合同演習にて(1)

 エレステルにおいて「戦士」は格別であり、職業軍人ともなれば羨望の眼差しを浴びる。総人口五十万人の内、三万人が軍職に就いている(兼任も含む)が、やはり一番人気は実働部隊である五つの大隊である。

 エレステルは東をイオンハブス、南を海で囲まれ、北から西をその他の諸外国と隣接している。イオンハブスは友好国であり、南の海はほぼ岸壁で侵入できない地形だが、イオンハブスの二倍以上の国土ながら首都のグロニアは極端に東側に位置するため、どうしても北西方向への影響力は弱くなる。ゆえに隣接する諸外国は常に国境線を変えるべく、虎視淡々と機会を窺っているのだ。

 これに対応すべく、エレステルは各方面に砦を建て、常に警戒している。大隊の三つを国境警備に、残りはグロニア西側郊外の宿舎・訓練所・養成所の揃った各隊の基地にて準待機状態となる。ただ、待機といっても申請すれば外出することも実家に帰宅することもできるため、実質的にはほぼ休暇扱いである。

 その「待機中」である第一大隊、および第二大隊、そしてイオンハブス軍は、基地からさらに西の広大な演習場に集まっていた。前触れなしの合同演習の知らせを受け、エレステル軍は準備に忙殺されていた。

「片っぱしから木剣集めてきたぞ!」

「まだ足んねぇよ!」

「もう真剣使えばいいじゃねぇかー」

「阿呆! 修繕するのにどんだけの物と手間とカネがかかるかわかっとんのか! 総勢一万人だぞ!? おい、木剣自作できるヤツは自分で作れって伝えろ!!」

 職人や武具管理役が奔走する中、イオンハブスの兵士にできることはない。そのイオンハブス陣営のテントの前で、白い軍服を着たアルタナディアが二人の部下と面談していた。

「……わけもわからず連れてこられ、本日いきなり演習となり、さぞ戸惑っていることだと思います。ここまでの道中でもアケミ=シロモリやブラックダガーと密談して自分は疎外されている……そう感じていたのではありませんか」

「いえ、そのような…」

 否定しながらも目は笑っていないこの男、カエノフ騎士団長である。名門貴族出身で、その誇りの高さは尊大すぎて大柄な態度と化し、華美すぎる身なりは騎士団内部でもあまり評判がよくないが、それなりの実力者ではある。しかしエレステルの屈強な戦士たちと並ぶと見劣りするし、なによりバレーナ襲撃の際にろくに戦えなかった有様が彼の評価を大きく下げていた。自慢のチョビヒゲもいささか艶を失っているように見える……。

「あなたが私に対し、不審と不安を抱いているであろうことは想像に難くありません。私があなたの評価を迷っているのと同様、あなたも私を王と認めるには至らないと感じている。その点では互いに対等であるとも言えます」

「は…」

 アルタナディアが何を言っているのか、カエノフは今一つ理解できていない。ただ、これまで拝謁してきた「アルタナディア姫」とはもはや完全に別物だ。

「まず私が望むことは一つ。イオンハブスが強くなることです。我々は伝統と研鑽を重ねてきましたが、経験が絶対的に足りない。ここに兵を引きつれてきた理由の一つは、その経験値を得るためです。イオンハブスでいくら仮想敵相手に訓練しても、実体のない幻が相手では所詮形だけのものに成り下がってしまいます。まずは目標とするべき戦士の力を知るべきなのです……」

 饒舌だったアルタナディアの声のトーンが落ちる。カリアが支えようと一歩踏み出しかけたのを手で制し、自ら椅子に腰かけた。

「…エレステルとイオンハブスでは、単純な戦闘力は言うに及ばず、戦場における行動力、技術力、応用力は天地の開きがあるでしょう。しかし………多人数での集団戦法ならば引けをとらないと私は見ています。特にエレステル入国の際の行進はよかった。エレステルの民も見惚れていたでしょう? 普段の訓練の成果が十分に発揮されたものだと、私は満足しています」

「はっ…はは! お褒め頂き、光栄にございます!」

 カエノフの瞳にようやく光が差してきた。それを確認してアルタナディアは続ける。

「カエノフ騎士団長。バレーナ王女たちが現れた時、予測できない奇襲であったとはいえ、相手は寡兵でした。真っ向勝負であれば勝てたと、今なら思えませんか?」

「…思います!」

「騎士団がもっと戦えていれば、このような状況にはなっていなかったでしょう。違う選択肢があったはず……。近年のイオンハブスは戦争状態にないため、積極的な戦闘行為はありません。しかし戦える力を備えていれば、有事の際に選択肢が増えます。それはイオンハブスの未来への可能性を広げるという事でもあります」

 アルタナディアの後ろで聞いていたカリアは雷に打たれたような衝撃を受けていた。

 騎士団が国の未来を担う……それほどの重みを理解していただろうか? いや、まるで考えていなかった。生活のために、剣の腕が多少あったから騎士団に入り、近衛兵になってからもただアルタナディアだけを見て行動してきた。だがそれだけではダメだったのだ。

 バレーナ襲撃の日の夜、フィノマニア城を脱出したときのことを思い出す――

『おまえのような自分勝手は、いつか国を滅ぼすぞ…!』

 剣の腕だけではなかった……やはりミオとは戦士として決定的な差があったのだと今は思う。

 アルタナディアの話はなおも続く―――。

「――現在の騎士は世襲によって引き継がれることが多く、その特権に甘えるがゆえに実力が伴っていないのではないか……そのような声があることを知っていますね?」

「は…」

「私はそうは思いません。世代を越えて国を守護する任務は王族の務めと等しくあり、その重責は私も理解しているつもりです。だからこそ、騎士団は正しく、強くあってほしい。そして騎士団を率いるあなたには誇り高くあってほしいと願うのです。これは私の独りよがりでしょうか…?」

「いえ、そのようなことはっ……アルタナディア様がかようにお考えだったとは露知らず、我が身の不徳を恥じるばかりであります…! 我々騎士団はアルタナディア女王陛下と共にあり!! 永久に御身をお支えすることを誓いますっ…!!!」

 敬礼するカエノフ騎士団長の瞳は潤んでいた。元々単純な人物ではあるが、血みどろの決闘を繰り広げたアルタナディアから「自分と同じ」と言われれば、奮い立たないはずもない。

 アルタナディアは静かに、深く息を吐きだし……カエノフの隣に立つ兵士に視線を移した。

「マリィ=ローパ」

「は!」

 名を呼ばれた女兵士は敬礼で答える。歳は二十代過ぎ。凛々しくはあるが、普段の性格は穏やかで理知的、人当たりも良い。軍服が似合わない大人びた美人で、所作がとても女性らしく城内での人気が抜群で、女兵士なのにカリアと違って蔑まれない。ちなみにカリアも彼女が好きだが、よく引き合いに出されてとても複雑な気持ちになる。

「あなたはその聡明さからサングスト大老の推薦を受け、半年前に軍に入りましたね。現在は衛生兵と聞いていますが、軍師になることを希望しているとか」

「はい」

「許可します。エレステル滞在中に軍略を学びなさい。シロモリ氏に取り計らってもらえるよう依頼します。ただし、イオンハブス一の技術を習得することを望みます。できますか?」

「…ご命令のままに。機会を与えて下さったこと、感謝申し上げます」

「よろしい…。では各々、励みなさい。この合同演習で満足の行く成果を上げられるよう期待しています」

 アルタナディアの激励を受け、二人はイオンハブス軍が待機している列へ戻った。

「フ、なかなかの名演説だったな」

 入れ替わるようにアケミが現れた。

「途中からだが聞かせてもらったぞ。騎士団を上手く手名付けられたのは上出来だ。あとは連中がここの訓練に付いてこられるかだけが問題だな」

 意地の悪い顔で含みのある言い方をするアケミ。カリアは気に食わないが、反論できない実体験がある。

「…しかしあの女兵士を軍師にするのか? 狙いはわかるが……」

「狙い?」

「頭の弱そうな騎士団長のお目付け役にするってことだろ?」

 そうなのか!?とカリアはアルタナディアを振り返る。アルタナディアは小さく肩で息をしながら、目線は合わせずに答えた。

「今のイオンハブスに女性兵士は三人しかいません。可能であれば上級職に採用し、軍の門戸を広げていきたいと考えています」

「まあそういうことならそれでいいが……いいのかねぇ」

「…………」

 アルタナディアも何か思うところがあるらしい。カリアだけがわからない。

「なんだお前、さっきから」

「別に、他意はない。それはそうとアルタナ陛下の体調は大丈夫か」

「言われるまでもない! アルタナディア様、どうかお戻りください。先程も倒れそうになっていたではありませんか」

「しかし、まだ全体の訓示が……」

「約束です」

 跪くカリアとアルタナディアの目線が交錯する。アルタナディアは諦めたように力なく微笑んだ。

「そうでしたね……では私からもお願いします。あなたはここに残り、皆とともに訓練を受けなさい」

「え? ですが…」

「あなたはここの唯一の経験者です。率先して訓練に参加することでイオンハブスの兵を先導し、脱落者が出ないように引き上げてください」

「それは名案だな。お前をダシにすれば、あたしもやりやすくて済む」

 アケミが茶々を入れるが、舌打ちだけして無視する。

「わかりました……私も貴女の隣に並び立てるよう強くなります、女王陛下」

「…カリア………」

 アルタナディアは椅子から腰を上げ――……倒れ込むようにカリアに抱きついた。

「わっ、わ…アルタナディア様!?」

「後はお願いします、カリア……」

 そのまま、眠るようにアルタナディアは意識を失った――。




「何だったのかな、さっきのアルタナディア様…」

 アルタナディアを乗せてシロモリ邸に走る馬車を見送りながら、カリアは呟く。

「お前に女王と呼ばれて嬉しかったんじゃないか?」

「!? そう…なのかな?」

 アケミの見解を信じたくなったが、当の本人はニヤついていて、少し心が動いてしまった自分が馬鹿馬鹿しくなる。

「まあアレだな、実際は『ゴネなくてエラいねぇ~』か、『よしよし、大きくなりなさい』ってとこじゃないか」

「お前って本当にヤなヤツだな!」

「ついでにもう一つ言うと、『隣に並び立つ』っておかしいだろ。臣下なんだから後ろに控えろよ」

「うるさい!!」

「ハハハハハ――――!!!」



 かくして、合同演習が始まる――――。



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