合同演習にて(3)-1

 演習場では、昼前になってようやく全員が整列を終えたところだった。人数が多いという事もあるが、エレステル側のやる気の無さが目立つ。しかしそれも当然だろう、本来は準待機という名の休暇中だ。非常招集を受けて集められたと思いきや、そのまま演習への参加が義務付けられたのである。現場にいる以上、サボる適当な理由も見つけられない。

「ったく、迷惑な奴らだぜ…」

「胡蝶館に予約入れてたんだぜ俺! どうすんだよ、金戻ってくんのかぁ!?」

「ダンナの実家に挨拶に行かなきゃなんなかったのにさぁ……これじゃ向こうの家の印象また悪くしちゃうじゃないか!」

 老若男女問わず、不満だらけである……。

 そんな士気の低い兵士たちの中央で、朝礼台の上にアケミが立つ―――。

「えー、長らく時間が掛かったが、これより合同演習を始める。演習には顧問としてシロモリ当主のあたしも参加させてもらう……オラァ、しゃんとしろ!!」

 メガホンで声を張り上げるアケミ。演習場には一万人近くが集まっているが、実際訓練をするのはイオンハブス二千三百とエレステル四千の計六千三百人程である。士官・指揮官クラスや後方支援担当の者は別棟に集まって講習(という名の懇親会)を行う。この場に整列しているのは小隊長クラスまでの下士官が主である。

 ただし、イオンハブス側とエレステル側では毛色が違う。実力主義であるエレステル軍は能力によって配属されるため、たとえ剣の腕が三流でも才能があれば指揮官になれる。また、本人の希望もある程度汲まれるので、前線に出続けたいというのであればずっと一兵士でいることもできる。エレステルにおいて戦士とは力であり、誇りである。それを目に見える形で証明できるのはやはり前線での任務なのだから、エレステル兵の中には階級が下でも一騎当千の力を持つ強者や、老練なベテランが少なくない。そして軍職ではないものの、アケミも前線を好むタイプの人間であるため、支持を得ている。

「まずははっきり言っておく。イオンハブス軍―――貴様らは、弱い。実戦経験が決定的に不足している。貴様らの弱さはアルタナディア陛下の弱さに直結することを忘れるな。今回の貴様らの従軍はこの合同演習のためでもあると窺っている。貪欲に強さを学べ。そしてエレステル軍―――胸を貸してやる、なんて自惚れるなよ。戦場においての戦いなら貴様らが有利だろうが、訓練の密度なら貴様らを上回る奴もいるだろうよ。急なイベントだが、エレステルの戦士の誇りを持つのなら手を抜くなよ! では、手始めにデモンストレーションを行う。呼ばれた者は前に出るように――……エイナ=クロミクル! そしてカリア=ミート!」

 アケミに名前を呼ばれたカリアはぎょっとして、立ち上がるのが遅れてしまった。事前に何も聞いていない上に、もしかしてエイナと戦う……!?

 エイナは、以前アルタナディアとともにエレステルに潜入した際、養成所で一番付き合いのあった女戦士だ。歳はカリアと同じだが実力は上。あのブロッケン盗賊団討伐にも参戦していたというから、実戦キャリアもまるで違う。

 とはいえすぐに打ち解け、親身になってくれた相手だ。

「よ、久しぶり」

 向かい合って小さく手を振るが、無視される。それどころか返ってくる視線は冷たい。

(あ、あれ…?)

 木剣を受け取って肩を回しながらも、エイナは硬い表情を崩さない。

「―――えー、これから貴様ら全員にやってもらう本日の課題を説明する。まず得物は木剣。長いの短いの多種あるが、早い者勝ちだ。一対一、時間無制限で一本勝負とする。それじゃあどんな感じになるか、見本を見せてもらおうか……じゃあ、始め」

 やる気があるのかないのかわからないアケミの掛け声を受けて、カリアは反射的に構える―――が、どうすればいい? この試合形式の訓練はアケミもやったことがある。要するに一対一でひたすら乱打戦を行うのだ。ただ、さっきデモンストレーションと言った。じゃあわざと負ければいいのか?

 アケミにちらりと目線を合わせ……ニヤリと笑うだけで特に何もないのを見て、またエイナに戻すと―――脳天に木剣が振り下ろされる直前だった。

「――ぃっ!!?」

 身を沈ませると同時に木剣を振り上げる。辛うじて受け止めることができたが、一太刀目で抑え込まれてしまった。

 エイナは本気だ……とても立て直せそうにない!

「…お前、イオンハブスのスパイだったんだな」

 久しぶりに交わした一言目は硬く、重い。

「いや、その、それは…」

「お前はともかくナディアは美人だから、ひょっとしてアケミ隊長のアレなのかとも思ったけど……ナディアが姫でお前が側近!? 馬車の上のお前らを見た時、さすがに傷ついたわ!」

 手足の長いしなやかな身体を絞るように力を発揮しながらエイナは怒りの文言を紡ぐ。それが紛れもない本心であるとカリアは理解した。

 ……それはそれとして、「アレ」ってなんだ?

「ヌケヌケと紛れ込んで、私らを騙してたのか! じゃあもう手加減はいらないよな…!?」

「騙してないっ……こともないけど…! ああもうわかった、とりあえず普通にやる!!」

 膝をつきそうになっていたカリアは前に踏み込み、体当りを仕掛ける。威力はさほどでもないがエイナは三歩下がり、どうにか仕切り直しとなった。相手が自分以上の体格の男だったら通用しなかった手である。やはり実力差は否めない…。

 エイナは腰を低く、木剣を短く持つ右手側をやや後ろに下げた前傾姿勢をとる。剣というよりナイフの構えである。濡れたようなしっとりとした長髪を揺らしながらカリアの周りをじりじりと回り……胸めがけて一直線に突きを繰り出す!! まともに受ければ木剣といえども刺さりかねない、そんなぞっとする鋭さを持った攻撃…! 肌が粟立つのを感じながらもかわして反撃を試みるが、攻撃が倍になって返ってくる。そして嵐のような打ち合いが始まる―――。

「おおお……!」

 強くぶつかり合う木剣の音と、獣のようにすばやく、獰猛なエイナの攻撃にイオンハブス兵は息を呑む。そして劣勢ながらその動きについていくカリアにも―――。

「このっ…!」

 突きだされた一撃を打ち落とし、一瞬の隙に柄で顔面を狙う。もちろん直撃すれば大ケガは免れないので寸止めするつもりだったが、エイナには見透かされたように左手で受け止められ、逆に脇腹に膝蹴りをくらった。

「く、ぐ…」

「フン…」

 再び距離が離れ、エイナはさらに前のめりに構える。対し、カリアはどう対応すればいいのか考えがまとまらない。

(せめてもう一本あれば……)

 二刀流ならば手数で対抗できるかもしれない。ただ、勝負の途中で「もう一本くれ」というわけにはいかない。限られた条件の中で戦うのも実戦形式ならでは。エイナだって普通の剣は普段あまり使わないという。条件は同じなのだ。ならば、手段を変えるしかない。

 ……どうする?

 自分より強い相手、力のある相手と戦うには――――

「お?」

 アケミの眉がぴくりと跳ねる。

 カリアは左足を引いて、剣を持つ右手を前へ。相手に対して身体をほとんど横向きにして、すっと背筋を伸ばす――。

 ほんの一握り、「あの場」にいた者しか知らない………アルタナディアの構えだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る