女王の襲来(4)
エレステルの首脳陣との会見を終えたアルタナディアは、一切をロナたちに任せ、シロモリの屋敷に入った。表向きは親交を深めるための食事会という名目だが、そのまま居座り、エレステルに滞在する間の拠点とする。元来国賓であるアルタナディアは城内の一室を借りうけるのが筋だが(イオンハブス王家が訪れる際にいつも使う専用部屋が城内にある)、今回はアルタナディアの体調を隠さなければならない。バレーナと斬り合ったことは反勢力側も知っているはずだが、ここでもし満足に動けないと察知されれば、付け入る隙を与えることになる。
「大した世話はできないし、あたしもあんまり帰ってこないが、気兼ねなく使え。何かあれば親父殿に言えばいい」
紹介された「親父殿」ことアケミの父・ガンジョウ=シロモリは、体躯こそ大きくはないが、岩のような、重厚な雰囲気の持ち主だった。そしてこの屋敷の形状と同様、見慣れない独特な衣装「キモノ」を纏っている。聞くところによれば、シロモリ家とはかつてこの地に流れ着いた異国の武人が始まりであるとのことだ。「アケミ」「ミオ」という聞き慣れない響きの名前も伝統だという。
挨拶を終えたアルタナディアは客間に通されると、倒れ込むようにベッドに入った。アルタナディアに従事する医師やメイド、そしてカリアは、アルタナディアの傷の消毒をし、新しい包帯を巻き直し、薬を飲ませる。全身の傷は治るどころか、未だに血が滲み、熱を持っている。それは道中の無理なリハビリが原因だった。通常、怪我や病気で寝たきりの状態になればすぐに筋力は落ち、間接は固まり、立ち上がることも困難になる。これを避けるため、アルタナディアはベッドに伏していながらも自身の身体をカリアに動かさせた。しかしどれだけゆっくり、慎重にしても、筋肉が動けば痛みが奔り、傷が開く。結果、アルタナディアは未だに熱が下がらないままだ。
一通りの処置を終え、ベッドに沈むアルタナディアの頭上からアケミが声を掛ける。
「気合いで乗り切るのも限界だろ。しばらく休め」
「いいえ……兵士たちはこのまま合同演習となるのでしょう? まだ訓示が残っています……『その時』がいつかはわかりませんが、それまでに鍛え上げなければ、率いてきたのが無意味になってしまいます…」
「あっそ…」
アケミは早々に説得を止めた。アドレナリンが出っぱなしのヤツには言葉が届かないものだ。が、カリアは諦めなかった。
「姫様、約束して下さい。私が無理だと判断したら、その時は治療に専念してください」
「……今は国の一大事です。動きだした以上、イオンハブスに対しても、エレステルに対しても、そしてバレーナに対しても責任があります……だから…」
「姫様以外はどうでもいい、などとは申しません。ですが、姫様なしでは何も成り立ちません。国も、私も」
カリアの真っ直ぐな眼差しを受け……折れたのはアルタナディアだった。
「…………わかりました。今日はもう休みます……明日も頼みます、カリア……」
すうっと、糸が切れるように眠るアルタナディア。憑き物が落ちたように眉間の皺が消え、穏やかな表情になった。それを脇で見ていたアケミは感心する。
「ホント、お前のどこに頼れる要素があるんだろうな」
「何でだ! 私だって……姫様をお支えている自負はある」
「単に余裕がないから猫の手も借りたいってだけじゃないのか?」
「お前っ……ケンカ売ってるのか!?」
「現に、女王になったというのに未だに『姫様』呼ばわりするお前に何も言ってないんじゃないのか」
「? ――――あ…っ!!」
思い返してみてカリアは初めて気が付いた。フィノマニア城を発ってから「姫様」としか呼んでいない。
「気をつけろよ。お前がそれじゃ、アルタナディアは側近にもナメられてるって見下されるぞ。この先、様々な場で一緒に行動することになるお前の役目はアルタナディアを『女王』にすることだ。近衛兵はチンピラの用心棒じゃないんだぞ、よく覚えとけ」
しつこく小突くアケミの手を払いつつも、カリアは言い返せなかった。代わりに、素直に疑問をぶつけてみる。
「なあ……どうして助けてくれるんだ?」
「はあ? お前本当に理解してるのか、今回のことを。国家間のわだかまりをどうにか納めるためには互いにバランスのとれた対等の関係になろうってのがアルタナディアの考えだろ、だから王としての実力を証明するのに――…」
「そうじゃなくて! だからっ、その……バレーナ王女やお前の妹を傷つけたんだぞ、私たちは」
アケミは言葉を失い―――……ややあって、渋い表情になる。
「…先に仕掛けたのはバレーナだろ。ミオも任務の結果手傷を負ったんだし、それはお前もだろ……というか、どうしてそんなことを持ち出す? 関係が悪化するとか考えないのか?」
「それはそうだけど……なんというか、いろいろしてもらってるのに、悪いなって思って……」
「………お前、アルタナディア以上にやりにくいな」
「え?」
何が?とカリアが聞き返してくるが、アケミも上手く答えられない。ただ、前にアルタナディアがカリアを評価していたことの意味は、何となくわかった気がする…。
「…ともかくだ、あたしはバレーナの味方であって、お前らも味方だから助けているだけだ」
「ああ! トモダチのトモダチはトモダチってことか!」
「やめろよ!? ホントお前ら厄介だわ…」
カリアの真っ直ぐな瞳で見つめられると背中がムズ痒くなってしまう。小生意気なミオがとても懐かしい……。
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