合同演習にて(4)

 日が暮れるころには疲労・負傷・サボり・その他の理由でほとんどがリタイアしていた。そんな中で最終決戦に残ったのは、第一大隊が誇る「鋼鉄闘士」ことアリバロン=コーストと、ブラックダガーの最高戦力の一人・マユラ=ボーディだ。マユラは女としては大柄だが、アリバロンはそれ以上。その異名の通り、鋼の如き肉体が自慢の巨躯である。重量ではさすがに敵わないが、それでも力勝負ならマユラは引けを取らない。互いに木製の剣と盾を持ち、身体ごとぶつけ合う闘牛のような肉弾戦を繰り返している。

 この二人、務めるのは同じ盾兵である。盾兵とは、最前列で突撃を食い止めるため文字通り壁となる、最も過酷なポジションである。基本的に突撃部隊の最前列は、敵の隊列を崩すために突破力の高い騎兵や手練の強力な兵隊であることが多い。火花散る激戦区に配置される盾兵に必要とされるのは、決して膝を着かない頑強な肉体と無尽蔵の体力、不屈の精神。その役割上死亡率が最も高い盾兵は、戦士が憧れの職種であるエレステルにおいても忌避される。ゆえに盾兵で生き残るベテランには誰もが敬意を払うのである。

 この盾兵決戦を制したのは、下馬評を覆してマユラだった。二年以上前に第五大隊からアケミに引き抜かれ、ブラックダガーに配属されるまで様々な経験を重ね、攻撃のバリエーションが豊富になっていたことが勝因だった。現在のマユラは「片手剣or槍+盾」「大剣」「強弓」と、二種以上の武器の扱いを習得することが必須のエレステルにおいてもかなり器用な方だ。

「すごい……」

 観戦していたカリアは超人的な力と高度な技術の応酬を前に、瞬き一つできなかった。

 これがエレステル。戦いを知る、本物の兵士―――。

 そして優勝決定戦が終わり、アケミはパンパンと手を鳴らした。

「よーし、皆お疲れ。優勝がマユラというのはまあ悪くないが、正直サボったヤツもいたな。ちゃんと見てるからな! ペナルティとして、下位五百名は合同演習中の風呂当番だ!!」

 途端に方々から非難の声が上がるが「うるさい軟弱どもが!」と一喝してアケミは無視した。

「さて、マユラには賞金……の前に、約束通りあたしをやろう」

 転がっていた木剣を拾い、マユラの前に立つ―――。

「…おいまさか、お前が戦うのか?」

「ん? そうだけど」

 目を爛々と輝かせるアケミを見て、カリアは唖然としてしまう。

「ズルいだろ、いくらなんでも! 一日中戦って満身創痍なんだぞ!」

 カリアが声を張り上げると、連なるようにブーイングが起こり始めた。

 しかし下ろしていた盾を再び構えたマユラは細い声で反論した。

「別にズルくない…。戦場ではよくあるし……油断したら、死ぬ」

 ――不思議と言葉に重みがあった。

「ほらぁ本人はわかってるじゃないか、外野は口出しするなよ。でも、ま……格好はつかないわな。じゃあハンデだ―――左手だけでやってやる」

 木剣を左手に握り直し、上から物を言うアケミにマユラは屈辱の色を示さない。それはアケミの強さを知っているからなのか。

「それじゃ、勝敗のルールは同じな。で、あたしに勝ったらどうする? 可能な限り望みを聞いてやるぞ。酒の酌でもいいし、夜の相手でもいい」

 場違いなキーワードが出てきてカリアは目を白黒させる。よ、よる…!? そ、それって……いや、相手女だし……じゃなくて!

「ま、まさか毎回自分を賭けてやってるのか…!? 負けたらどうする!?」

「ん? 十七歳くらいからやってるけどまだ負けたことない……あ、一回だけ負けたか…」

「ダメだろ!?」

「で、どうするマユラ? あたしは別に、マユラなら抱いてもいいが」

 何を言い出すんだこの女…!?

 対し、マユラは……

「………新しい武具が欲しい」

「賞金で買えよ!」

 何でも聞くと言っておいてアケミは即拒否。言い分は間違っていないが……

「そうじゃなくて……隊長と、同じのを……」

「ああ!? ……あ、オウル工房のってこと?」

 構えた盾の向こうで小さく頷くマユラ。途端、アケミは照れくさそうに顔を赤らめた。

「何か照れるというか、ムズ痒いな、マユラの方が年上なのにあたしとお揃いにしたいなんて……くそう、可愛いな。よし、前言撤回。マユラなら抱かれてもいい」

「そういうのはいらない…」

「そうだなー、初めては男の方がいいよな」

 何気ない発言に観戦者たちがざわつき始めた。ああ…ワザと言ってるな……。

「ちょっ…やめて、そういう事言うの…!」

「あはは! じゃあ……始めるか!」

 木剣を持った左手をマユラに向け、右手を腰の後ろに、身体をほとんど半身に―――

(あ……アルタナディア様の…!)

 さっき自分が真似て上手くいかなかった技を、本物を見ていないアケミが再現する? そんなこと、できるはずが…!?

 アケミの顔は自身に満ちている。まさか…? 誰もが思う。

 エレステルにはあの型の剣技はない。一度、しかも負け試合を見ただけで、左腕一本で戦えるのか? 

 もはや相手を舐めたハンデとは誰も見ていない。本当にできるのか、その期待が高まる……。

 ピリッと張りつめた緊張感―――アケミから仕掛けた!!

 アケミの初手は小さな斬り下ろしからの連続攻撃。小さくまとまって素早い。カリアと同じくリーチの長所を活かした突き主体の剣だが、攻撃の回転が圧倒的に速い。上半身はほとんど動かさず、肘から先を鞭のようにしならせて攻撃する。その分攻撃半径は小さくなるが、膝を柔軟に屈伸することで出だしのポイントを変えてカバーする。アルタナディアのスタイルから大分アレンジされているが、十分戦える完成度だ!

 しかしマユラはさほど苦にしていなかった。マユラの持つ盾は腰から頭までをすっぽり納めるほど大きい。亀のように身を隠せば、スピード重視のアケミの攻撃を防ぐことはできる。ただし木製の盾は強度があるとは言えない。その気になればアケミは突き破れるだろう。それでもマユラがじっと耐えるのは、体力差を埋めるためである。アケミの疲労を待ち、自身の体力の回復を狙う。二流は臆病者と揶揄するだろうが、アケミはマユラのこの玄人肌なところがとても好みだ。マユラがいるからこそブラックダガ―は戦闘部隊としても成り立っている、そう認めている。

(だが、これじゃ決着がつかないな)

 アケミは口元を緩めると、突如、一歩二歩と踏み込み、強烈な空中後ろ回し蹴りを繰り出す。いわゆるソバットだ。前からの衝撃に備えていたマユラはいきなり右側に盾を蹴られ、体制を崩す――――盾の防御が失われたそのわずかな隙に、矢のような速度でアケミの剣が胴を狙う。が、盾を持つ左腕の下から伸ばしたマユラの剣が受け止めた!

 舌打ちしてアケミは距離を取ろうとするが、その前にマユラが飛びかかり、容赦なく木剣を振り下ろす! しかし三度の斬撃は当たらなかった。立ちつくしたアケミの身体を逸れていったのだ。

「ん? あれ? 何か違うな…」

 アケミは呑気に首を捻るが、見ていたカリアは愕然とした。エイナとの戦いの時、四苦八苦しながらも一回だけしか上手くいかなかった捌きの技を三連続、当然のように成功させ、「何か違う」。悪夢を見ているようだった。

「しかし決められないとはなぁ。右手だったら獲れてたのに」

 右手…?

「…今のはな、」

 いつの間にかカリアの後ろにエイナがいた。治療から戻ってきたらしい、左腕に湿布を貼っている。

「アケミ隊長が回転して左ソバットをわざと盾に当てて、マユラさんの身体がマユラさんから見て右側に崩れただろ? 本来なら相手の防御は外側に弾いた方が急所を狙いやすいんだけどあえてそうしたのは、マユラさんの右手の剣も同時に防ぐのが狙いだったんだ。マユラさん、剣で防御するのも上手いし。で、マユラさんの盾を弾くと左の脇腹が空くからそこを狙った。でも隊長は左回りに回転して蹴ったから、着地した時には剣を持ってる左手は身体の後ろにあって、剣を構えるのにワンテンポ遅れた、だから防がれたんだ」

「ああそっか、右手に剣を持ってたら回転した勢いのまま突けたのか…」

 ――とは言っても、アケミが剣を繰り出すまでに間なんかほとんどなかったはずだが!? それにマユラからは自身の盾に視界を奪われてアケミが見えていなかったかもしれないのだ。脇腹にくると読んでいなければ防げなかったはず……。

「すごい…」

 あのマユラという人がこんなに強いとは思わなかった。アルタナディアと城から脱出した時、ミオではなくこの人と戦っていたら勝てなかった……そう考えるとぞっとする。

 その寡黙な実力者、マユラは改めて盾を構える。先ほどより気持ち距離が遠い…か?

「……」

 アケミは左手の剣を上げてまた同じ構えをとり、ラッシュを繰り返す。マユラは反撃の糸口を掴もうとしながらも一歩、また一歩と下がっていく……。

 あの構えがこんなに強いとは―――カリアはそこでふと思う。アルタナディア様はスピードではアケミに負けない。それどころか攻撃の鋭さはアルタナディア様のほうが上だ(もちろん今のアケミが本気を出しているとは思わないが)。にもかかわらず、決闘の時はどうしてあんなギリギリのカウンタースタイルにしたのだろうか?

 その答えの一つはすぐに出た。

「マユラさん…何か狙ってるぞ」

 ぼそりと呟くエイナに同意する。アケミは強い……どのくらい強いのかわからないほど強い。ハンデがあろうがなかろうが、カリアには打ち崩せるビジョンそのものが見えない。それでもマユラがまだ何か仕掛けられるというのなら、やはりその実力は相当なものだ。

 アケミの攻撃の勢いが増す。見方によってはただの板切れに過ぎない木製の盾は打たれる度にミシミシと音を立て、もはや限界寸前だった。

「どうした、このままじゃ終るぞ!」

 マユラが下がり、アケミが詰める―――

 ……いや、下がっていない。マユラは上半身を引いただけだ! 後ろに下げていた軸足に体重移動しただけで、一歩も下がっていない! 

 そしてマユラは腰を捻りながら前へ、盾を押し出すように殴りつける。突進してくる敵に対してカウンターで、攻撃ごと潰すのだ。バリバリマッチョの超人・アリバロンに当たり負けしないマユラだからできる技だが、相手にしたら急に壁が迫ってくるイメージだろう。正面衝突すれば気絶じゃ済まないかもしれない……それは相手がアケミでも例外ではないはずだ!

 だが―――マユラの左腕には何も感触が伝わってこなかった。腕が伸びきっても、何もない。絶好のタイミングだったはずだが、もしかして回り込まれた!? 右!? それとも左………違う、上…!

 アケミはマユラを飛び越しそうな高さまでジャンプし、くるりと前方宙返りをすると、盾の縁を思い切り踏みつけた。盾が地面に差さるように打ちつけられ、手を離しそこなったマユラは腕から地面に釘付けにされる。そして盾を足場にアケミは今度こそ頭上を越え、マユラの背後へ―――

 盾を捨てて振り返ったマユラの首元を剣が閃光のように通り過ぎていく。その瞬間を目の当たりにしたカリアは、骨の髄に冷たいものが流し込まれた心地がした。

 首が……飛んだかと、思った…。

 鼓動が急速に早まり、息が苦しくなる。ひりつく様に痛みを感じる肌からは汗が止まらない。

 アケミの強さがようやく理解できた。この女の凄いところは、剣の技量や体術、スピードやパワー……そんなのとは別次元のものだ。アケミの殺気は苛烈な一方、感情がない。闘争心ではなく、かといって冷酷さもない。ただ剣を振り、斬る。斬って、殺す。アケミの剣とは、包丁で調理するのと同じ「作業」にすぎないのだ。だが人間同士の闘争は必ず感情のぶつかり合いになるもの、だから兵士にとって士気は何より重要になる。剣に己の魂を乗せないことなど在り得ないのだ。その常識を越えた先にいるアケミはまさに「長刀斬鬼」―――人の域には収まらないのかもしれない……。

 アケミは木剣を投げ捨て、一仕事終えたといった感じで手を叩いて払った。

「残念、あたしの勝ちだな。でも手ごたえのある勝負だった……体力のハンデがなかったらわからないな。勝ち負けは別として、マユラの希望はオウル工房に話しておく」

「! ありがとう…」

「で? 賞金は武具に使うのか?」

「…ううん、それは貯金する…」

「――おいお前ら!! 賞金は将来の結婚資金にするってさ!!」

「「「おおお~!!!」」」

 突然声を張り上げるアケミの言葉に周囲が沸く。

「ちょっ…そんなこと言ってない…! 親には考えておきなさいって言われてるけど…!」

「――相手はまだいないってさ!」

「「「「うおおおお!!!」」」」

 さらに盛り上がる観衆たち。

「よぅし、俺と結婚しようぜ!!」

「いや、その前におれが三十万で女にしてやるぜぇ!!」

「やめて…やめて…!」

 好き勝手にイジられ、真っ赤になった顔を手で隠してうずくまるマユラ……

「……なんか、マユラさんに戦士としても女としても負けた気がする…」

 エイナがぼそりと洩らすのを聞きとったカリアは、

「え、そう? エイナも美人だと思うけど」

 エイナを見返してありのままの感想を述べる。その真っ直ぐな眼差しに息を呑み、エイナは顔を逸らした。

「いや……それでどう返したらいいと?」

「は?」

 首を捻るカリアに、エイナは溜め息を吐いた……。



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