アルタナディア姫が十七歳になり、その四日後――。(2)
紅茶を啜るバレーナにミオが報告する。
「ご命令通り、イオンハブスの重臣は会場に幽閉しました。抵抗を続けていた騎士団はアルタナディア姫の意思を受けて投降したようです。城のほうは特に問題ありません。ただし、城下では徐々に動揺が広がっています」
「明日までには噂が広まるだろう。官人や兵士は施設単位で封じ込めているとはいえ、外との連絡は許可しているからな」
「は……」
「……不可解か? 私の行動が」
見透かされて、ミオは深く頭を下げる。しかしバレーナにしてみればわかり易すぎる。武人になるべく切磋琢磨し、実力も忠誠心も申し分ないミオだが、まだ十五歳……戦士ではあるが、兵士として己を殺すには経験が足りない。しかしそれこそがバレーナが手元に置く理由でもある。
「おそれながら仰せのとおりです。私にはバレーナ様のお考えがわかりかねます。出鼻を挫くことには成功しましたが、敵に挽回の機会を与える理由がわかりません」
今も今とて、こうして城の一室で押しかけの客人として堂々と過ごしている。兵士は城から締め出したが、メイドや執事はそのままで、しかもアルタナディア姫までもが居る。寝首を掻いてくださいといわんばかりだ。
「現在この国にある我が方の兵はわずか二百ほどです。総攻めされれば、いかに我々といえども全滅は免れません」
「案ずることはない。そのような事態にはならん」
「なぜそう言い切れるのです?」
「なぜ……ふむ。なぜ、か」
カップを置いたバレーナが足を組んだのを見てミオはドキリとする。黒いドレスのスカートの裾から白い脚が露になる。普段の公務中でもしないことはないが、ここまで姿勢を崩すのは私室の中、ミオたち側近の前でのみだ。バレーナが王の衣を脱ぎ去った後には、その奥に隠されていた妖艶さがいやでも現れる。それはミオにとっても目の毒なのだ。
「ミオ」
「は…はい!」
「お前は私とアルタナ、どちらが上だと思う?」
「バレーナ様です!」
何についてとは聞かれなかったが、ミオは即答した。全てにおいて敬愛するバレーナが勝っているに決まっているし、そうでなくてはならない。
「ならばこの国の臣民はどう思っているかな?」
「この国の連中がいかに愚かでも、バレーナ様を認めるに決まっています。比べるべくもありません!」
「フフ、そうか。なら勝敗は決したな。アルタナにつく者はいないのだから」
なるほど、確かにその通りだ。宣戦布告をした時点ですでに決まっていたと言ってもいい……いや、しかし―――
「しかしバレーナ様、会場で刃向かってきたあの女のような忠臣もいるはずです。数は少数でも反攻に及ぶかも……」
「それでいい」
「は…?」
ミオは理解できない。
「土地を奪うのは簡単だ。国を破壊し、民草全てを滅ぼせばいい。しかし我々は国を壊すことなく奪い、五百年の盟約を破ろうというのだ。ならば滅すのではなく、屈服させねばならない。最後の一人まで敗北を認めさせる必要があるのだ。それゆえの猶予……ここで篩いにかけ、残った者を叩き潰せばいい。だがそのためにはまだ戦えると思わせる状況を作り、全力を出せる機会を与えてやらねばな? わかるかミオ。『完全なる勝利』が我々には必要だ」
「……承知いたしました」
バレーナの「黒百合の戦姫」という通り名は決して有名無実ではないが、一人歩きしている面はある。いくら武勇に優れているとはいえ、バレーナ自身に他国との戦争経験があるわけではないのである。今回の作戦については、ミオですら正気の沙汰ではないと思ったほどだ。しかしバレーナはほぼ独断、半ば強行で作戦を実行に移した。それでもここまで考慮してのことだったとは……生中な決断ではなかっただろう。そして全て思惑通りに運んでいる。
「ハンデをつけての戦いになる。だからこそお前たちを連れてきた。その中でミオ、お前に戦う気概はあるか?」
「はっ、一番の武功を挙げてご覧にいれます!」
気迫に満ち溢れて応ずるミオにバレーナは苦笑する。
「お前の第一の役目は私につき従うことだ。あまり突進されても困る」
ミオの前で再びカップに口付けたバレーナは、喉を鳴らして紅茶を飲み下した。
宣戦布告された式典会場は、重臣たちの悩める会議場と化していた。
式に参列していた臣下は会場に閉じ込められ、先程執り行われたガルノス王の納棺と墓地への移送は少数の付き添いしか許されなかった。
同行したカリアは、気丈に振舞うアルタナディアの隣にバレーナが並んでいるのを見て怒り狂いそうになった。この右腕が自由に動けばすぐさま切り伏せる……と言いたいところだが、悔しいことに一人ではどうにもならない。
(王様の式典を潰し、姫様をこんな惨めな目に………バレーナ=エレステルめ――!)
胸の内で怒りを滾らせるも、脇で聞く重臣の会議は弱気な意見しか出ない。カリアは会議に見切りをつけ、姫を救出する仲間を探す事にした。
人を使って外と連絡することは許されている。当然検閲されていることも考えて暗号文で送るのだが、騎士団本部へ送ることが知られていればあまり意味が無い……。
「隊長、騎士団のほうからは有志が三分の一しか集まらないと……」
返事を受け取ったカリアはグラード親衛隊長に苦渋の表情で報告するが、グラードはさして驚かなかった。
「だろうな。騎士団長が弱腰だから正式な命令が降りんのだ。報告ではバレーナ王女以下従者は二百人余り。もちろん伏兵がいる可能性はあるが、決して多くはないだろう。数は何倍も優位なはずだが………登場が鮮烈過ぎたな。戦い慣れしていない者では呑まれてしまっただろう。しかもあれほど堂々としていれば、何か切り札を隠し持っているのではないかと疑ってしまう。あの『黒百合』にいいようにやられてしまったな」
「隊長はバレーナ王女がどう出てくると思われますか」
「何とも言えん。ヴァルメア王没後二年間の王女の功績といえば……」
「ブロッケン盗賊団の討伐ですね…」
諸国を荒らしまわった大盗賊団を叩き潰したという逸話である。自ら先頭に立って切り込んだというのだから、その武勇は推して知るところだ。あの迫力ある存在感は伊達ではない。
「それだけを聞いたならば正面からの正攻法を好むタイプに思えるが、今回のようなことは用意周到でなければできない。綿密な作戦と、それを実行できる優秀な部隊がいるということだ。ならば一日の猶予というのも、何か策がある前提と考える必要がある」
「それは……こちらからは打つ手がないということなのでは……」
「…………」
会話が途切れたとき、一人の文官が青い顔をして二人の下にやってきた。
「まずいです、議会は降伏勧告を受け入れる方向に傾いています」
「バカな…!」
カリアは憤る。実際に刃を向けられた姫様は一歩も引き下がっていないのに、盾になるべき臣下が先に頭を垂れるとは!
「もはや一刻の猶予もなくなったか。降伏は命乞いと同意だ。そしてそれを成すために差し出すものは国と……姫殿下だ」
隊長の言葉に、カリアは頭が真っ白になった。
「認めるわけにはいきません!」
「無論だ。しかし現状では我々だけで反攻することは不可能………姫には一時、城から脱出していただく他ない」
「逃げる……」
果たして姫様が望むだろうか? すでに一度死を選んだ姫様だ。臣民のために自らを差し出しはしても、他人を見捨てて逃亡する事を受け入れはしないだろう。
いや―――だからこそ、私が説得しなければ!
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