合同訓練の名目で大隊の兵士を引っ張り回せば不満があふれる。かといって、何の目的もない他国の軍隊を無期限で駐留させるのは国の面子に関わる。現状、動けないお前の警護として残せるのは総勢二百名までが限度だそうだ……これはあたし個人の意見じゃなく、軍部の意向だ。わかるな?」

「わがままは言いません……あなたには、お世話になりっぱなしですから……」

「気にするな、こっちはこっちの都合で動いてる。そんな調子だとすぐにあたしに頭が上がらなくなるぞ。念のため、すぐに破傷風のワクチンを接種しろ」

「それは大丈夫です……すでに、やってもらってますから…」

「そうか。ならすぐに体調を戻せ……」

 ――と、深く息を吐いたアケミは急に背筋を伸ばし、頭を下げた。

「アルタナディア、お前は私の友人を助けてくれた。バレーナが女王になれるのはお前のおかげだ。感謝する。だから当面のことは気にせず休んでくれ」

 突然の事にカリアは呆気にとられてしまったのだが、

「そういうわけにはいきません……帰す者と残す者の割り振りをしなければ……」

 アルタナディアは何事もなかったように振る舞う。これにはアケミも不機嫌を顕わにした。

「お前なぁ……真面目に、割と本気で謝意を述べたのに台無しだろ! もういいから病人は寝ろよ! カリア、もうコイツがバカみたいに動き回らないように見張っとけ……そうだ、もういっそ添い寝でもしてやれ」

「はぁ!? お前、何言って―――」

「……いえ…それはいい案かも」

「「え!?」」

「カリア、命じます。今夜は私と一緒に寝なさい…」

「「えぇっ!?」」

 女王陛下よりまさかのGOサインが出たことに二人は目を点にする。

 アケミは渋い顔をして頭を掻いた。

「…一応、それあたしのベッドだからな。ヘンなシミ作んなよ」

「どういう意味だよ! …いや、言うなよ!? つーかそんなの、ご冗談に決まって―――……」

 しかしアルタナディアはニコリともしない。ただ顔を火照らせ、潤んだ瞳でカリアを見つめ続ける……。

「……わかってると思うが、女王陛下は弱っているからな? 妙な気は起こすなよ?」

「……へ、変な言いがかりは、やめろよな…」

 大丈夫、問題ない―――カリアは胸の内で何度も自分に言い聞かせる。もう何度も全裸のアルタナディアを見ているのだ。それに比べたら別に、平気だ―――……。



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