合同演習にて(3)-2

「…………」

 カリアの変化にエイナは注意深く目を凝らす。ほとんど自然体で立ち、重心はやや後ろ……剣を手前に持っているが、あの姿勢から体重の乗った攻撃ができるのか? いくらかシミュレートしてみるが、答えはノー。構えとしては槍に近いから牽制するのには適しているかもしれないが、勝負を決定づけることはできないだろう。それとも何か切り札でもある…?

 やってみればわかる……!

「…しっ!!」

 短く吐き出す一息で突進するエイナ。この勝負で最速の攻撃だ! さらに続けざまに繰り出される連撃をカリアはおっかなびっくり捌きながら、必死に思い出す―――。

(あの時の姫様は…)

 バレーナの強烈な剣と打ち合っていた。だが得物は細身のレイピア、まともに受ければ折れる。それどころか細腕で片手持ちなのだ。ではどうやって戦っていた―――?

 カリアの剣があの時網膜に焼きついたアルタナディアのイメージを追う――。

 相手の剣の軌道に添えるように切っ先を合わせ、ほんの少し力を加えると、剣の軌跡が波打つように曲がった。エイナは空気に阻まれたような違和感にギョッとする。まるで手品でも見せられたような、高等防御テクニックだ!

 が、カリアも続けてできるわけではない。この後何度も試みたがほとんど上手くいかない……それでも何度か対戦経験のあるエイナ相手だからまだできている方なのだ。そのまま十数度切り結び、どうやら未熟な剣だと見抜いたエイナは、またギアをトップ近くまで上げる。ヒヤッとする場面が幾度となく訪れるものの、カリアはまだ身体に掠らせてもいない。アルタナディアの構えは相手から身体が遠くなる上に、自身と相手との間で常に刃が盾として機能するため、とても防御に秀でた型なのだ。

(だけどこれじゃただ凌いでいるだけだ……)

 どうする? どうしていた―――!??

 もっと、もっと―――「姫様」の影に追いつけ……!

 エイナの胴切りを受け止め、袈裟切りを身を逸らして避け、突きを受け流し―――

「うぉっ――!??」

 予想外のタイミングでカリアの剣がエイナを狙う!!

 近くで見ていたアケミはその動きを正確に捉えていた。相手の攻撃に対してわずかに身を逸らすだけで、相手の力に逆らわず、その動きをコントロールして往なす……カリアは、半歩軸足を下げ、交わった剣を握る右腕を引きながら手首を返しただけだ。そして攻撃を受け流しきったところでくるりとまた手首を反転させ、剣先を相手に向ける。そこから最速のタイミングで、最小の動作で、最短の軌道で相手に致命傷を与える必殺の一撃は―――胸を狙う突き!

 攻撃の動作が終わっていないエイナの重心は前に傾いている。今、身体の中心は捻じることも曲げることもできない。もはや誰の目にもわかる決定的な一撃だったが―――エイナは左腕を胸の前で畳んで辛うじて防いだ! 周囲の群衆からどよめきが起こる……勘のいいエイナでなければモロに食らっていただろう。

 しかしエイナは心臓を串刺しにされたのも同然の恐れを感じていた。今のはたまたまだ。木剣だったから腕に刺さらず、骨も……おそらく無事だ。だが真剣なら貫通していた。それに何より、今度の攻撃は寸止めじゃなかった。カリアの剣が、躊躇なく急所を狙ったのだ。

 カリアと目線が合って、どっと鳥肌が立つ。

 澄んでいる。

 どこまでも澄んだ眼で、こちらをまっすぐ見ている―――。

(コイツ…トランス状態になってるのか!!?)

 この眼をした剣士を、一度だけ戦場で見たことがある。あのときは……


 ――――――――――。


 ぞっとして汗が噴き出す。駄目だ、これ以上モタついたら……死ぬ!? 

 左腕はもう使えない、骨は無事でも筋を痛めた。悠長なことは考えない、すぐに戦闘不能にする…!

 木剣を構えて飛び込む――が、半歩分だけだ。しかしカリアは反射的に一歩下がる。集中力が高まっている状態では意識より先に身体が動いてしまう、だからフェイントが効く。その目論見通りになったのは、偏にエイナの経験値と身体能力の高さがあってこそ、だ。そこでエイナはさらにもう一歩踏み込みながら木剣を振り上げる。このタイミング、上段からの全力の一撃なら防御の上からでも……!

 だが―――振り下ろしたエイナの手にヒットの感触はなかった。それどころかカリアの姿が消えて……!?

「…!!」

 視界の外、右側から怖気を感じる…。こういうことはたまにある。殺気と凶器が迫る時に働く第六感。瞬きするほどの一瞬が止まって見え、思考と感覚が一致する。これはおそらく死の淵に片足を突っ込んでいる瞬間なのだろう。

 長い一瞬の末、ようやくカリアの姿を捉える。カリアは背向きで大きく振りかぶっている。

 …ああ、そうか、斜め前にステップしながら回転して斬りつけるのか。それなら首も飛ばせそうだ……まったく、こんな曲芸みたいな技をどこで覚えてきたんだコイツ……。

 致命的な一撃を受けることを覚悟して、エイナは―――――

「――――あ」

 目を閉じて感じたのは、風圧。豪快な風の音を聞いたが、それに混じって間抜けな声も耳に届いた。衝撃は来ない。気づけば足元で、捻じれた格好で、間抜けにもうつ伏せになって地面を舐めているカリア……理由は一目瞭然だった。

 空振り……足がもつれて、コケたのだ。

「…………おまえっ…」

 コイツ、土壇場で集中力切らしやがった―――!!!

 言いようのない感情を噛み殺し、エイナは地面に突っ伏するカリアの頭を木剣でコン、と小突いた後―――腹に蹴りを食らわせた。

「ぐほっ」

 固唾を飲んで見守っていた群衆は、静寂から一転……大爆笑の渦に包まれた。

「あ~……この勝負、エイナの勝ち。まあなんというか……お前ら、掴みは上々だ。笑いをとるために良くやった」

「私は知りませんよ!? コイツが勝手にコケただけじゃないですか!! ったく…!」

 セリフの裏に複雑な感情があることがアケミにはわかる。エイナの左上腕は赤く滲んで内出血を起こしている。数日は腫れ上がって満足に動かせないだろう。

「…ほら」

 エイナが腹を抑えるカリアに右手を伸ばす。その表情からいくらか強張りが解けたのを感じ取って、カリアは喜んで手を取った。

「やっぱり力を隠していたのか」

「ち、違う! あの構えは見様見真似で初めてやって、……でもやっぱ、上手くいかないな…」

「真似? 誰の?」

「え? あ、えっと…」

 アルタナディア様、とは言えない。バレーナとアルタナディアが決闘を行ったことについては箝口令が敷かれているのだ。それにアルタナディア様が天才的な剣技を隠し持っていたと知れば、むしろアルタナディア様の印象が悪くなるだろう。

 上手く言葉が出ずに口ごもっていると、エイナが大げさに溜め息を吐いた。

「もういい。仮にも姫…じゃない、女王の側用人なんだろ。言えないこともあるだろ……適当なウソくらいつけるようになったほうがいいと思うけどな」

「うん?」

 あれ? 正直者だと褒められた? バカだとからかわれた? まあ、わだかまりが解けたようだからいいか…。

「――よーし、いいか!」

 アケミが声を張り上げる。

「今日のメニューは今見たような乱取りだ! 時刻は日没まで! 相手は誰でもいいが、イオンハブス兵、エレステル兵と一戦毎に変えるように! 一番勝ち星を挙げた奴には賞金三十万……そしてあたしをやるぞ!」

 エレステル側から(主に男の)歓声が上がる。最後の一言は聞き間違えかと思ったが、後で聞くとどうやらいつものことらしい…。




「おお……やっておるなぁ」

 開始から一時間。早くも乱闘状態になりつつある演習場を一望できる、物見塔の屋上。アケミが座る席の後ろに現れたのは、軽装ながら鎧を纏ったバラリウス将軍だった。

「まずは互いを知る……レクリエーションといったところか?」

「戦い方、実力、性格……検問もザルの隣国とはいえ、軍の交流は何十年となかったからな。偏見は早々に取り去ったほうがいいだろ」

「なるほど、広い視点で考えておるな。…お主、やはり今からでも将軍にならんか? ワシが推薦してやってもいい」

 アケミは過去にバレーナからの正式な誘いを断っている。もし将軍になるのなら、それこそバラリウスクラスの推薦が複数なければバレーナの面子が立たない。が、そもそもそういうことではない。シロモリは軍職に就かないのがルールなのだ。

「バカ抜かせ」

 アケミは鼻で笑ったのだが、

「しかし、将軍でなければ軍を率いることはできんぞ?」

 ――バラリウスの一言に沈黙するしかなかった。

「…時に、女王陛下はいずこへ? ご挨拶申し上げたいのだが」

「知るか。あたしはアイツの部下じゃない」

「ほう? 自らの主君でないとはいえ、女王をアイツ呼ばわりか。ずいぶんと仲がいいのだな」

「あたしはアイツの命の恩人だからな。それに敬意を払う事はないって、最初に言ってある」

「フハハハハッ…! よいな、若いというのは!」

 エレステルの誇る猛将は豪快に笑いながら去っていく。その後ろ姿が消えた後、アケミは舌打ちした。

 やはりあの男は気付いている。アルタナディアがどういう予見をして、備えているかを―――そして、その上で味方であるとは言っていない…。




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