バレーナ王女によるイオンハブス襲撃、その翌日――。(3)
バレーナが現れて二日目の式典会場は、昨日行われた式典よりも密やかだった。
イオンハブスの大臣以下重役の面々が、椅子に腰掛けるバレーナの前で跪いている。それはさながら、主にひれ伏す忠実な僕であった。
「では貴様らは、降伏すると――?」
バレーナの威嚇するような視線を避けるように、大臣の一人は顔を伏せる。
「わ、我々はこれ以上の流血を望まず…」
「フン、流血とな。ロナ、今日までの死傷者は?」
「はい」
ミオの代わりに側に控えるのはブラックダガーの二人。ペンとノートを小脇に抱えるロナは政務・経済面でバレーナを支える右腕であり、もう一人の背の高いマユラは男顔負けの膂力を誇るブラックダガー副長である。
「最新の報告ではイオンハブスの重傷者は十五名、軽傷者六十二名、すべて兵士です。我が方の被害は軽傷八名、重傷一名です。死亡者はいません」
「戦闘ではあったが、戦争とは言えんな。我々とすれば、軽く揉んでやったというところだが……?」
あからさまな挑発。しかしそれに乗る勇気はこの場の誰も持っていない。
「こ…これまでのそちらの出方を見る限り、殺戮が望みではないのだろう? 民草の命を保障してくれるのなら、我々は、国を明け渡す用意がある…」
「ほう。しかしアルタナは降伏しないと言ったが?」
「国をないがしろにして自らを省みない者を、我々は王とは認めない」
「……それで?」
「アルタナディア姫を国賊として差し出す所存……」
「………」
瞬間、ロナとマユラの背筋に冷たいものが走る。バレーナの瞳が凍るように冷ややかだ。そう、まさしく氷。硬く、冷たく、触れるもの全てを切り裂くような鋭利な眼差し。ブラックダガーでさえ滅多に見たことが無い、これは――――
「…こいつらを牢へ放り込め」
「は…はっ!」
バレーナの命により、十数人のエレステル兵が二十余名の大臣たちを囲む。
「な、なぜだ!? 降伏すら認めないというのか!?」
「黙れ。首を刎ねられたいか」
暗く怒りの篭った声は、イオンハブスの臣たちにとって死の足音に等しい。
「この愚か者どもが!! アルタナは主権者として一人抗う事で収めるつもりだった! 初めから自分ひとりの命を国に奉げることを望んでいたのだ! そこにおいて貴様らは……王を守る立場でありながら、姫を身代わりに差し出すか!? このたわけ共がっ!」
立ち上がったバレーナが豪快に椅子を蹴り飛ばした。堅い樫の椅子は重い音を立てて派手に転がり、最前列にいた大臣二人にぶつかった。
「私が欲しいのは強さだ……キサマらのような虫ケラはいらん。どの道、アルタナがいない時点で交渉は不成立だがな」
「姫がいない!? それはどういう…!?」
「黙れゴミどもっ!!」
マユラの持っていた長剣を奪い取るように引き抜き、バレーナはざわめく有象無象に迫る。慣れた手つきで剣を握り、おぞましいほどの殺気を放つ様は、うら若い娘のそれではない。「黒百合の戦姫」とは「戦鬼」の間違いではないのか。黒い艷姿は、絶世の美しさを絶大な恐ろしさに変える。
「アルタナも可哀相にな……このような不忠の俗物しか家臣がいないとは!」
剣が大上段から豪快に振り下ろされる。先程までバレーナが座っていた重厚な椅子が真っ二つに叩き割られ、その切っ先はアルタナディアを差し出すと口走った大臣の心臓を指して止まっていた。今の一振りでこの大臣の―――その場にいた全ての人間の意思は、確かに殺されたのだ。
「貴様らなぞこの場で八つ裂きにして何の憂いもないが、それでは裏切られたアルタナの気が済まんだろう? 処刑方法はアルタナに決めさせてやる。あの可憐な瞳が貴様らの死を望む瞬間を想像し、恐れ慄くがいい………連れて行け!!」
平和に満ちた幸せの国とはこのようなものだろうか? バレーナは虚しさすら感じる。アルタナが哀れだ……。
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