働け、野郎ども
目が覚める。
枕の近くに置いてある時計を見ると午前6時。
ちょうどいい程度の暗い部屋で背伸びをしながら横に目をやった。
奥の方から鏡台、本棚が二つ、机、ハンガーラックが並ぶ部屋。
ラックからの先は白い門。その右方向にもうひとつ若干仕様が違う白い扉があり、そこが浴室となっていた。浴室から角を右に曲がるとやはりまた白のクローゼット。
中には仕事の時に着る服から普段着、寝間着からー…色々入っている。
そして当のクローゼットの前に立ち、そのまま倒れると今わたしが背伸びをしているベッドに辿り着く。
大丈夫、流石のベッドも白と空色が混ざっている。壁紙は白が良いと頑なに言ったが、悔しいことに分かってもらえず、青色基調で白斑点にすることで妥協した。
寝間着も白。
世には多くの白が存在する。そして私の部屋にはなるべくその多くの白をひとつずつ取り入れるように頑張っている。
当然のような白の寝間着のまま、鏡台に白のスリッパを履いたまま向かった。
「ん…よし。きょうも髪型の状態は完璧だ。もうちょっと白くなれば申し分ないが仕方ない」
鏡台に映ったのは、青みかかった白く、長い髪の女性。外見は10代後半から20代くらいといったところだろうか。
幸いというべきものかどうかは定かではないものの、顔色も真っ白なわけー否、真っ白です。
容姿端麗。だが、世にいう可愛いとかっこいいが混ざっている、すなわち最強。だとわたしは思う。
一見何らかの病にでもかかってるのかと心配になる容姿。
ただ、だからこそより目立つのがあった。
「きょうも右目は相変わらずかーそりゃ変わるはずないけども…」
左目はごく普通の目。しかし、もう片方の右目はとても普通の目だとはいえないものだったのだ。虹彩は茶色に近い赤から内側にいくほど暗めの黄色。瞳孔の色は褐色。
見た目が少し変わっているだけならそれで済むがーそうはいかない。
この少しかっこいい目は能力付なのだ。普段から晒しておくなんてできない。
したがって、眼帯は必須になっている。
「きょうはどんな眼帯にしようかしらー♪」
鏡台の3段引き出しの真ん中のやつ。引き出しノブに手を掛け、中を見ると結構な数の眼帯が入っていた。見た目が少しずつ全部変わっているのでとても毎朝が楽しみになる。
「よし、きょうはこれにしようかな」
いくつも入っている中からひとつを選び、机のうえに置いておくと、そのまま浴室の方に向かった。
朝起きてからのシャワーは仕事モードに切り替えるための一種の儀式みたいなものになっている。
冷たい水で体を洗い、歯を磨き、丁寧に顔を洗う。
泡を水で流しつつ、鏡に映った顔を眺める。
「この目のやつがほんの少しかっこいいだけの目だったなら良かったのになー」
「我ながらこのイケてる顔が勿体ない」
ぶつぶつと何かを言いつつ、最近新しく買ったドライヤーで長い髪を乾かしていく。
髪が長い故、この時間は無駄に長くなる。長いのだ。そして、時間は有限。
意味もなく消えていく時間を有効に活用するため、最近は着替えをもって入るようにしていた。そのはずだったがー
「忘れたー」
「っつ、最悪!きょうの夢はとても見応えがあったのにー。どんな夢だったかもう忘れたけど!」
やらかしてしまってからには仕方がない。なるべく効率的な動きを取ろうと考えながらひたすら乾かす時間が終わるのを待っていた。
ようやく、例の時間が終わり、即クローゼットの方に向かい、仕事着やあれこれを引っ張り出した。
我ながら最速記録を更新したのではないかと思われる勢いで着替えを終え、机の上においてあった眼帯を慣れた手振りでつけた。
残りは靴を履くだけ!
(間に合う…!)
そして靴箱から靴を出し、そこに左足から入れようとした瞬間…
「雅宗殿、もう時間ですよ。出てこないとノック無しで門ぶち壊して入りますよ」
(マニアワナカッタ…)
「うるさい!今靴履いているところなんだろうが!」
「あれーなら、もうすぐですね。入って良いですね」
「そのドアノブ回してみろ。貴様きょうから素っ裸の鶏になると思え」
「えーひどいな!ヒ.ド.イ.ナ~。起こしに来ただけなのにうちの上司はパワハラす
るって」
「ノンデリの貴様に言われたくはないな。それと、さっさと仕事しに行け、無能」
「口が汚いですね。イケてるなんて誰も言ってくれませんよ、そんなんじゃ」
「貴様以外には優しいから」
「あーさらに心抉られます。それで、靴は履き終えましたー?」
「ああ、終わった。出るから門の前から一歩も動くな」
「い.や.だ」
「コ.ロ.ス」
勢いよく門を開けると、案の上異常の速さで我が愛しい部下が視野から消えようとしてい
た。
「朝からなんで眼帯外さないとならんのか…訳がわからん」
低く息を吐いては吸う。これで加減の調整は出来るだろう。
《天より下りて人に禍為し、天より下りて願う人の声を形にし、天より下りて万物の在り
方をわがものとす》
いつもより短くなれば良いのにな…などと思わざるを得ない、お呪いを唱えると、何もな
かった目の前に数枚の札が宙を舞うようになった。
一枚の札を掴み、目を閉じる。
【白の搏影―引】
普段の会話では一度も使わない言葉を口にする。誰かの口をもって世に確かな形で現れ
る、数多の言葉はその時はじめて確実に現世に影響を及ぼしうる資格を得る。
札の上に書いてある文字だけだと…運が悪いと形にならない。
だからなお口にしたのである。
そして、当然のようにかの愛しい部下は目の前に迫ってきていた。
「あれー動けないな。あーあ」
「全く足だけは無駄に速いね、相変わらず」
「ん…当然じゃないですか。速くて」
「因みに理由は?」
「うちの上司は疎いですね。こんなふうになることなんて誰にでもわかることだからに決
まってじゃないですか」
「それなら…」
「何でしょう」
「貴様は何でその当たり前にいつも抗ってるんだよ…」
「それは…」
「変に間を取るな、無能な鶏」
「にわとりって、ヒ・ド・イ・ナ」
「良いから本題」
「あー。そうですね。まぁまぁ当たり前のことです」
「ということは?」
「パワハラ上司が腹立たせる姿が見れるなんてかよわい部下には最高の報酬ですからね」
「…悪かったよ」
「えーうちの上司が謝るなんて幻聴なんですか」
「誰が謝るんだよ。要らないこと聞いて悪かったというだけ」
「そういうこといえる暇があるなら早く仕事しに行ってください」
「…ふぅ…もういい。きょうこそコロス」
もう一尾ダサいお呪いを唱えよう、そして口を開けようとしたところー
「あ…?」
あれ…なんで足が地面から離れているんだろう…それに妙に誰かに捕まっている気がする。
「み・つ・け・た」
後ろでとても嫌な声が聞こえた。白がとても大好きなわたしには苦手なやつがいます。
一方は目の前の鶏野郎です。
もう一方はー
「くっ…サボってなかったから。今行こうとしてたし…だから離してくれないかしら、爺―」
「誰が爺だ、馬鹿め。おじさんだろうが。勝手に爺呼ばわりするな」
「普通に爺でしょう、白髪だし。しわくちゃだし」
「おー珍しいですね。わたしも同意見です、超パワハラ上司」
「お前らふたりはいつになればそのふざけた会話をやめてくれるんだ。おじさんに朝から叱られたいのかー?」
「断ります」「嫌です」
「なら、さっさと来い。艦艇の諸管理はお前らがいないと回らないんだよ」
「ふふ、やはり今度こそこの飛行船艦をクリーム色に変えて行かなくては…」
「艦長、超ナルシスト上司をそろそろ何とかしてくれませんか」
「お前…はぁ…もう良い。悪いが力ずくで来てもらう。このままだと永遠に仕事なんて任せられない」
「クラマの爺…後で仮面クリーム色に塗るから覚悟しな」
「よせ、白蘭」
「なるほど。超白好き上司のいう優しさは暴力ということですね」
「おまえも程々にしておけ…天鳥(アマウ)」
「艦長も超我が儘上司と同じくなる気ですかー?」
「…なんでこの歳でこんなやつらの世話係なんざしているんだろう…成仏してぇ…」
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